第八話① 集まると、必ず誰かいなくなる


「アンタ達ッ! 無理するんじゃないよッ!」


 スラおばさんは檄を飛ばす。今回の自分達の役割は囮だ。つまり、相手を殲滅する必要はない。騒ぎを起こして注意を引きつけている間に、ランバージャックらがミヨの救出を済ませれば、それでおしまいだ。

 この世界の人々に恨みがある訳でもないので、なるべく傷つけずに済ませられるのが一番良い、と彼女は思っていたが。


携帯呪文起動モバイルスペルオン、"炎の海オーシャンレッド"ッ!」

「死ねェェェ化け物ォォォッ!」


 敵側から放たれる携帯呪文モバイルスペルや、その他の魔法。そして、撃ち込まれるレーザー銃の数々。明らかにこの世界、この時代にそぐわない攻撃方法の数々で、油断しているとこちらがやられてしまいそうだ。

 あの武器商人、リッチが向こう側に力を貸したことが、かなり戦局に響いてきている。スラおばさんは内心で舌を打っていた。


(……これは相手を気遣ってる余裕なんてなさそうだね)

「わァァァッ!」

「あぶ、あぶなーいッ!」

「お袋ォォォッ! たーすけてェェェッ!」

「……っんとに世話の焼ける子達だねッ! "火炎実装フレイムアクト"ッ!」


 各種の攻撃から逃げ惑うスライム達を守るように、スラおばさんは魔法を展開する。味方を狙っていた相手に撃ち込み、逃げ惑う彼らを守る。


「ぐぁぁぁああああああああああああッ!」

「……恨まないでおくれよ?」


 着弾した地点から悲鳴が上がり、スラおばさんは小さく呟く。肉が焦げる臭いも漂ってきていたが、彼女はそれを無視した。いちいち構っている余裕などない。


「お袋ーッ! 腹減ったー!」

「後にしな、ホーネリアッ!」

「えーッ!? あとジェイクがいないよー?」

「…………。なんですってェッ!?」


 すると一匹の雄のスライム、先ほどトシミツに食べ物をねだっていたホーネリアが彼女の側にやってきてそう言った。

 最初こそ、いつもの腹ペコスライムの戯言かと思っていたが、彼が次に放った一言は聞き逃せない。ジェイクがいないと、彼は言ったのだ。


「まぁたあの子は勝手にどっか行ったんだねッ!? ホンットに世話が焼けるんだからッ!」


 話題に上がったジェイクも雄のスライムで、スラおばさんとは旧知の仲である。しかし、どうも彼は好奇心が非常に旺盛で、気が向いた時にフラフラといなくなる事があった。

 今日もトシミツと話していた時からいやにテンションが高そうだと思ってはいたが、やはり別世界で探検がしたかったみたいだ。家族の為の戦いだとあれほど言ったのに、彼は溢れる自分の好奇心を抑えられなかったらしい。


「お袋ー、どーするー?」

「どうするも何も、さっさと探して……」

「あのスライムがヤバいぞッ! 狙えーッ!」


 さっさと見つけ出したかったスラおばさんであるが、警備兵達が彼女の姿を捉えていた。全体を指揮し、要所要所でフォローを入れていた彼女が頭であると、向こうは理解したのだ。


「くたばれェェェッ!!!」

「ああもうッ! 凌ぐよアンタ達ッ! "障壁実装バリアアクト"ッ!」

「「「"障壁実装バリアアクト"ッ!!!」」」


 無数のレーザー光線が、スラおばさん達に向けて放たれた。彼女とホーネリアは近くのスライム達と協力して、魔力で形成された薄緑色の半透明な真四角の障壁を出現させる。

 レーザー光線が障壁に当たり、ジジジジ、っと障壁の魔力を焦がすような音が立ち込めた。


「あの子と連絡を取るわッ! その間はお願いッ!」

「「「はーいッ!!!」」」


 障壁の維持を他のスライム達に任せると、スラおばさんは少し後ろに下がった。そして自身の目の前で魔法陣を展開し、いなくなった彼へと連絡を繋げようとする。


「"念話実装コールアクト"ッ! ジェイクッ! アンタ今何処にいるんだいッ!?」

『……ゲェッ! お袋にバレたーァッ!』


 少しして、魔法陣から返ってきたのは、焦っているジェイクの声だった。こっそりやってた筈なのにバレた、といういたずら小僧のような様子だ。


「何やってんだいジェイクッ! さっさと戻って来なッ! 今回もそうだけど遊びじゃないんだよッ!? またお説教だからねッ!」

『うわーッ! お袋の説教ヤダーッ! こーなりゃ隠れるぞーッ! おっ、こことか絶対にバレない……』

「ちょっと……ッ!」


 それだけ言い残すと、ジェイクは念話を切ってしまった。慌ててかけ直すが、彼が応じる様子はない。スライム族特有の自分の位置を知らせる魔法等もあるが、彼がそれを使ってくれることなどありはしないだろう。


「あんの大馬鹿者がッ! こうなりゃ、あたしが直接……」

「お袋ーォォォッ! なんか様子が変だよーッ!」


 怒りを露わにしたスラおばさんの元に、ホーネリアが不思議そうな様子でやってくる。焦っている感じは見受けられないのだが、それでも聞いて欲しいという熱意が見て取れた。


「今度は何だい? ジェイクみたいなのがまた……」

「違うよー! アイツらが逃げ始めてるんだよー!」

「……何だって?」


 その報告は、スラおばさんの頭に疑問符を浮かばせた。

 現状、そこまでこちらは優勢ではなかった筈だ。自分達の役割は相手の殲滅ではなく、囮。なので必要以上に相手を攻撃することもなく、周囲の外壁等を壊したり派手な魔法を空撃ちしたりと、向こうの注意を引くことをメインにしていた。

 なのに、相手は逃げ始めていると言う。何故だ。いくらこの世界の人々が、自分達のような生物を見たことがないからと言っても、ここまで戦ってきた以上は今さらだ。


「……解ったよ。必要以上に追撃はしなくて良い。精々驚かせてやるくらい……」


 彼女がそこまで口にした時、建物の一角が内側から砕けて二つの影が現れた。ギョッとした彼女らがそれを見ると、建物の穴から姿を現したのは、内側から盛り上がってどんどん大きくなっている化け物だった。なるほど。こんなのが来たのであれば、そりゃあ逃げるよね、とスラおばさんは納得する。

 そして、もう一人。


「……悪いな」


 ジャージ姿のジムトレーナー、トシミツがいた。直後、その彼に向かって化け物が落下してくきた。

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