5分で読める物語『突撃生徒会!』
あお
第1話
純真高校二年二組の教室。幸運にも席替えで左端窓列の座席を手に入れた俺は、難解な数式を解く先生の授業をよそに、ただひたすら校庭を眺めていた。
(はぁ……今朝もろくに寝れなかった。隣町との抗争がなんだとか知らねぇけど夜中に騒がしく出て行ったかと思ったら朝方には血まみれになって帰ってきやがる)
うちの家は少し特殊で代々山田組というヤクザ組織を運営している。
総長はうちの父親の山田鉄(てっ)斎(さい)仁(じん)、副総長を母親の山田真(ま)純(すみ)が務める夫婦組織だ。
遺伝的に不良を定めづけられた俺だったが、生憎俺に遺伝したのは世間への反骨精神ではなく、悪を許さぬ正義感だった。
もしかしたら遺伝した反骨精神が両親に作用し、結果逆方向を向くことになったのかもしれない。
だからこそ、校庭で起きた大事件を俺は看過することが出来なかった。
「ちっ、生徒会まだ懲りてねぇのかよっ!」
そこに映るは学生の〈重宝〉を奪った別世界。
〈重宝〉を奪ったのはこの高校の生徒代表である生徒会。
奪われたこの世界で、一体どうやって生きていけというのか。
――取り返してみせる。俺たちの宝を。俺たちの生きがいを!
抑えきれない正義感が、勢いよく椅子から立ち上がらせた。
「若(わか)! どちらに行かれるのですか⁉」
そんな俺に驚嘆と共に声をかけてきた坊主、いやスキンヘッドというべきか。
彼は幼馴染でありクラスメイト、その実山田組(うちのいえ)の若衆を務める骨の髄から指の先までヤクザに染まった高校生――山之蔵(やまのくら)泰平(たいへい)
脳細胞までヤクザに侵食された結果、大概の話は通じないバカである。
「生徒会に乗り込むんだよ」
「カチコミっすか!いいっすねやってやりましょう!お供しますぜ!」
早くも話を先読みしカチコミなど吐(ぬ)かしているが、まあこのバカがいれば多少の賑やかしにはなるだろう。
乗り込むと言っても殴り込みではない。話し合いをするだけだ。だがまあ相手の中に生粋のバカがいれば、向こうも多少なりとも警戒心を緩めるに違いない。
俺は手札の一つとしてこの若衆山之蔵(やまのくら)泰平(たいへい)ことバカを連れていくことにした。
教室を出るところで後ろからキツめの声で呼び止められる。
「ちょっとどこ行くのよ!あなた日直でしょ⁉︎ 黒板消しなさいよ!」
声の主はうちのクラスが誇る学級委員長――若草芹奈(わかくさせりな)
「ごめん委員長、俺ら生徒会に大事な用があるんだ」
「大事な用ってなによ!日直の仕事をサボってまでしなきゃいけないことなの⁉」
日直って他と対比するほど重要な仕事ではないと思うが。
しかしそんな本音を漏らせば話はよりややこしくなる。
黙って逃げる手もあるがこの委員長のことだ。生活指導の先生にチクられ、職員室の呼び出しをくらい、挙げ句の果てには親までそのサボりがバレてしまう。
そのため俺は委員長を丸め込み、ついでに生徒会室までついてきてもらおうと考えた。
偏った正義感の塊である委員長が証人となればそれ相応の説得力が得られる。
コンマ七秒でその結論へと至ると、残りのコンマ三秒で吐くべき言葉を選定する。
「そうだ。お前のために俺は生徒会に行ってくる。お前の健やかな暮らしのために」
俺の台詞を聞いて委員長は、
「わ、私のため……私のため……私の……」
と繰り返し同じ文言を呟いている。その顔はまるで茹でダコのように赤く蒸しあがっていた。
この隙に決めの追撃も当てて完全勝利だ。
「だからお前にも来てほしい。俺には委員長が必要だ」
周囲に悲鳴が上がり、なぜかバカまで赤面し顔を両手で覆っている。
