転生守銭奴女と卑屈貴族男の飲酒事情 03

 ――結局、昨晩は一睡もできなかった。


 何をしても落ち着くことはなくて、最終的には仕事に逃げた。書類仕事に程よく集中して意識を持っていかれて、寝るか、とソファに向かったところで、彼女を思い出して駄目だった。

 そんなことを繰り返して、ついには日が昇ったのだった。寝不足の目に、朝日が差し込んで痛い。

 ちょっとした好奇心は、完全に裏目に出て、一晩の睡眠が犠牲になった。


 流石に、朝方にもなるといくら落ち着かないと言っても、眠気の方が勝ってきて、少し仮眠を取るか迷っていた頃――。


 ――コンコン。


 寝室に繋がる扉がノックされ、さっきまであったはずの眠気が、全てどこかへ消えてしまった。


「――あ、開いている」


 徹夜をしてしまったからか、それとも緊張しているのか、声が随分とガサガサだ。

 僕が返事をしてから、少しして、扉が開かれる。全て開け放たれることはなくて、少し開いた隙間から、寝起きのロディナが、実に気まずそうな表情でこちらを見ていた。


「す、すみません、ディルミック……。わたし、気が付いたら寝てしまっていて」


「……どの辺りから、記憶がないんだ」


「え、ええと……二杯目の、半分くらいまでは覚えています」


 ……いや、もう少し飲んでいたはず。

 ということは、急に人が変わったように見えたが、それは表面上だけで、実際はもっと手前で記憶をなくすくらい酔っていたということか。

 それは気が付けなかったな……。


「あの、わたし、何かやらかしたんですよね……? 服はお酒飲む前と変わらないので、吐いたとかはないと思うんです、けど……すみません」


 記憶もないのに彼女は謝る。

 僕自身の好奇心の責任でもあるが、素直にその謝罪を受け入れる気にはなれなかった。実際、一晩の睡眠が犠牲になっている。いや、それ以上に……。


 せめて覚えていてくれれば――いや、なんでもない。


「……体調は?」


 僕が聞くと、ロディナは「大丈夫です。二日酔いにはなってないみたいで」と答えた。体調が悪くなっていないなら、まあ、許容範囲、と、言えなくもない……か?


「ロディナ」


「はい」


「……人前では、絶対に飲まないように。あと、僕の前でも、飲み過ぎないように」


 僕は、「頼む」と付け加えながら彼女に言った。

 人前であのように甘えられたら立場が悪くなるどころの話ではないし、もう二度と、ああやってお預けを食らうのは避けたい。

 僕の様子に、ロディナも何かを察したのか、嫌だと言うことはなく、素直に頷いてくれた。


 ――これで、この件は終わったと、このときの僕は思っていた。

 しばらく、彼女との夜のたび、あのときのキスのことを思い出してしまって、悶々とすることを、まだ知らなかったのである。

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