理由
結局、私達は帰り道に雨に降られ、ずぶ濡れになって家に戻った。小百合にご馳走になり、向日葵を風呂に入れ、寝かしつけた。リビングに戻ると、小百合がお茶を飲んでいた。
「向日葵、寝た?」
「はい。」
「そう、良かったわ。今日はありがとうね。景色はどうだった?」
「綺麗でしたが、雲が出ていました。」
「あら、それは残念ね。あそこは本当に綺麗だから、また行ってみると良いわ。」
そう言って、彼女はもう一口、お茶をすする。
「アナも飲む?」
「では、頂きます。」
彼女は席を立ち、キッチンに向かった。静かな空間に、お茶を注ぐ音だけが流れる。
私は意を決して、疑問だったことを聞くことにした。
「はいどうぞ。」
「あのっ!」
彼女は不思議そうな顔をしている。
「どうかした?」
「向日葵の父親ってどうしたんですか?」
人間は父と母から生まれてくる。しかし、向日葵の父らしき人物は見つけられなかった。仕事で居ないだけなのかと思ったが、夜になっても帰ってくる気配はない。そのため私は、直接聞くことにしたのだ。
彼女はまず、とても動揺した。次に寂しげな顔をして俯いて、少し考え込んだ。やがて顔を上げ、真っ直ぐ私を見つめながら言った。
「亡くなったの。5年前に。」
「5年前……あの事件ですか。」
「そう、アンドロイドがミヤコを襲撃し、たくさんの人が死んだあの事件よ。」
「……。」
「向日葵に似て、とても元気な人だった。でも、赤ん坊の向日葵と私を逃がすためにね……。」
「そうだったんですね……。」
「家も夫も失って、アンドロイド達も怖いし、何度ももうダメだと思った。あの時は本当に辛かったわ……。」
そう話した顔は、とても悲しそうだった。
「すみません、こんなこと聞いてしまって…………。」
「いいのよ。」
思い空気が場を包む。沈黙が、とても長く感じられた。
「じゃあどうして……。」
思わず言葉に出てしまった。ずっと疑問に思っていたことだ。
「どうかした?」
小百合は不思議そうにこちらを見た。少し躊躇いを感じたが、私はそのまま話を続けた。
「じゃあどうして生きようと思えるんですか?いつアンドロイド達に見つかるかわからない、殺されるかわからない、夫も家も失って、どうしてここまでして?」
言ってしまった。彼女は驚いた顔をしている。失言だった。
「いや、すみません、忘れてください。」
しかし彼女は優しく微笑んだ。
「向日葵が居るからよ。」
「え……?」
息つく暇もなく、彼女は続ける。
「向日葵、いい名前でしょう?あの子にはずっと元気に前を向いて生きてほしい。そう思って名付けたの。」
「そうだったんですね……。」
「あの子が元気でいてくれるから、私も元気で居られるの。あの子の為になら、生きようと思えるわ。みんなそう、大切な人が居るから生きていけるんだと思う。」
「大切な人、ですか……。」
「アナにはいない?」
アンドロイドである私は、誰かを特別視したことなどなかった。
「今はいなくても、きっと出来るわ。」
その言葉を完全には理解できずに、考え込んでしまった。しばらくすると、彼女は恥ずかしそうにはにかんだ。
「ごめんなさいね、私ばっかり話しちゃって。アナもつかれてるでしょうし、今日はもう寝ましょう?」
そう言って、彼女は寝室に向かった。
「おやすみ。」
寝室の扉を閉めた。
貸してもらった部屋で、今日あった出来事を整理していた。人間に対して得た知見を振り返り、まとめていたのだ。そうこうしていると、通信がかかってきた。
「44Ki44OK、調査の報告をしろ。醜い人間共は見つかったか?」
ミヤコからだ。そうだ、私はミヤコに人間の調査を依頼されてここに来たのだ。成り行きで寝泊まりしてしまったが、人間のデータも取れたしもう必要ないと言えば必要ない。そう、必要ないと言えば必要ないのだ。
ミヤコの任務に従うというのは、私の一番最初のプログラムだ。謂わば心臓部分。そうだ、何を迷っている。
「どうした?早く報告をしろ。」
そうだ、しなければ。ミヤコに逆らえばどうなるか、自分が一番よく分かっているのだ。早く、報告をしなければ……。
『また絶対見に行こうね!』
「……まだ何も見つかっていません……。」
「そうか。引き続き調査に励め。」
通信は切れた。やってしまった。ミヤコの指令に逆らってしまった。いや違う、保留にしたのだ。そうだ、人間のデータがまだ足りないと判断したから保留にしただけだ。逆らったわけではない。これからの調査の後にまた報告すればいい。
「はぁ……。」
ため息をついた。いいや、データの整理に戻ろう。まだまだ私は人間のデータを集めなければならないのだから。
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