転生守銭奴女のメイドと卑屈貴族の護衛の恋愛事情 09
夕食の後片付けをして、ノルテに引継ぎをすればわたくしの今日の仕事は終わりだ。さっさとお風呂を済ませてしまおう。わたくしはノルテに仕事を引き継ぐと、自分の下着と寝間着を持ってお風呂場へと向かう。
本館の使用人はお風呂に入ることは滅多にできないらしい。沸かした湯をたらいに入れて、体を拭くことしかしないと、モナが愚痴をこぼしていたことがある。
本館勤めの使用人でお風呂に入ることができるのは、客人を案内する一部の人間だけ。その人だって、客人をもてなす日の前日にしか入れない。
本館の使用人はかなりの人数がいるので、仕方ないと言えばそれまでなのかもしれないが。
でも、たとえ貴族のように毎日お風呂に入ることができるとしても、別館の使用人になりたがる人は、ほとんどいない。旦那様がこちらにいるから。
わたくしだって、旦那様を相手に仕事をしなくていいことと、お風呂に毎日入ることができるのを天秤にかけたら、お風呂を諦める。まあ、わたくしのような見た目の者が仕事を自由に選べるわけではないので、そんなこと、考えたって最初から意味はないのだが。
でも、それはそれ。
どうしたって旦那様に仕えないといけないのなら、得られる恩恵は最大限受けておきたいというもの。
わたくしはお風呂場に繋がる扉に手を伸ばして――中から物音が聞こえることに気が付いた。……誰か使っているの?
このお風呂、実は男女共用なのである。
いくら毎日お風呂を使わせてもらえるとはいえ、所詮は使用人。流石に男女別にしてくれるほどの待遇はない。
でも、それぞれ譲りあって使うし、全員が後の人のことを考えて綺麗に使用する人間ばかりなので、困ったことはあまりない。
先ほど、ノルテが仕事に向かうのを見送ったばかり。だから、今使っているのは男性の誰かだ。
ベルトーニも仕事を終えていたはずだし、先に彼が使っているのだろうか。
「……あ」
よく見れば、使用中の札が下に落ちていた。誰が使っているのかは知らないが、しっかりドアノブにひっかけておかなかったんだろう。
わたくしはそれを拾って、ドアノブにかけなおす。ドアの外から物音がはっきり聞こえるということは、もう出てくるか、逆に入ったばかりのどちらかのはず。
部屋に戻ってもいいけれど、出るところならすぐに次に使えるかな、と思い、少し待ってみる。
すると、案の定、待って数分もしないであろう内に、扉が開かれた。
でも、扉を開けたのは、ベルトーニではない。ハンベルだった。
ハンベルは普段、他の護衛職の人間と一緒に、本館の方で水浴びをするはずなのだが、たまにこちらのお風呂場を使うこともある。
そう言えば、今日は奥様の護衛をしていたから、こちら側に来ていてもおかしくないのか。護衛の人たちが水浴びをする時間は決まっているはずだし。
わたくしたちの間に妙な沈黙が流れる。互いに、相手がそこにいるものだと思っていなかったのだ。
何か、言わなきゃ。
怒鳴ってしまったこととか、夕食のこととか。言わなきゃいけないことはあるのに、上手く言葉にならない。
「――……使用中の札、下に落ちていました」
咄嗟に出たのは、そんな言葉だった。いや、確かにそれも言っておかなきゃいけないんだけど。
今言うべきはそれじゃないのに。
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