転生守銭奴女のメイドと卑屈貴族の護衛の恋愛事情 07

 一通り買い物を済ませ、屋敷に戻り、奥様の部屋へ荷物を置き終わって、部屋を出て一階に戻ろうとすると、階段の踊り場からハンベルが恨めしそうな表情でこちらを見ていたのに気が付く。


「……なんであの店に行ったんだよ」


 本気で怒っているような声音ではない。腹が立って仕方がない、というよりは、単純に、拗ねているような声。

 一言、何か言ってやらねば気が済まない、とでも言いたげな表情ではある。


「持ち場はよろしいのですか」


 わたくしが聞けば、「今日は護衛の任務が終われば終わりだよ。まあ、少しは自主練として走るつもりだけど」との言葉が返ってきた。


「そうですか、わたくしはまだこれから仕事が残っています」


 わたくしの仕事は夕食の配膳と片付けを済ませ、夜勤のノルテに引継ぎをするまで終わらない。

 仕事中は雑談をするつもりはない、と言っているのを思い出したのか、ハンベルは何とも言えない表情になった。


「父さんと母さんに生暖かい目で見られた上に話しかけられて、やりにくいったらないな。助けてくれればよかったのに」


 わたくしは彼を無視して、階段を下り始める。仕事が残っているのに、話なんてするつもりはない。彼にこの仕事を紹介してもらった、とは言え、公私混同をするつもりは一切ない。仕事の話ならまだしも、雑談は駄目だ。まだ勤務時間中である。


「あんな店じゃなくたって良かっただろ。奥様との趣味も違うだろうし――」


「あんな店だなんて言わないで!」


 階段の踊り場に足をつけた瞬間、聞き捨てならない言葉が耳に届いて、わたくしは思わず足を止めて彼の方を睨んだ。


 あんな店。


 本気で言っているわけではないのは、分かっている。彼と彼の両親の仲は、ハンベルの容姿に対しては珍しく険悪なわけでもない。若干過保護な両親を煙たがっている様子はあるものの、彼は家族を大切にしている方だと思う。わたくしに比べれば、ずっと。


 だから、いつもの軽口の延長であることは分かっているはずなのに、つい、カッとなってしまった。

 案の定、わたくしがそこまで反応するとは思っていなかったのか、ハンベルは、ばつの悪そうな表情を見せた。

 そんな顔を見たら、わたくしは何を言ったらいいのか分からなくて、「とにかく、今は勤務時間ですので」と言い捨てて、残りの階段を速足で下りた。


 ……でも、本当に、わたくしにとって、あの場所は大事な店だったから。特に、他でもない、ハンベルの口からは聞きたくなかった。

 声を荒げて、おそらくは旦那様の部屋にいるであろう奥様たちに聞かれなかっただろうか、と、少し心配したが、旦那様の部屋の扉も壁も、薄くはない。馬鹿みたいにバケツをひっくりかえして大騒ぎでもしないかぎり、聞こえないだろう。

 わたくしは少しばかり気まずい思いと行き場のないむかつきを消化するために、いつもより乱暴な足取りで歩いてしまったのだった。

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