9:秘密を明かせば、根源は隣にあって
険を纏う雰囲気は、にわかに始まった魔族側のお祭り騒ぎに溶け切っていた。
拘束を解かれた村人たちは、魔族たちが用意してあった地酒と森の獲物によって警戒を解き、中には肩を組んで歌う者まで現れている。
魔族、そして顔役たちが言うに、要は緊急事態に備える訓練であるのだという。
ペイルアンサから遠い村々に危機が迫った時、当事者は当然として、中央の側も滞りなく対処ができるように、と。
「そういうわけで、村人に知られるわけにはいかんかったんです。申し訳ない」
「良いんですよ。村長さん。つまり、ギルドが首謀者なわけでしょ? 魔族の……」
「ナシス、と。ええ、大枠では仰る通りですよ」
火を囲む喧騒を遠くに、横たわるアイは、頭を下げる村長と、丁寧に腰を折る瞳のない魔族を見上げて息をつく。
さんざ殴られた顔は相棒のキセキで癒されたが、持った熱は引かず、濡れ手拭いを被って安静にしている。そうでなければ、魔族らに囲まれて酒を煽っているおっさんに一発ぶち込みたいところだ。
乱暴な欲求は置いておき、ひとまず問題に向き直る。
「ナシス。大枠って?」
「発案はユーイ様なのですよ……そんな苦い顔をしなくとも」
やはり今すぐ一発お見舞いすべきか、と逡巡したところで、ナシスが青い顔を笑みに。
「五年も前から行っていまして、今年にここで行われるとは知らなかったのでしょう」
「そうは言っても、面白くないことってあると思わない?」
「仰る通り。なんなら代わりに、横面へ一発叩きこんできましょうか? 正直、訓練が台無しにされて、ひどく頭にきていますのでね」
「気持ちわかるわあ……なまじ強いから、こっちの段取りぶっ壊してくるのよね……」
「越境が前提の作戦、教会の目を盗むのにどれほど準備に腐心しているか……レヴィルさんですか? 彼女がぶら下げる聖印を見た時、心臓が潰れるかと思いましたよ」
「……心臓、あるの?」
「はっはっは。ご想像にお任せします」
穏やかな物腰から飛び出す笑い難いジョークに、痛みも敵意も忘れ、思わず吹き出してしまうのだった。
※
「で、向こうに行って好き放題していたらな、魔王に目をつけられちまってよう」
ジョッキに濁った果実酒を満たしながら、ユーイが呟く。
まわりのやんややんや騒いでいた魔族たちは、警戒を解いた村人たちと打ち解け盛り上がっており、アバラの治療に専念するレヴィルと向かい合うばかり。
「向こうも森の野獣どもには参っていてなあ、それで、狩りの仕方を教えたんだ」
「なるほど。それで先生なんですぅね」
「魔族は数が少ないんだよう。ほぼ全員が顔見知り、それどころか家族みたいな感じで、だもんだから遠慮呵責なしさ。ペイルアンサの坊主どもの方が、よほど行儀が良い」
「あらあ。だから、この子もこんなにくっついて離れないんですぅね」
彼女の視線を追えば、こちらの腰に抱きつく単眼の魔族が。こっちは胡坐をかいているため、華奢な体が地べたに横たわる形だ。
単眼を半目に、頬を膨らませ、不機嫌であることをアピールしている少女を、あやすように頭を撫でて、
「エイビちゃんよう。今回の隊長なんだろう? しゃんとしろよう」
「姫って呼んでください」
「なんだよう、あんなに嫌がっていたのに」
あらあら、と微笑ましく眺める聖職者は、ですけど、と首を傾げる。
「停戦直後に、よくそんな真似が許されましたぁね? 戦争相手だったわけじゃないですぅか、おじさま」
「そりゃあ嬢ちゃん。言いたかないがな」
「私たちが戦ったのは、あなた方教会です。先生たちではありません」
「こらエイビ」
「姫って呼んでください」
ふくれっ面はそのままで、目は敵意に濡らして、レヴィルの聖印に注がれている。
ユーイは、ためるように息をつく。
