EP

1:白む空にあなたを待って

 前哨都市と目される、開拓村を束ねるペイルアンサ。

 空が白む未明であろうと、探索者横丁と揶揄される狭い通りは人足が途絶えはしない。


 前日の成果に宴に溺れていたひとときの成功者。

 夜の狩りから戻る家路を辿る生還者。

 探索者たちの出発に合わせて店を広げる商人ら。


 ピーク時の混雑からは程遠く、溢れる熱気も未だ残る夜の片隅に吸い上げられていく宵の明け。

 そんな寂しい石畳に、アーイントは鉄靴を鳴らす。

 自慢である白鎧の輝きとは裏腹に、足取りも面持ちも、曇らせ重くし。


「アイちゃぁん……おじさまは、きっと無事ですかぁら……」


 並んで歩く相棒たるレヴィルが、自らの心配を押し隠して励ますほどに、痛々しく。


 探索者ユウィルト・ベンジが単騎で出立し、すでに十日が経過していた。

 初動に亜竜へ対応した『十一の爪先』も。

 教会に迎合したいくつかの野盗団を打ち負かした探索者たちも。

 作戦を引き継ぎ、避難していた魔族らを魔王領へ戻したペイルアンサ領主軍も。

 誰も彼も、帰還を果たしている。

 

 ただ一人、亜竜の群れを引き連れ、ゼンバ大森林の最奥を目指したレンジャーを除いて。


「ギルド長のお話だと、魔王領内にある渓谷に亜竜の死体がごろごろしていると、向こうから連絡があったそうでぇす」


 身内に引き入れた責任と、彼一人に負担を被せてしまった罪悪感と。

 日を重ねるごとに重みを増やし、少女の寝床にのしかかってきている。結果、ろくすっぽ眠ることもできずに、目の下を黒ずませるばかりだ。

 聖職者として精神修養を身に着けたレヴィルも同じで、アイほどではないにしろ、日に日に隈を濃くしている。


「きっと、魔族の皆さんがおじさまも見つけてくれますぅよ」

「そうね……そうよ。ひょっこり帰ってくるわよね」

「ええ、ええ。きっとそうなりますぅよ」


 励ましてくれる相棒も辛いのだと、どうにか奮起を搔き集めて頭をあげる。

 見えるのは、日が昇りつつある夜明けの澄んだ空。


 眠れぬのならば、心配で頭がいっぱいになるのならば、せめて体を動かし、糧だけでも背に収めようと、ギルドへ向かう道すがらである。

 ここ幾日かのローテーションに、少しだけ、前を向けるようになった。


 けれども『軽くなった』のではなく『慣れた』のだ。

 気を抜けば潰れてしまいそうだから、上げた頭を下げぬよう、周囲に目を配る。


「司教はどうなったの? 一応、問題は全てクリアしたでしょ?」

「ええ。ひとまず、駐留予定だった聖堂騎士団は解散に漕ぎつけましぃた。司教さまはギルド長が『丁重にお願い』してお帰り願ったとぉか」

「……血は出ない話よね?」


 どうでしょうか、と微笑む相棒が宗教の持つ闇と歴史を教えてくれるようで恐ろしい。


「けどまあ、それならオジサンも安心して帰ってこられるわね」


 状況は平らにした。

 後は、再開を果たした時に『しゃんとしろよ』などと上から説教を垂れられないよう、身を正すのみだ。

 たとえ、二度と会えないとしたって。

 笑われることはないように、歩んでいくのだ。


      ※


「あ、ガンさんじゃないですぅか」


 ギルドまで間もなく、という通り。

 出勤途中の敏腕窓口業務員は、気鋭の少女二人組と鉢合わせた。

 二人の疲労は濃く見えて、けれども朝早くギルドに向かう心持ちを思うに胸が痛んでしまう。


「ああ、お二人ともおはようございます。今日も早狩りですか? 無理はいけませんよ?」

「ガンさんだって……まだ、定時よりずいぶんあるじゃない」

「ええまあ……一人でじっとしているのが辛くて……」


 ガンジェもまた、日々の激務の合間を縫ってユーイの行方について手を尽くし、心労からかいささかやつれた頬を見せている。

 彼女もまた、あの壮年の行方に気を揉んでいるのだ。


「無理しちゃダメよ? こっちはまあ、こう見えて体力あるけどさあ」

「そうですぅよ。ガンさんがいなくなったら、あの城壁はどうなってしまうものぉか……」

「ありがとうございます。ええ、はい、無理はしませんから」


 と、微笑み、小さな約束を取り交わす。

 けれども、覚悟を結んだ身だ。

 彼が失われたのなら、その咎を全て引き受けようと。己の浅はかな思い付きと自己満足であの人が死地を選んだというのなら、この身に責められるべきがあるのだと。

 だから、いかな手を以ても、彼の行方を掴まなければならない。


 生きていたなら、伝えきれていない感謝と謝罪を。

 万が一であるなら、贖罪を。


 だから、どちらにしろユーイの現状を知ることで、そこから始まるのだ。


 先行きは不確かとはいえ、明暗の暗に偏りつつある。

 時間が過ぎるほどに『最悪』の取り分が大きくなっていき、今や押しつぶされんとしている。

 であるが、潰れるわけにはいかない。

 見届け、果たすまでは、進まねばならないのだ。


「それじゃあ、カウンター前で待っていてくださいね」


 重く心を決めて、ギルドの職員用通用口を押し開けた。大門が開くのは、定時以降。探索者の二人はギルド直営酒場の入り口から回ってもらうことになる。

 あちらも慣れているようで、


「ついでに朝ご飯を済ましていくわ」

「ああいいですぅね。ガンさんもどうでぇす?」


 つとめて明るく、相伴を誘ってくる。

 空元気だ、と、同じ心持の彼女は判じることができる。

 だからこそ、


「いいですね。ご一緒しますよ」


 心遣いがありがたくて、無下にはできない。


「野イチゴのスムージー好きなんだけど、いつまで出してくれるのかしらね」

「あ、モーニングはエインジド肉のサンドバーガーだそうでぇす」

「ああ、おいしそうですね。あれ? でも、昨日の納入にエインジドなんかいましたっけ?」


 小走りで彼女らに追いつき、せっかくの朝食を楽しくしようと、あれこれとメニューに頭御を巡らせていく。

 あれこれと声を交わしながら酒場のガラス戸を押し開ければ、


「だからよう! 危機一髪で助かったんだ! わかるか、レンの旦那よう!」

「わかったよ! わかったからユーイさん! アンタが帰ったこと、他の連中に教えないと! 離せって! 効かない足を掴むな!」


 カウンター席で。

 エールジョッキを振りかざし。

 ペイルアンサ最大徒党『先駆ける足』の頭領に掴みかかって。


「ああ、ちょうどいい! 担当が来たじゃねぇか! ほら!」

「あん?」


 酔いに濡れた両の目を、こちらに向けてよこすから。


「ユウィルトさん……!」


 驚きや疑問なんかよりまず『良かった』が奔るのだった。

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