『銭湯にて。』
さくらぎ(仮名)
『銭湯にて。』
久しぶりの銭湯。いやマジで楽しみ。俺は久しぶり補正が掛かった自分の気持ちに銭湯にまつわる色んな種類の期待を満載して最寄りのA駅から二つ先のC駅まで電車に揺られてきた。
二階の改札を出てズボンのポケットからスマホを出して時間を確認する。六月二十八日二十時八分、快晴。ヨシ!ついでにいつ捨て忘れたんかそのままズボンのポケットにずっとおった可哀想なティッシュに気付いてそいつをちゃんとゴミ箱に捨てて、〈ようこそ ○○と◇◇のまち Cへ〉的な看板を横目に連絡橋を渡って階段を降りたらそこは瀬戸内のあんまり綺麗じゃない海を一望できる砂浜で、それに沿う感じで屋内テニスコートやらウッドデッキ併設のちょっとしたビアガーデンやらが海に背を向けるように連なっとる。時間が時間やからビアガーデンには三十人くらい陽キャがおって、俺には理解できん言葉でみんな騒がしく酒飲んどるけど煙の臭いがせんから肉は焼いてないし煙草も吸ってないんやろな。知らんけど。
確実なんは、俺は圧倒的に〈こっち側〉で、〈あっち側〉に足を踏み入れることは今までもこれからも絶対に無いてこと。こんなこと言うたら怒られるやろけど、動物園と一緒や思とる。こいつらが陽キャやらパリピ(死語か)やらを自称できるんは結局群れとる間だけで、だからもう何時間か後には全員が全員必然的に海を眺めて独り寂しく陰キャに還っておうちへ帰る。人類みな陰キャ。まぁこいつらはそんなこと自覚しとらんやろけど。
そんなことを考えながら俺は砂浜を歩く。たまに砂粒が跳ねて足裏に紛れ込むけど俺のビルケンのサンダル略してビルケンサンはそんなもん余裕で追い返してくれるから快適に歩ける。ありがとうビルケンサン。
そんなわけで、俺が今からお邪魔する銭湯は、その連なりの一番奥にあった。
*
自動ドアくぐってロッカーにサンダル入れて百円玉ポン。鍵掛けて券売機。タオルの類と着替え一式はリュックに入れてきたから大人一枚だけ。受付のそこそこ綺麗なお姉さんに脱衣所のロッカーの鍵をもらって歯切れの悪い「ごゆっくりおcつろぎくださいませぇ」に会釈を返して誰が買うんか分からんようなお土産コーナーをチラ見していざ脱衣所へ。
男湯の暖簾をくぐる。なんかよぉ分からん匂いと湿気がまとわり付いてあんまりええ気はせん。俺は白癬菌のリスクを出来るだけ回避するために踵だけでぽてぽて歩きながらマイバースデーに因んで五番と十八番のロッカーを探す。よっしゃ今日はどっちも鍵付いとる。周りも空きが多い。俺は十八番のロッカーを開けて知らんおっさんの忘れもんが無いことを確認してからTシャツを脱ぎ始める。俺は着痩せするタイプやから脱いだら逆の意味で凄い。でもここにはもっと凄いおっさんがいっぱいおるから気に病まんで済む。
見苦しい腹をさらけ出した俺は脱いだ服をビニールに入れて綺麗に畳んだ着替えとバスタオルを出してその上に眼鏡を慎重に置く。ほんで確認。ハンドタオル――前はロッカーに入れたまま入ったからビッチャビチャのまま戻ってきた。ええ歳こいて二重の意味でダサい――よし持った。もうやらかさへん。ロッカーの鍵もちゃんと閉めて左手首にはめた。
ほな行こか。
*
ホンマは面倒くさいけど俺はちゃんと掛け湯をする。よし俺は掛け湯をせんかった奴より偉い。よぉやった俺。自分を誇れ。
それから俺はまずシャワーを浴びて髪と身体を洗って清潔な状態でジャグジーに直行する。あの色んなとこから泡がブクブク噴き出してくすぐったい感じがたまらん。
頼む。誰もいませんように……。
よっしゃおらん!誰もおらんわ!最高。アーメンハレルヤ。よし。
