第32話
アリスは可愛らしい少女だとダーシーは思った。
ふわふわとした髪にリボンが良く似合う。小柄なためかやや上目遣いで人を見上げ、少し鼻にかかったような甘い声、そして公爵令嬢とあってはパーティーに出ればダンスを申し込む列が絶えないだろう。
しかし、彼女のダーシーを見る目は鋭い。
レジナルドはダーシーの話し相手に呼んだと言ったが、実際に彼女が訪ねてくるのはほとんどなかった。
ミリーから聞いた話によると日中何度もレジナルドの元へ行っているらしい。
目的はそちらだったということだ。
レジナルドは口には出さないが、アリスをやんわりと遠ざけている。
かわりにほぼ一日部屋に籠っているダーシーに何かと用を見つけてやってくる。
ダーシーはそれを受けるしかないのだが、正直巻き込まないで欲しいと感じていた。
これも人質の試練、ということかしら。
自分で茶を淹れながらぼんやりと考える。
部屋にはミリーがいたが、ダーシーが思案中と察して少し離れて様子を見守っている。
幾日も部屋で過ごして退屈していないかと心配している。元々、活発な娘ではないがそれでも大丈夫なのかと不安になっていた。
一口、お茶を飲み、おや?と首を傾げる。
ミリーがそっと茶葉の入った容器を差し出した。
「転がる狸、いえ、ラッセルリベラ侯爵家の紋章が入っています」
卓上に置かれた容器を持って確認する。ミリーの指摘の通り、紋章が刻印されていた。
「つまり、ロイドクレイブ王国まで手を伸ばしているの?」
感心するように息を吐く。
「これだけでなく、いくつかの容器や酒類にもその刻印がありました」
ラッセルリベラ侯爵は商魂逞しいらしい。
他国にまで販路を拡大しているようだ。
ダーシーは肘をついてその器を眺める。
ぺしっ。
すかさずミリーの手で叩かれ、肘を卓から落とす。
「ミリー、酷いわ」
やや涙目で訴えたが、忠実な侍女は冷たい目で見下ろすだけだった。
◇
「殿下がどうしてもと仰るので、ご招待して差し上げますわ」
城内にある中庭に東屋があった。
そこから庭に咲く花や青々とした木々を眺められる。
アリスはダーシーを呼びつけておきながら、視線を合わさず言い放つ。
「わたくしは忙しいのです。ですが、殿下の頼みは断れませんのでお相手して差し上げます」
いや、ケッコウです。
反射的に口から転がり出そうになり、ダーシーはぐっとこらえる。
昼下がりにアリスから東屋へ来るように言われた。
久しぶりの外でダーシーは世間が眩しい光に照らされていることに改めて気が付いた。
夏が訪れようとしている。
ほとんど季節を楽しむことなく過ぎていく時間を少しだけ残念に思った。
茶器はアリスが用意したものであるらしい。
侍女は下げ、令嬢二人のお茶会である。
今までの事からして不審なことこの上ない。
むやみに断ることは出来ずやってきたのだが、先ほどからアリスの口から出てくるのは、嫌味かという言葉ばかりである。
「ダーシー様はお時間があるようですけれど、公爵令嬢であるわたくしは色々としなければならないことがありますの」
返事をどう返そうか悩みどころである。
嫌味に嫌味で返すことは簡単だが、これからの事を考えるとあまり良くないような気がする。
一先ず、気が済むまで言わせておくかと、ダーシーは放っておくことにした。
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