本気の恋をしなくては死ぬ病気に罹ってしまいました
ななよ廻る
第1話 余命宣告一か月 決死恋愛症候群
「残念ですが、
「……一か月?」
「はい。正確に告げるのであれば、残り三十日。四月一日を迎えた時点で、薄衣さんは死を迎えます」
三月一日。
最寄りの駅からバスで十分の総合病院で
熱っぽい。頭が重い。
その程度の症状で、風邪かなと自宅近くの病院で診察を受けた彼は、紹介状を持たされまたたくまに大きな総合病院へ移送されたのだ。
血液検査にレントゲン。あれよあれよとあらゆる検査を受け、朝早く病院に訪れていたはずが、診察室のデジタル時計はいつの間にか夕方の六時に切り替わっていた。
余命一か月。
恐らく外国人なのであろう担当医である銀髪銀眼の女医に、そんな馬鹿なと思いながらも連は質問する。
「びょ、病気は……原因はなんなんですか?」
「
「……け、なんだって?」
「
聞いたことのない病名に呆然とする。
――な、なんだ。そのバカみたいな病名は。
頭の悪い女子高生がノリと勢いで考えたかのような名前であった。どちらかといえば、ガチ恋とかそういった意味で使われそうな、症候群と謳っておきながら病気じゃなさそうな単語だ。
「なにかの、質の悪い冗談というわけではなく?」
「はい」
一瞬、バカにされているのかと思った連は目を細めたが、担当女医は至って真面目であった。
顔色一つ変えることなく、真実味を感じさせる無表情に、冗談の類ではなく本気で言っているのだと、彼は納得せざるおえなかった。
「最近認められたばかりの新しい病となりますが、放置すれば死に至る難病です。原因は分かっておらず、現在、適切な治療方法も見付かっておりません」
「そんな……」
決死恋愛症候群なんてふざけたような病名だが、治療法さえないと言われればどれだけ重い病気なのかが医療に詳しくない連とて理解できる。
このまま先生に言われた通り、残りの命を日がな一日指折り数えながら死の恐怖に怯えて暮らすしかないというのか。
唐突に訪れた死の恐怖に連が顔を青褪めさせていると、担当女医が一本の救いの糸を垂らした。
「分かっていることは唯一つ。本気の恋をした人だけが生き残っているという共通点のみです」
「本気の……恋?」
「はい」
本気の恋。
フィクションじゃないんだからという呆れた気持ちと、だから決死恋愛症候群という名前なんだなという納得した気持ち。
様々な思いがない交ぜとなり、連はなんとも言えない表情を浮かべた。
「冗談だと笑うか怒ってしまいたい」
「私はどちらでも構いませんが、体に不調があるという自覚があるから当院に訪れたはずです。なにより、前の病院では病名すら分からなかったのではありませんか?」
簡単な診察で直ぐにお手上げという状態であった。
検査をしようにも大きな病院にしかない検査機器が必要だと、人の良さそうな若い医師に説明されたのだ。
つまるところ、小さな診療所では調べようがない症状が発症しているのは間違いなく、担当女医の説明が全て嘘と断じるだけの根拠を連は持ち合わせていなかった。
「先生、俺はどうしたら」
「貴方に好きは人、または気になる人はいませんか?」
「気になる人……」
そう言われて連が思い浮かべたのは、彼が通う高校で一番の美女と噂されている一つ上の学年の先輩であった。
高校入学前。いつかの光景を思い浮かべ、こんな状況だというのに連の頬は僅かに緩んだ。
連の表情を見て、誰かを想像したのだろうと察したのか、担当女医は彼女とは無縁そうな言葉を至極真面目に口にした。
「――本気の恋をしなさい。それだけが、貴方が唯一生き残る道です」
■■
夕焼けによって校舎が暁に染まる黄昏時。
放課後の校舎裏で、連は一人の女性を前にして緊張を高めていた。
長い黒髪に、切れ長の目。黒曜の瞳は機械のように冷え切っており、真っ直ぐに彼を見つめ返してくる。
学園一の美女と誰もが口にする先輩に対して、連は喉を鳴らしながらハッキリと告げた。
「付き合ってください!」
「お断りします」
玉砕である。
■■
「先生……振られました」
「貴方の頭の中は空っぽなのでしょうか? 虫でも飼っていらっしゃる?」
「酷い」
「酷くありません」
総合病院の診察所。
丸椅子に座り昨日の、告白という名の当たって砕けた結果を担当女医に話した連は、酷く辛辣な罵倒に、失恋の傷と相まって今にも倒れてしまいそうであった。
肩を落として見るからに意気消沈する失恋高校生。
今の彼の姿を見れば慰めの一つもかけたくなるのが人情であろうが、事情を聞いた担当女医の心には優しさの一欠けらも生まれなかった。
「薄衣さんの気になる女性、
「はい」
「学校中で
「ええ、学校一と評判なんですよ!」
「そんな高嶺の花に薄衣さんのような普通を絵に描いたような男性が告白して受け入れてもらえると? とんだ自惚れですね」
「やめて……病死の前に心が死んじゃう」
考えなしのバカに送るのは極寒の地で降る
己の過ちを一つ一つ正されていくのは、一枚一枚生皮を剥がされているような感覚で、軋む心臓を押さえながら涙ながらに止めてくれと懇願した。
雨で濡れた仔犬のような惨めな有様の連を見て、担当女医は小さくため息をつく。
これまで、どこか機械的な対応であった担当女医が初めて見せた人間らしい感情であった。それが呆れであったことに、連はとても居たたまれない気持ちになる。
「そもそも、知り合いだったんですか?」
「あー、一方的に知ってるぐらいで、初対面です」
「氷室さんの告白撃破率を知っていて、よく突撃しましたね。日本人だからって神風特攻は美化されませんよ。それはただの自爆です」
当たって砕けろが許されるのは学生の特権だが、そもそも命のかかった連の状況では比喩ではなく本当に命が砕ける。
上官からの命令で、お国のために命を賭した者ならば英雄であろうが、己の意志で小数点以下の可能性に賭けて突撃するのは、ギャンブラーですらなくただの自殺願望者だ。
鋭利な
「褒めるところがあるとすれば、二の足を踏まなかったことだけですね」
「命がかかってますからね」
「……今の一言で褒めるところがなくなりました」
「なぜ」
光より早い手の平返しに、連は近くのデスクに倒れ込み、陸に上がった魚よろしく死に絶えた。
担当女医の言葉を理解していない連に解熱剤や頭痛薬といった薬の処方箋を手渡すと、彼女は助言を送る。
「とにかく、アプローチをしてください」
「しました」
「貴方のはアプローチではなくただの自己満足です。全く距離を縮められていませんからね。むしろ、遠ざかったまであります」
「険しい道だぁ」
険しい以前に一歩踏み出す前から自爆した。
そう言いたげな
アプローチをしろと言ったところでこのままでは前回の二の舞になるのは目に見えている。
「仕方がありませんね。では、経験豊富な私から一つアドバイスしましょう」
顔を上げた連に目に映ったのは、常通りの無表情……ではなく、どこか楽しげに小さく頬を緩ませた担当女医であった。
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