ジャグジーは壁側から数えて全部で四据えあって、俺は壁から一番遠い、つまり通路に一番近いやつに陣取ってからゆっくり脚を伸ばして、まだ文字通り幼くて純粋やった頃に自宅の湯船でやったのと同じようにバタ足をしてみる。他の三据えには誰もおらんけど、俺はもう大人やから、控えめにバタ足。
――バタ足に飽きてふと通路の方を見たらいつの間にか幼女がおる。パッと見た感じ小学校低学年くらいのその子は俺が今おるジャグジーの縁んとこにしゃがんで墓荒らしみたいな形相で水面を凝視しとる。なんや俺の脛からバタ足の波動でも感じたか(?)いやこの子の眼には実はもっと違う何かが映っとって、それは俺を含めた今この銭湯におるおっさんら全員がもうとっくに失くしてもた圧倒的な純粋さとダムみたいな想像力によってこの子に造られた暗黒の鯨なんかもしれん。でも当然その鯨に乗って大海原へ冒険の旅に出る資格もそれを邪魔する権利も俺らには無い。それは今この瞬間、この夢見る幼女にしか。
でも作業服を着たおっさんは来た。パッと見もうおじいちゃんの域に差し掛かってそうな中途半端に年齢不詳なおっさんの右手にはモップ。ほんでその自分の都合でしか動かへんアホのおっさんは未だ夢見る幼女を見つけた瞬間「職務?何それ美味いんか?」みたいなエグい顔で足早に彼女の隣に来て一瞬立ち尽くした後、あろうことか彼女に話しかけた。
は??――――??????
*
オイオイオイオイおっさん何しとんねん早よどっか行けや!お前は孫くらいの歳の女の子に欲情したんか哀れやのぉ!ええから早よ仕事戻らんかいや!職務を放棄すんなや!まぁぶっちゃけ俺も似たようなもんやけど!だから俺は相棒の狸寝入りを確認してからザバン!と立ち上がって「え、幼女の裸になんか一ミリも興味ありませんけど、何か?」みたいな顔をキープしながら露天風呂の方に大股で歩いていく。さようなら、知らんおっさんの眼で全身を犯された哀れな幼女。十何年後にふと思い出してめちゃくちゃ後悔しませんように……。てか俺はなんでこんなこと考えとんねん!いつまでもこんなとこおったら脳味噌腐ってまうわホンマ!あー、あー、外の新鮮な空気を吸いましょう……。
*
やっぱお風呂上がりのコーヒー牛乳は最高に美味い。ただのコーヒー牛乳やのに銭湯のロビーで飲んどるゆうだけでなんでこんなに美味いんやろか……瓶入りやから?ラベル剥がして蓋開けるあの瞬間に非日常を感じるんかも知れん。世の中のコーラとコーヒー牛乳が全部瓶入りやったらええのにな〜とか、こん時だけは思う。
飲み終えたコーヒー牛乳の瓶と蓋を指定された場所にちゃんと片してから俺は階段を上って二階の寛ぎコーナーに行く。最近リニューアルされて綺麗になったらしいからどんなもんか思て来たけどまぁ特に感想は無かった。漫画もいっぱい増えたみたいやけど俺はこういう所では読まん。
だから俺はリクライニングチェアに仰向けに寝っ転がって、持ってきた小説の続き読んで、あとは一時間くらいぼーっとして過ごした。
*
帰りの砂浜はもう真っ暗でなんも見えん。
ビアガーデンももう閉まったらしい。
波音。浜風。磯の香り。嫌いじゃない。
ベンチに座ってなんかやっとるカップルたちを横目に見ながら俺は駅まで歩いて改札を抜けてホームに向かう。
眩しい。
*
俺は自室のベッドで寝ながらあの夢見る幼女のことを考える。
あの子――あ、そう言えばあの子の親父。自分の娘を放置してわけの分からん野郎どもに視姦さしたボケ親父は、あの時どこにおったんやろか――。
まぁ、どうでもええけど……。
『銭湯にて。』 さくらぎ(仮名) @sakuragi_43
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます