第十話① 切り札ならば、全力で切れ
唸りを上げ、空高くに打ち上がっていったミサイルも見えなくなった頃。私とジェイクさんはそれぞれで展開していた障壁を解きました。
辺り一帯に立ち込めていた煙も治まってきて、上からこちらを見下ろしているリッチの姿も視界に入ります。
「……さあて、と。よくもまあ俺に全財産を使わせてくれたなぁ、ランバージャックよぉ。お前一人に大赤字だよ、ったく……」
言葉とは裏腹に、ニヤニヤと笑っているリッチです。私はそんな彼を睨み返しながら、言葉も返しました。
「……まさか、弾道ミサイルまで持っていらっしゃるとは……何処の世界で戦争するつもりだったんですか?」
「んー? まあなぁ、昔、俺に上等くれやがった奴らを完膚なきまでに蹂躙する為に、色々と用意してたんだが……」
まあ、それもミヨちゃんで取り戻せるしな、とリッチは続けます。彼女を換金アイテムか何かとしか見ていないその言葉に、私は何故か腹が立ちました。
「……御託はもう良いです。さっさとミヨさんを……」
「おおっと。そんなこと言ってる暇があるのかなー? スイッチオン。そして……起動しろ、"
「な……ッ!?」
すると、リッチ達がいる部屋を覆うように、真っ黒な鉄のドームが展開されました。こちらを見ている彼の姿が、どんどん隠されていきます。
その最中、彼が懐から取り出した円盤状のディスクのようなものが、空中で回転しているのも垣間見えました。次の瞬間。そこから広がった何らかの衝撃波のようなものが、私達を襲います。
「く……ッ!? な、なんですか、今のは……?」
『俺のいるこのリビングは、核兵器を撃ち込まれても大丈夫なように設計されてる。だが、お前のいるそこは対象外だ。そんでそろそろ……さっきの弾道ミサイルが帰ってくるぞぉ……?』
「ら、ランバージャックッ! なんかゴォォォって、かすかにゴォォォって聞こえるッ!」
『ほーら帰ってきた帰ってきたッ!』
シェルタードームに覆われたことでスピーカーになったリッチが、弾んだ声を上げています。ジェイクさんが言ったように、もうミサイルのエンジン音というものが、わずかに耳に届いています。
弾道ミサイルなんか携帯障壁LLでも防げないでしょうし、"
「……一度逃げますよ、ジェイクさん。
しかし。取り出した呪符は私の呪文に反応しませんでした。驚いて呪符を見てみると、呪符に白いテープでつけられたようなバツマークがついています。
『ハッハァ、残念だったなァッ! さっき起動させた"
「な……ッ!?」
「ら、ランバージャックッ! 音が、ミサイルの音が大きくなってるーッ!」
何をしても起動しなくなった呪符に加えて、リッチからの絶望的な言葉。更にはジェイクさんの言う通り音がどんどん大きくなってきています。転移魔法を封じられた今、最早逃げている暇はないでしょう。
それ、ならば。
「……私がやります。捕まっててください、ジェイクさん」
「や、やるって、何をーッ!?」
「……ミサイルを、受け止めます。ジェイクさんは、念の為に障壁の用意を」
「えっ……えええーッ!?」
ならばもう、やるしかありません。私は一度息を思いっきり吸い、そして吐き出しました。自分の中で、整理をつけます。あんなもの相手に力を使うなら、それこそ死力を振り絞らなければならないでしょう。それが例え、取り戻したかった昔の自分の全てを、失うことになろうとも。
やがて、迫り来るミサイルの音は、どんどんと大きくなっていきました。
「お、お、音がァァァッ!!!」
「時間がありませんッ、早く障壁をッ!」
「ば、"
「……"
喋った筈のジェイクさんの声も聞こえなくなるくらいの轟音が聞こえてきてました。直後、白と黒の市松模様の弾道ミサイルが、私達めがけて落下してきます。
私は即座に右の手のひらを上へと突き出し、制限をかけていた術式を全て取り払い、自分の力の全てを開放しました。やって、みせる……ッ!
