魔王、転生後の世界で

純天導孋儸

第1話 初日

 家族。そう、家族がいた。それも昔の事だ。妻の名はヨンドル。非常に賢く、優雅な女性だった。人間だった彼女は俺の唯一の理解者で、同じ決意のもと行動をともにしていた。そんな彼女も今…今は…。否。もう終わったことだ。彼女はもういない。そして彼女と育んだ子供たちも。私にはもう何もない。何もない。

 暗い深淵に落ちていく。死してなお、暗闇に住まうとは自分でも驚くほど愛されている。だからこそ家族を失い、世界の悪として滅んだのだろう。だからどうと言うわけではないが、俺は何か悪いことをしていたのだろうか。魔王として生まれ、それが悪だと断罪されたこの俺は、何をしたと言うのだろうか。なるべく人間とは関わりを持たないようにと世界の格別化を測ったのにそれに対して悪だと断罪し、滅べと言われたことに俺はただ、怒りしか感じていなかった。だが、いくら恨んだところで人は変わらない。だから俺は恨むのはやめた。諦めて衰退していく奴らの様を見ているだけでよかった。だが、それももう叶わない。なぜなら。





       私は死んだからだ。






 ふと、深淵の中にいるはずなのに光が見える。

『なんだ?一体…これは?』

 目の前には輝く小さな球体が浮遊している。ゆっくり壊さないように触れようとする。

『お前は、誰だ?』

 気配を感じる。目に見えない誰かの気配が。強い意志が。目の前に浮く球体は俺の元を離れていく。急に足元に地面を感じる。草野のび太草原に足を下ろしていた。なぜ、俺はここに?

