第4話、異世界の自販機だから、本当に何かしら効果があるのかもしれない



ピッ、ガコーンッ。


ああ、ここってやっぱり現実なんだと実感させられる赤いベンダー。

僕は、取り出し口から細長い、ストレートの缶コーヒーを取り出す。

そして一口。



「いやあ、どっちつかずの味かて、人のオゴリで飲む一杯はカクベツや」


今は一時限目後の、ちょっと長めの休憩時間。

結果を述べておくと、新入生君と、セツナの一騎打ちは、新入生君の勝利に終わった。


まさに大波乱、というやつだ。

そんなわけで、優しい僕は晃に学食でなく、缶コーヒー一本で手を打ったんだけど。洋風の城を彷彿とさせる校舎の片隅のサロンのごとき休憩室にある、いかにも場違いですといった感じの自販機を利用するのはおそらく僕くらいだろうと思う。


何故なら、コーヒーやジュース飲みたかったら、学食で高級なものが飲めるからだ。

ただ、それなりに値ははるし、元来貧乏性な僕としては、親からの仕送りがこういった雑費にしか使わないくせに、ついつい安い方に流れてしまうわけで。


晃なんかは、「せっかく異世界にいるんだからそんな現実くさいもんは飲めねえ」とか言っていたけど。


他に誰も来ないから僕だけの空間、的な感じがここにはあって。

何故だかこの場所が好きだった。

何て思っていたら、そんな僕の空間に人の気配を感じ、そちらをを振り向く。


そこには半分、柱の影に隠れ、こっちを伺うように見上げる新入生君がいた。



「おぉ! 誰か思たら新入生君やないかっ。いやー、ごっつい試合やったな、スカッとしたで」

「ええっと……はいっ」


新入生君は僕の言葉に戸惑ったように、こくこく頷く。

大人しい奴っていうか、引っ込み思案というか。

セツナと互角、あるいはそれ以上の実力があるとはとても思えなかった、背だってちっちゃいし。


……僕はそこまで考えて、まだ名乗ってもいないのに気づく。

そういえば、互いの自己紹介はこの後の二時限目だったっけ。



「あ、そういやまだ名乗ってへんかったな、僕は紅恩寺吟也や、よろしゅうな」

「くおんじ、ぎんや……くん?」

「おう、そうや。僕のことは好きに呼んでくれてかまへんで」


僕の名前を反芻し、うーんと考え込むその姿さえ何だかキマってて。

こいつ、モテそうだなって普通に思ってしまった。

片目にかかるちょっと長めの髪は、ソフトクリームのチョコみたいな色をしていて。ミャコが食べちゃいたくなるねって言ってたんも分からんではないな、という気はする。


「それじゃあ、吟也くんって呼んじゃってもいいですか?」

「ああ、かまへんで。僕はどうすっかな、いつまでも『新入生君』じゃ失礼やし。僕も『すぅ』って呼んでもええか?」


ちょっと考え、自然と出たのはそんな言葉だった。


「はいっ」


言われた当の本人も、その呼び名は気に入っていたらしく、嬉しそうにOKの返事を返してくれて。



「で? すぅは缶ジュースでも買いに来たんか?」

「え? 缶ジュース?」


すぅは、質問の意図が分からない様子で、僕の言葉を反芻する。


「ほら、この自販機で飲みもん買うんやろ?」

「あ、これのこと? すぅ知ってます。買ったことはないけど、あったかーいのとか、つめたーいのとか出てくるんですよね?」


すぅは、やっと言っている意味が分かったって感じのジェスチャーでそんな事を言ってくる。


「何や、買うたことないんか? なら、ちょうどいい。一本奢ったるわ、何にする?」

「え、ええぇっ? 奢るって、すぅに? そ、そんなっ、恐れ多いですっ!」


なんとなくこの場のノリで口にした言葉に大げさに反応されて、こっちがびびってしまう。


「恐れ多いて、大げさなやっちゃな。……それとも? こんなビンボくさいもんは口に合わへんってことか?」

「そんなっ、違います違いますっ、すぅはそんな事、考えてないですっ!」


