転生守銭奴女と卑屈貴族男の(義)叔母事情 06
あらかた姪たちと話をし、私は帰る、と嘘をつき、ディルミックがいると思われる、別館へと足を運んでいた。
本当に最低限の使用人しかいれていない、という別館の入口は、本館の入口とちがって、あまり掃除がされていなかった。最低限は行われているようだけれど、とても辺境伯家の敷地内にある建物とは思えない。使用人をろくに雇えない、貧しい貴族家の屋敷のようだ。
勝手に立ち入ったことがばれたら怒られるどころの騒ぎではないでしょうけど――それでも、私は、ディルミックが気になって、ここまで来てしまった。
姪たちのように、甘えさせてやるつもりはない。それでも――一目、無事に生きているかだけ、見られれば、と思って。
屋敷の扉を開けて、すぐに目に入る廊下の横に伸びる階段。下の方の段に座ってうずくまっている男児が見えた。
間違いない、ディルミックだ。お姉さま譲りの、金髪をしている。
音で私がここにやってきたことに気が付いたのか、彼が顔を上げる。
泣いていたのか、目じりが少し腫れていた。
なんて醜い――私は、思わず唾を飲み込む。
醜い顔を見せるなと、罵倒するのが正しいのだろうか。理不尽な言葉である反面、そうするものだと教わってきた。
それでも――今の彼に、その言葉をぶつけてしまったら、本当に、自ら死を選んでしまいそうだったから。
昔は、跡取りだともてはやれ、可愛がられていたディルミック。今はもう、彼のそばにいる人間は、一人としていない。
私だって、彼に寄り添い、支えるつもりはない。
それでも――……どうしようもなくなったとき、頼れる、最後の手段になるくらいなら。
どうしても、皆が皆、離れていくディルミックから、私も離れ、見捨てる選択を、取ることができないでいる。
損得を考えず、感情にとらわれる、だなんて。なんて、貴族らしくない。
それでも、あの日の男が流した血が、男に石を投げる人たちの笑い声が、お姉さまの、男を産めたと安心しきった表情が――生まれたばかりのディルミックが私に向けた笑顔が。
彼から離れるという選択肢を、私から、奪い去る。
「ディルミック」
私が彼の名前を呼ぶと、彼はびくりと肩を震わせた。
「貴方はこれから、カノルーヴァ家を継ぎ、領地を経営し、税を納める領民のため、よりよい生活を提供しなければなりません。そのために、この程度のことで、立ち止まっては、ふさぎ込んではいけません」
私の言葉に、ディルミックはおびえたような表情を見せる。
「貴族に生まれた以上、たとえ敵しか周りにおらずとも、甘えることは許されないのです」
それは、自分自身にも、言い聞かせるようなものだった。甥への情など、グラベイン貴族として生きていくのなら、切り捨てるべきものなのに。
「それでも――……どうしても、どれだけ頑張っても、どうしようもなくなったら、私を頼るという選択肢があることを、覚えておきなさい」
この日の言葉が、彼にきちんと届いたのか。
それは、未来で、ほんの数度、何度か便りを送ってきたことが、証明している。
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