転生守銭奴女のメイドと卑屈貴族の護衛の恋愛事情 18

 あまりの出来事にわたくしが何も言えないでいると、「……悪い、結婚したいからそう言ってるみたいだな」とハンベルが気まずそうに目をそらした。


「まあ、別に、オレみたいのなら結婚できなくても回りは納得するだろうし――」


「――覚えてたの?」


 だって、そんな素振り、一度もなかった。あの約束を押し付けてからも、ハンベルの態度が変わることもなくて。

 一緒に遊んでいたときも。

 年頃になって、疎遠になってしまったときも。

 再会して、仕事を紹介してくれたときだって。

 覚えているのはわたくしだけだと、本気で思っていた。


「そりゃあ、お前、十歳近く年下の子の言葉だぞ。年上のオレが本気になってるって言えないだろ」


「ほんき」


「本気も本気。本気で――嬉しかった。親以外で、オレに好意を見せてくれる人なんて、お前しかいなかったんだから」


 あれが最初で最後だよ、と、どこか自嘲するようにハンベルは笑った。


「笑えよ。お嫁さんになる、なんて言われて、ころっとその気になっちまう残念な男だって」


 ――笑えるわけない。

 子供みたいな約束だって分かった上で、その約束に必死になってしがみついていたのは、わたくしだって同じだ。

 代わりに、わたしくしは彼の頬に手を伸ばした。


「わたくし、貴方の顔、嫌いなの。自分の見た目も嫌い。たぶん、この価値観は一生変わらない。グラベインの女だもの」


 水分も油分もない、かさかさとした感触が手のひらに伝わる。わたくしの手も、メイドとして働き始めてから、随分と荒れているから、ハンベルからしたら、わたくしの手ひらのほうが、がさがさに感じるかもしれない。


「――それでも、貴方のお嫁さんになりたい。馬鹿みたいに、こんなわたくしに優しくしてくれる、貴方の隣にいたい」


 一生分の、勇気を振り絞った。誰かが来るかもしれない、この場所で。

 今素直になれなかったら、一生後悔するから。誰かに見られたら、それはそれで後悔するだろうけど。でも、どうせ後悔するなら――手を伸ばさない後悔はしたくない。

 たとえ正しくなくとも、欲しいものが手に入るなら、手を伸ばさずにはいられない。


「わたくしを、貴方のお嫁さんにして」


「――うん。オレを、お前の旦那にして」


 そう言って、ハンベルは、彼の頬を触るわたくしの手の上に、ハンベル自身の手を重ねた。固い、努力を続けた人の手のひらの感触が、わたくしの手の甲に伝わる。


「誰かの正しさなんて求めなくていいよ。お前がオレの顔を嫌いでも、ずっと一緒にいて、時折好きだって言ってくれれば、馬鹿みたいに喜ぶ男なんだから。オレはさ」


 そう言って、ハンベルは笑ってくれた。


 ……前言撤回。

 ハンベルの笑った顔は、少しだけ、好きだと思う。

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