「若もついにお心を決められたのか……っ!」
となぜか興奮状態だったがきっといつもの妄言だろう。
委員長に向き直ると、委員長は体をプルプルと肩を震わせている。
マズい!調子に乗りすぎた――
「ア、アンタがそこまで言うならついてってやろうじゃない!」
が、どうやら交渉は上手くいったようで、赤ダコ委員長が生徒会乗り込みメンバーに加わった。
バカと委員長を連れて廊下を突き進む。、
「珍しい組み合わせだねぇ」
ふと後ろから嘲笑的な口調で声をかけられたので振り向く。
そこにいたのはチビ中のチビ――前島(まえじま)紅葉(もみじ)
小学四年生のような体躯に、丈のあっていないブレザー、綺麗なたまご型の顔立ちと艶のある髪。あとは胸があれば完璧なのにという思考になりかけたところで頭を振る。幸か不幸かこの前島紅葉は男であるため、いきすぎた妄想は自分の性癖を歪めかねない。
「珍しいってこともないだろう。俺たちクラスメイトだし」
そんな俺の返しに、それもそうだね、と相槌を打ってからチビ紅葉はこう続けた。
「それでお三方はどこ行くの? ボク暇だからついて行っていい?」
再び俺の思考が加速する。
いま手持ちのカードは出落ち担当のバカと、弁論承認担当の委員長だけ。
叶うならもう少し手札は増やしておきたいところ。
このチビは相手との距離感を詰めるのが上手い。
じゃじゃ馬ではあるものの、使いようによっては相手の隙を作れる遊撃部隊にできそうだ。
俺はこのチビも仲間に加える方針で話を進めた。
「生徒会室に行くんだけど、お前興味ないだろ?」
「いやいや、もうこの三人が生徒会室に行くってだけで興味津々だよ! 何言われようとついて行くからね!」
「ふっ、そうかい。勝手にしな」
やったーという喜びの声と共に、このチビ助は俺の後ろに並んだ。
四人になった俺たちは、俺とバカを先頭に二列横隊で進んでいく。
「ところで、なんで生徒会のとこまで行くのよ?」
ふと委員長が訪ねてきたので、俺は後ろを向いてことの経緯を説明する。
「これは俺と生徒会との因縁なんだ。何度訴えかけても一向に改善しない。彼らは自分たちがよければそれでいいと考えているただの偽善者集団。その証拠に」
――ゴンッ!
後頭部に受けた衝撃は俺の脳を震わせ、突如視界がぐらついた。
「若! 大丈夫っすか!」
「ったく前見て歩かないからよ」
「あはは! 頭抱えてる~かわい~」
その光景に対し仲間たちは三者三葉のリアクションを見せた。
なんかどれも悔しい。
痛みのせいで涙目になりつつ、後方にいるぶつかった相手を見やる。
そこに立っていたのはまさしく巨人。長身痩躯な体つきだがその背が二メートル弱もあると、存在自体が威圧的である。
「キミ、いきなりぶつかってきて謝罪の一言もなしですか」
シルバーフレームの眼鏡をくいっと人差し指で押しやり、身長差も相まって必然的に見下される形となる。
「お前が先に謝れよ! 若の行く道に突っ立ってたのが悪ぃ!」
俺の横で吠えるバカ。子犬が熊に吠えたって勝ち目はゼロだというのに。
「何を言っているんですか。ぶつかってきたのはそっちでしょう? 見るところ本人の不注意が原因でしょうし。謝る筋合いなんて、私にはこれっぽちもありませんね」
「若、一発殴らせてください……!」
「やめろ、こいつが言ってることは正しい」
少し痛みが引いてきたので、俺は巨人の正面に向き直り謹んで謝意を表した。
「これはあんたが言う通り、俺の不注意が原因だ。すまない」
深々と頭を下げる。
巨人はふんっと鼻を鳴らし「もういい」と立ち去っていく。
歩いていく姿を眺めていると、ポケットから何やら長方形の紙がこぼれ落ちた。