今度は縋り付くようにそう迫ってくるから堪らない。

ブルーベリィな瞳も潤んでいて……何か得体の知れない感情に支配されそうになったから。

僕はたまらず声をあげた。



「わーった、分かったから、離れんかいっ、今のは冗談やて、冗談っ!」

「あっ……ごめん、です」


すると、すぅははうっと我に返り、申し訳なさそうに離れてから俯く。

セツナと戦ってる時は怖いくらいだったのに、このギャップは何なんだろうか。

ただ、結構軽めの冗句も通じないタイプなんだろうと自己纏めをしつつ、僕は言葉を続ける。


「んで、何か飲みたいもんあるか? 入学おめでとう祝いになんか奢ったるで」


僕が、何が何でも奢る気なのを悟ったらしく、微苦笑を浮かべてすぅは再び考え込む。


「どれがいいかな?」

「そか、買うたことなかったんやっけか、まあ、ここにあんのはコーヒーとか、スポーツドリンクとか、茶とかやけど……分からへんなら、見た目で選ぶか?」

「見た目? はい、じゃあ……これっ」


そう言ってすぅが指し示したのは、極彩色の花柄缶、『激甘ジェルコーヒー』だった。


「それか……すぅ、あんさん激しく甘党か?」


僕が思わず眉を上げたので、何かあるのかとすぅも不安げに声を顰める。


「え? あんまり甘いのはちょっと……」

「ならやめといたほうがええ。舌が死ぬで。こんなん飲めるんは、甘いもんの別腹もっとるつわもんだけや。僕も一回チャレンジしたが、その日は一日中何食っても甘さが抜けへんかった」

「やめときます。……それじゃ、これは?」


めげずに再び指し示したのは、虚空の闇よりもなお深い黒の缶。眠気さっぱりコーヒー『番長試合中』だった。


「見た目で選べ言うた僕も悪いけどな、やめておいてほうがええ、マジで二、三日は眠れなくなってまうで。これは仕事に生きる、男の中の男の飲みもんや」

「そ、そうなんですか。缶コーヒーって色々あるのですね」

「せやなあ」


ま、こんなばったもんはここにしかないと思うが。

それを全種類飲んだ僕としては、言えるのはそれくらいだった。

そしてそんな事を僕が考えていると、すぅの視線が僕の持っているコーヒー缶に注がれているのに気づく。


「これは? これもコーヒーですか?」

「ああ、コレか。ただのストレート缶やけど」

「それにはどんな効果があるんですか?」


どうやら、缶コーヒーには何かしら効力が付くものだと勘違いしたらしい。

まあ、分からなくもないなと思いつつ、説明をしてやる。


「ないない、これはただのコーヒーや、味は強いて言えばどっちつかず、やな。甘くもなく苦くもなくって感じや。すぅみたいな自販機初体験にはぴったりかもな……飲みたいんか?」

「はいっ」


少しだけ黙考した後、すぅが笑顔で頷くので。

僕はすぐさまもう一本同じ細長の缶コーヒーを買い、そのまますぅに手渡した。


「あ、冷たい」

「ああ、アイスコーヒーやしな。ホットの方が良かったか?」

「いいえ、冷たいのがいいです。……いただきます」


すぅは首を振ると、買ったことはなくても開け方は知っているらしく、ホットコーヒーを飲むときみたいに、両手を添えて飲みだす。



「……おいしい」


すぅはそのまま一口で結構な量を飲むと、息を吐くようにそう言う。

それは聴くものを安心させる雰囲気を持った落ち着いた声色だった。


「そうやろ? この絶妙な感じがいいねん。僕も好きかな」


だから、僕も思わず嬉しくなってついつい本音を漏らしてしまう。


「はい、すぅも好きですよ、この味」


どうやら一口で、随分気に入ったらしい。

そう言うすぅに、僕も奢ってやった甲斐があったな、なんて思ったりして……。



             (第5話につづく)






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