『死ねぇぇぇええええええええええええええええええええランバージャックゥゥゥッ!!!』
「"
力をの全てを開放した私は、突撃してきたミサイルを……辛うじて、受け止め、ました。
「わぁぁぁああああああああああああああああああああッ!!!」
『ハァァァッ!? ふ、ふ、ふざけんじゃねぇぞッ!? そんな、そんなことがあって堪るかッ!!!』
ジェイクさんの叫びと、リッチの何かが聞こえた気がしましたが、今は、突き出した手の、ほんの少し前で、止められていて、油断、すると……ッ。
下部にある、推進用の、ジェットエンジンを、これでもかと爆発させながら、こちらに突撃して、こようと、して、います……。
コートも、余波で、ボロボロになり、つけ爪なんかも、既に弾き飛んで……加えて、私の、身体……血を吐く、どころか……頭が、割れそうに、痛く……身体中に、まるで、ヒビが入ったかの、ように、ミシミシと、嫌な音を立て……。
「ガッハ……ッ!?」
また、血を吐きました。そして吐き出した血以上に、身体も冷たくなっていっている気がしています。
更には頭の中に残っていた昔何処かで見た映像が、聞いたことある声が、どんどん消えていきます。あれも、これも、全部。これ以上、失いたくないと、見ず知らずの誰かを、犠牲にしてまで、取り戻したいと、思っていた、かつての私の、全て、が……。
やめろ、これ以上やるな、もう二度と取り戻せないかもしれないだぞ、と頭の中で誰かが警告している気がします。
だいたい、なんで私はこんな事をしているんでしょうか。こんな世界まで追ってこなければ。リッチに宣戦布告なんかしなければ。いえ、そもそもお金をはたいてまで、追うことを決めなければ。私は今、こんな思いをしなくても良かった。こんな風に力を振り絞って、取り戻したかった記憶を失わずに済んだ筈です。
その原因となったのは、ミヨさん。彼女を諦めれていれば、終わっていた話。たまたま出会って、不注意でついてきてしまって、面倒を見ていただけ。私としては、本当にただそれだけの事だったのです。
なのにどうして、彼女を突き放さなさずにいたのか。今になって思い返してみます。
「……ええ、そう、ですね……」
今までの私は、どちらかと言うと受け身な人間でした。何かがあって誰かと関わろうが、自分からはいかない。来る人を拒まず、それなりに付き合いをして、終わり。自分の記憶を取り戻すことを第一に考え、他の誰かとの関係性をなあなあに済ませてきていました。
彼女が来た時もそうでした。やることだけやって、あとは適当に預けてしまえば良い。そう、思っていましたが……。
『それでも、わたしを助けてくれた人なんだからッ!』
あの時のことを思い出します。彼女は小さい身体で、私を庇ってくれました。突き放すばかりだった私に、歩み寄ってくれました。だから、私は……。
ミサイルは依然として変わらないままに、私たち目掛けて突っ込んでこようとジェットエンジンを唸らせています。私はそれを、"
身体はどこもかしこもボロボロで、これ以上忘れまいと必死になっていた残りの記憶も、最早朧気。そんな中で、私は薄く笑いました。
「……覚えて、なんか、いません、が……私は、そんな人、だった、気がします……ゴホッ、ゴホッ……ッ!」
また血を吐きました。口の中いっぱいに鉄の味が広がり、喉がガラガラします。頭に無理やり左右から引っ張られているような強烈な痛みが走り、身体中で何かの繊維でも切れたのではないかという感触もありました。
「……例え、私が……私でなくなったと、しても……ッ!」
それでも、私は力を行使することをやめませんでした。それはもちろん、死にたくない、というのもありましたが……いつかの夢の中で、幼い私が言っていましたから。
既に昔の私なんてほとんどが解らなくなってしまいましたが、それでも、変わってなんかない、と。この胸の内にある思いが、変わっていないことの証なのであれば、きっと。忘れたくないものを、全てを忘れてしまったとしても。
「…………ッ」
柄じゃない、なんてさっきも思いました。しかし今、私はらしくもなく全力を出してみようと、そう思っています。それは協力してくれたトシミツやスラおばさん、ジェイクさん達の為であり、自分の為であり、そして……。
「……~~~~~~~~ッ!!!」
私は声なく吠えました。腹の底から吠え、自身の内側に渦巻いている力の源を、命を唸らせます。身体の各所からの痛みも、全力で無視しました。今は、そんなことに構っている暇などありません。
ただ、私は……あの子を……ッ!!!
やがて頭の中のボヤけた思い出の全てが消えたと思ったその時、押しとどめていたミサイルに、ピキッ、っと亀裂が入ったのが見えました。
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