転生守銭奴女と卑屈貴族男の(義)叔母事情 03

 その日も、私はお姉さまに会いに行っていた。お姉さまも私も、結婚した貴族夫人にしては会いに行く頻度が多い部類ではあったけれど、私が嫁いだ土地はカノルーヴァ領の隣の領。馬車で半日ほどで行けるので、ここまで多くとも、仲のいい姉妹、で済む程度。旦那様も、文句は言わない。というより、旦那様は私のすることに、ほとんど文句は言わない。いつだって、顔に『嫌われたくない』という言葉が透けて見える。


 閑話休題。


 私は慣れたように、お姉さまの自室へと向かう。本当なら客室を用意されているはずだけれど、最後の子供である姪を出産してから、お姉さまは随分と体を弱くしてしまったから、あまり積極的に出歩くことがなくなってしまった。私が妹だから、と甘えて部屋へと案内されることが多くなったのだ。

 私としては、そのくらい甘えてもらっても一向にかまわないから、こうして私室に向かっているのだけれど。


「お姉さま、フィオレンテですわ」


 扉に向かって声をかける。でも、返事がない。中で、何か物音がするから、いるとは思うのだけれど……。何かを片付けているにしたって、お姉さまなら返事をするはずだ。

 ……もしかして、体調が悪くなって、声も出すことができないのかしら。


「お姉さま? 扉を開けますよ」


 もう一度声をかけてから、扉を開ける。


「……あら、フィオレンテ。もう来ていたの?」


 白々しく私にそう笑いかけるお姉さま。……随分と弱々しい笑顔だ。

 お姉さまは、私の方を見ながら、戸棚の引き出しを閉めようとしている。……やっぱり、何かを片付けていただけなのね。


 人に見られたくないものの一つや二つ、お姉さまにだってあるでしょうし、私は黙って見なかったことにするつもりだった。


 ――引き出しに引っ掛かって、床へと落ちたものが、包丁でなければ。


 絨毯に、ほとんど音もなく落ちた包丁。鈍く光るそれは、随分と切れ味がよさそうに見えた。

 まるで、時が止まったかのように、私の頭は真っ白になって。


「お、おねえ……さま……?」


 なぜそんなものがここにあるのか。

 なぜそんなものを隠そうとしたのか。


 もし、私が、来るのがあと少し遅ければ、どうなっていたのか。


 まともに考えればすぐに思い当たれたはずなのに、私は情けなく、お姉さまを呼ぶことしかできなかった。


「フィオレンテ……」


 そう、私を呼ぶお姉さま。彼女の表情を、きっと私は一生忘れない。

 あんなにも、覚悟が決まった人の表情を見たのは、後にも先にも、あの一度きりだから。

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