「貴方。そこの貴方。」

『ん?』

 可愛らしい声によばれ振り向くとそこには小さな妖精が。

「貴方。そこの貴方。死人しびとですね?」

 俺はムッとする。

『たしかに俺は死者ではあるが人間ではない。』

 その答えに妖精は笑う。

「貴方のこと、気に入りました。ねえ、貴方。人間にならない?」

 またもムッとする。

『人間になど…なりたくはない。』

 妖精は再び笑う。

「でも貴方の大切な人は人間だったでしょう?だから貴方も人間になるといいわ。」

『彼女が人間だったのはたまたまだ。彼女は俺たちへの理解がある数少ない人間のうちの一人だ。お前達にわかることではない。』

「うふふ。貴方。貴方。貴方はやっぱり面白い。」

 妖精は舞う。

「貴方。ねえ、貴方。もしもう一度。大切なあの子に会えるとしたら…どお?」

 俺は目を見開く。

「貴方にもう一度、チャンスを与えたいの。もう一度。幸せを掴めるか。今度は人間として。」

『彼女に…彼女に会えるのか?』

「ふふ。そうよ。彼女に会えるわ。ただし、人間になったら。だけどね。」

 妖精は不敵に笑う。

「貴方。貴方。ねえ貴方。会えるなら。貴方はどんな形でも会いたいかしら?」

『彼女に…会えるなら…、」

「そう。彼女に会えるなら。」

「彼女に会える…なら。俺は。」











「俺は人間になることも…辞さない。」



















 七月某日。夏の訪れに人々が体に汗を滲ませているこの頃。青年は病院で見知らぬ天井を見上げていた。

『俺は…俺は…何をしているんだ?」

 天井を見上げている少年はそう呟いた。不意に扉が開く音がする。

「今日も来たよ〜って目を覚ましちゃいないんだろうけどさ〜…ん〜?ん〜〜!?」

 覗き込むように女性はこちらに迫ってくる。

「目…目…目…覚ましてるーーーー!?!?」

 女性は驚きながらあわあわとあわてている。

「えええ、あああ、ど、どどどどどど、どうしよう…みみみみ、みんなに知らせなくちゃ…」

 そう言って女性は荷物をほっぽり投げてあわてた様子で病室の外へと出ていった。いったい何だったのだろうか。

 外が騒々しくなり、あわてた様子で帰ってくる先の女性。そして優雅に歩いて入ってくる医者と思しき白衣の男性。

「おぉ、おぉ、目を覚ましたようですね。覚えたますか?何があったか?」

「何があった…か…?」

 思い出そうとするが頭がズキズキする。

「え、えっと…おも、思い出…せない…。」

「まあ無理もないね。倒れた拍子に結構強く頭を打ったようだからね。記憶障害が出てしまったようだね。五分ほど呼吸も止まっていたようだからしょうがない。」

 淡々と話す医者に対して女性は慌てたように言う。

「お、思い出せないって…それってやばいんじゃ?」

「まあ、長時間意識を失っていたのもあるし、そんなに酷いものじゃないと思うから数日で良くなると思うよ?」

 なんて大雑把な。と周りも言いたげだった。

「まあ、そんなに心配しなくていいよ。それじゃ。」

 軽く言うな。しかし、記憶障害…か。

「や、山田くん。本当に大丈夫?」

「え?や、山田って俺のこと?」

「ほら、やっぱりダメじゃん!!」

 自分の頭をわしゃわしゃとかきながら女性は言う。

「自分の名前も思い出せない?」

「じ、自分の名前…。」

 えっと…なんて名前だっけ?山田…山田…。

「えっと…山田…英智ひでのり?」

「そうそう!!思い出せた?あの日のことは?」

「え、あの、あの日?…えっと…ん〜???」

「やっぱダメか。」

 思いっきり項垂れる。

「おっす〜!!目〜覚めたんだって〜?」

 会いた扉の先から一人の男が現れる。

「竹田く〜ん。おっそーい!」

「バカ!大学抜けてからの洒落になわねえんだからしょうがねえだろ?お前みたいに単位、余裕ばっか当たらんねえんだから。」

「それはあんたがチンタラしてるから悪いんでしょ?」

「なんだお前。喧嘩売ってんのか?」

「んなわけないでしょ、このスカポンタン。」

「んだとー!?」

 待て待て、ここは病院だ。静かにしてもらおう。

 二人はこちらに向き、小さくなって「すまん。」「ごめん。」と言った。どうやら視線で伝わったらしい。

「そんで、二人して心配しに来てくれたわけ?」

「そうだよ、いきなり倒れるもんだから心配したんだぜ?」

「ありがとう。だけどなんで…」

 二人は顔を見合わせてはーあと言った。

「お前、自分のことだろ?忘れたのか?」

「記憶障害、あるらしいよ。」

「あー…テンカンだよ。テンカン。お前急に倒れて失神してるからびっくりしたわ。医者曰くは薬が合わなかったからじゃないかって話だぜ。ほんと、失神してる時のお前には目も当てられなかったぜ。」

「一番ビビったたのは君でしょ?」

「うるせ。」

 頭を掻きむしる。

「まぁ、無事だったんだ。よかったな。」

「ありがとう。」

 二人は顔を見合わせて照れ臭そうにする。

「そんで、私たちの名前は思い出した?」

 女性の方が俺に聞いてくる。名前…なんだったっけ…。

「えっと…咲洲さきしま?」

「そう!そうそう!!わかるじゃん!!」

「お、俺は?!」

「えっと…竹田…。」

「なんだ、わかんじゃん。よかったわ〜。」

「じゃあ、あの日のことは?思い出した?」

「倒れた日のことだよ。」

「あぁ、えっと…」

 思い出せるようなそうでもないような…。

「確か、細田先生の授業を受けていたような…。」

 社会学の授業だった気がする。そう、たしかそうだ。グループワークをすると言われた時のことだ。妙に胸をくすぶられているような感覚に襲われて…それで…?

「妙な…胸の苦しさを感じた…そのあと…そこまで思い出したんだけど…」

「まぁ、大筋はあってんな。」

「じゃぁ、声、かけた時のことは?」

「声…かけてくれたんだ?」

「やっぱ、ダメか。」

「しょうがないわよ。頭から倒れたのよ?」

「まぁ、なんでもいいわ。無事だったんだからな。」

 竹田は立ち上がり別れの挨拶をする。

「んじゃ、俺は帰るわ。医者にちゃんと言っとけよ?薬はちゃんとしたのをくださいって。」

「ちゃんとしたのって、あの薬もちゃんとはしてるって。」

「わかんねぇよ?ちゃんとしたねえかもしれねえ。ましてや今回は発作が起きたんだ。合わねえのは明白だろぉ?」

 んじゃぁなと言いながら竹田は病室をさっていった。咲洲と二人きりの病室。妙な感じだ。

「咲洲も。ありがとう。わざわざ病院まで…。」

「あぁ、気にしないで?同じ釜の飯を食った中でしょ?」

「その表現、いまどきする人いないよ。」

 二人で笑い合う。

「じゃぁ、今日はもう帰るね。」

「うん。ありがとう。」

「いいえ。じゃぁ、また明日、学校でね?」

「うぃっす。」

 別れの挨拶を済ませ、去っていく。咲洲が帰るのを見送ってから例の妙な感覚を思い出す。妙な感覚のあと、何かを見た気がするのだが…思い出せない。

「あれはなんだったんだ…?』

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魔王、転生後の世界で 純天導孋儸 @ryu_rewitan

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