少女の言う通りなのだ。
聖戦と煽り、地方から富と人を吸い上げ、益のない争いを推し進めたのは、中央にある教会である。
ペイルアンサを含むゼンバガンズ地方が正神教を倦厭するには十分な出来事であった。十年を経て、教会の建立を認めないほどには。
「それは……どう言っていいものぉか……」
直接的な被害者である魔族たちにとってなおさらなのだ。
「レヴィルの嬢ちゃん、気にするな。戦争に嬢ちゃんが関係しているわけでもない。わだかまりがあっても、個人を組織と同じと切って捨てるほど愚かな奴はいないからよう。なあ、姫? 姫もそうだろう?」
「レヴィルは……先生と私の傷を治してくれました。だから許します」
「……うふふ。ありがとうございますぅね」
「ようしようし。姫はいい子だなあ」
頭を撫でると一つ目がくるりと回って、楽しむようにまぶたが閉じられる。
きわめて末端の、影響力などあるわけもない和解である。
「おじさぁま? どうしました、楽しそうですぅね?」
「おう? そうか? ああいや、色々と教えたこいつらが立派に役目を果たしているのを見るとな、なんだか嬉しくてよう」
「ふふ、なんだか老人じみたお言葉ですぅね」
「なんだよ、普段はおっさん扱いするじゃんかよう、お前さんもアイちゃんも」
「それは……ああ、噂をすればこっちに来ましたよ。アイちゃんと、ナシス、さんでしたっけ?」
けれども、自分の、自分たちの『見たかったもの』がそこにあるのだと思えば、愉快に思うほかなくて、ジョッキが空になっていくのだった。
※
ギルド長によれば、緊急事態用の訓練に魔族を利用するには理由があるとのことだった。
一つに、先方との連絡経路の確保のため。
一つに、魔王領においても他方との交渉のために貨幣が必要で、獲得のために略奪と称する『物資援助』を兼ねていること。
一つに、獲得した貨幣が後々村に還元される約束のため、販売代行の形になっていること。
一つに、派遣されるのが正規軍であるため練度、士気ともに高く『万が一』を防ぐことができるため。
一つに、その練度から別要因の『万が一』が発生した場合、戦力足りえること。
つまりギルド長は、ゼンバガンズ地方を魔王領も含めて経済圏とすることを目論んでいる。
それは中央からの独り立ちであり、ひいては
「教会の影響力を完全に排するつもりとか……!」
目の明けきらぬ夜明けの寒々とした街道を、ガンジェ・ベイは馬を走らせる。
昨夜遅く、ギルドに使者が駆けこんできたのだ。
……村が、異形の野盗団に襲われている。
鬼気迫る様子から、彼は何も知らない村人だったのだろう。実態は正規軍である先方を、糊塗したとおりに野盗と呼んだのが証左だ。
そして事情を知る『先駆ける足』の幹部を中心とした討伐隊を編成し、急ぎログロウド村へ出発をした。
ガンジェが彼らに先んじて出発したのには意図があるし、焦るのも同じ理由だ。
「ユーイさんが、正に『別要因の万が一』になりかねないじゃないですか……!」
個人の好悪は置いておいて、協力相手を殲滅しました、では大問題になる。彼ならば、と実効性に可能性を感じてしまう人間なのがなおさら。
だから『秘密』を知らされたギルド窓口職員は、必死に馬を走らせる。
そうなものだから、彼女が朝日と共に村へ辿り着いたとき、
「こ……これはいったい……」
魔族と村人たちが折り重なって死屍累々に酒臭くなっており、その傍らに女の子数名に囲まれたまま眠りこけている『伝説』を目の当たりにした気持ちは如何ばかりや。
無防備な喉元にフライングクロスチョップを見舞うくらいには、ガンジェ・ベイの心配の大きさが察せられるというものだろう。
第四章 了
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