IN

藤 夏燦

のむ

 飲む、飲む、飲む。ママのミルク、おやつのジュース、部活の合間のスポーツドリンク。ごくごくごく。喉を鳴らすあの行為が私は好きだった。無防備に喉を開いて、外の物を流し込む。すると「生かされている」心地した。何度もそれを味わいたくて、お腹が満タンなことも忘れて喉に流したほどだった。


 そんなに好きだった飲むことを、高1の夏、私は嫌いになった。友達の香菜と夏祭りに行って、私たちは同じ高校の男たちに声をかけられた。男たちは二つ年上で、香菜も私も初めは舞いあがった。けれど男たちが夏祭りだけで飽きるはずもなく、私たちはその夜男たちに弄ばれた。


 深夜の河原で初めて酒を飲んだ。ごくごくごく。お酒って苦いんだ。勢いよく流し込んだため、むせ返ってしまった。それを見て香菜や男たちは笑った。飲む、飲む、飲む。こんなに苦いものを彼らはどうして普通に飲めるのだろう。そんな疑問をこぼした私に、「一葉はまだお子ちゃまね。」と香菜が笑った。


 無防備に喉を開いて、外の物を流し込む。その行為が、流し込むものによっては決して気持ちの良いものにはならないと知ったのはそのあとだった。酒に酔った私は座ることもできず、冷たい河原の石の上に寝た。天の川を不気味に隠した薄雲に私は少し腹を立てていた。身体のほてりを石の冷たさが癒してくれた。星さえ見えれば私は今、気持ちよく眠れる。そんなわがままが許されるわけもなかった。


 男たちが私の上に覆いかぶさって、彼らが私にしようとしていることを理解した。私は気づくのが遅かった。その時香菜も同じ目にあっていたらしいが、初めからこうされるつもりだったらしい。私は朝まで、自由にならない身体を彼らに好き放題された。お酒よりもっと苦いものがあることも、その時知った。


 日が昇る頃、私たちは家に帰ることが出来た。香菜は終始涼しい顔をしていた。私のそんな彼女を見て感覚が麻痺したのだろうか。家に帰るまでは何とも思わなかった。家に帰り、夜中どこにいたのかしつこく聞いてくる両親に「香菜の家。」と嘘をつき、シャワーを浴びた。一人になったそこで、私は決壊した。


 頭からつま先にかけて虫唾が走った。途端に喉に指を入れて、昨日飲んだものすべてを掻き出したくなった。喉元で指を動かすと、伸ばした爪が痛かった。痛みと不快感にしばらく耐えた後、喉がうごめいて温かいものが食道を上った。止めようと思ったが止められず、私は風呂場に嘔吐した。胃液と酒とアレの臭いがして私はすぐにシャワーを流した。排水溝へと流れゆく汚れた水を見つめると、まだ足りない気がしてきた。昨日私が飲み込んだのはこれだけではないはず。痛みと鏡に映る無様な姿に、知らぬ間に大粒の涙を流しながら、私は淡々と飲んだものを掻き出していった。喉が終わると、次は身体中すべて掻き出すように洗った。涙腺から涙も掻き出したのだろうか。昼ごろまで浴室にいた私を母が呼びに来るころには、私は崩れ落ち、只々シャワーの流れを見ているだけだった。


 その後私は両親にすべてを話した。両親から学校に話がいき、男たちは退学、香菜とは音信不通になった。彼女はその後自主退学したようだった。私はしばらく学校で謹慎処分を受けたが、両親の説得もあって、高校に通うことが出来るようになった。周囲からの蔑視をことごとく浴びながらも、私は見えるところでは平生を装った。


 飲む、飲む、飲む。私はお昼休みに水筒のお茶を飲む。ごくごくごく。喉を鳴らしても、「生かされている」心地はもうしない。あの日私は苦いものを知った。そしてそれに喉を汚された。私は大人になったのだ。「生かされていた」時期は終わった。「生きていく」時期になったのだ。私が嫌いな飲むことも、生きていくためにこれから先ずっと続けなくちゃならないのだろう。ごくごくごく。それに心地良さを感じたあの頃を、懐かしみながら。


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