それを俺より先に気づいたらしいハゲが拾うと、下品な笑みを浮かべ俺に耳打ちした。
「若、これは使えますぜ」
どうやらそれは体操服姿のアイドルブロマイドだった。
――なるほどな。
ハゲが巨人に振り向き、煽るような口ぶりで声をかけた。
「お〜い、これ、なぁ〜んだ?」
まるで猫を餌で釣るかのように、ブロマイドをひらひら見せびらかすハゲ。
巨人はそれを見ると、途端赤面し地響きが起きそうなほど強い足取りでこちらに向かってくる。
「か、返してもらおう!」
「これ、校則違反だよなぁ? 優等生のメガネ君がこんなことして」
「おいやめろ」
俺はハゲの手元からブロマイドをさっと抜き取り、巨人に手渡す。
「誰だって、秘密の一つや二つはある。そしてそれは大概誰にも譲れない大切なもんだろ」
巨人は俺の言葉にこくりと頷き押し黙った。
「邪魔したな」
俺たちは巨人の横を通り抜け、生徒会室へと向かった。
「……で、どうしてアンタがついて来るわけ?」
一行は、俺とバカを先頭に、委員長、チビ、巨人と二列横隊で歩いていた。
「彼には恩義がある。それを返すまではお前たちについていく」
「恩義ってなによ……」
委員長は何やら不服そうだが、こちらの手数が増えることは歓迎ものだ。
「ねえねえ、お兄さん肩車してよ〜」
「ふむ、いいだろう」
そしてチビと巨人の相性は良いようだった。
「若、いいんすか。あいつ着いて来てますけど」
バカがひっそりと耳打ちしてくるので、こちらも自然と小声になる。
「大丈夫。彼はいいカードだ」
そう彼が持つこの威圧的な風貌。
味方にこのような人間がいることは、話を進める上で有利に働く。
何を仕掛けてくるかわからない底知れぬ恐怖が、相手の口を早める。
必然的に見下され、なおかつ知的な風貌は鋭いナイフのように向こうの平常心を抉(えぐ)るだろう。
五人組となった俺たちは生徒会室のある第一棟にたどり着く。
生徒会室は第一棟の端にあり周囲に人気は少ない。
「ほんとに生徒会室まで来ちゃった」
「だが、部屋の中に生徒会のメンバーがいなくては意味がない。山之蔵見てきてくれるか」
「アイアイサー!」
バカが勢いよく生徒会室へと走っていく。
「ボクも行くー!」
それをなぜかチビが追いかける。
「さて偵察次第だが、あいつらが帰ってきたらすぐに生徒会室へ乗り込む。準備はいいか?」
「準備って言われても、なにするか知らされてないし」
「革命なんだろ?」
「ああ、正義の革命だ」
巨人は妙に俺の肩を持ってくれている。少し脅しすぎただろうか。
「若~! いました! 会長が一人だけ!」
ドタドタ音を立てながらこちらに戻ってくるバカとチビ。
「好都合だ。よし、お前ら乗り込むぞ!」
二人と合流し俺たちは生徒会室へと駆け出した。
そして勢いのまま生徒会室の扉を開ける。
そこにいるのは報告通り生徒会長ただ一人。
俺は相手が口を開くよりも先に、ありったけの声量で怒気を放った。
「おい生徒会! 女子の体操服はブルマにしろっつたよなぁ‼」
そう、彼らが犯した罪とは女子体操服をブルマからショートパンツに変えたこと。
女子の生足拝見機会を奪おうなんてとんだ大悪党だ。
俺の叫びにやや驚いた表情を見せる生徒会長。
勢いが足りなかったか。
しかしそう思ったのもつかの間、生徒会長は頬をつり上げ嘲笑的な笑みを浮かべた。
「ふっ、手下を連れてぞろぞろと。身の程知らずに敵の土壌へと殴り込み。まさしくヤクザですね」
どうやら親から受け継ぐ血というものは争えないらしい。
5分で読める物語『突撃生徒会!』 あお @aoaomidori
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