第七話④ 考えて、先を見てから浮かぶ笑み


「……あーあ。マージで来たよランバージャックの奴。しかも、なんかやる気っぽいなー……」

「も~少しお待ちくださいッ! 今回は良いデータが取れ、必ずや今後の実験の役に……」


 研究所内の映像が映し出されている数々モニターがある監視室にて、リッチは椅子に座ったまま、ため息をついた。先ほどまで隣にいたキョーシンは、アフロを揺らしながら、あのお方とか言う輩に、Vビーストの戦闘記録を届けられそうだと、興奮気味に連絡している。


「……ま。向こうの狙いがこの子だしなぁ」


 そんなキョーシンを無視して椅子を回転させ、リッチは後ろを見た。そこには、薬が効いて眠っているミヨの姿がある。起きた時に暴れられると面倒なので、念のためにロープで手足を拘束してあった。


「は~いッ! 被検体No.34もまだこちらの手にありますッ! 抜かりはありません! はい、はい……それではまた後でッ!」


 電話越しにも関わらず、キョーシンはペコペコと頭を二回下げると、そのまま電話を切った。


「さ~て、ゆっくり鑑賞しましょうッ! 私の研究成果の一つであるVビーストッ! 一体どれだけの力を見せてくれるのか、た~のしみですねェッ! そもそもVビーストは……」

「あー、あー。聞いてる聞いてるー」


 自分の成果を自慢したくて仕方がないのか、キョーシンは興奮した様子でまくし立ててくる。専門用語やら自慢話やらが混ざったよく解らない内容を、リッチは適当に聞き流していた。


「……向こうの勝利条件は、この子を取り返すこと。だがこっちの勝利条件は、襲ってきたあいつらを殺すこと……っつー訳じゃない」


 聞き流しながら、リッチは状況を整理する。わざわざこの世界まで攻め入ってきたランバージャック達の目的は、この女の子、ミヨだ。彼らはこの子を取り戻せれば目的達成、勝ちとなる。

 ならば、こちらの勝利条件とは何か。一つはもちろん、彼らの撃退だ。襲ってきた彼らを皆殺しにできれば済む話。今後もこのキョーシン達と取引をして、更なる儲けも期待できるだろう。一番良い結果だ。


 では、それが出来なさそうなら、どうするか。仮に彼らを倒せなかったとした場合、想定できる事態はどうなるのかと、リッチは脳内でシミュレートする。

 ドアを使って別の世界に逃げたとしても、彼らは後を追ってくる可能性がある。ただ、ドアを使って別世界に行くことは個人情報にあたる為、中央役所の人間は教えてくれないだろうし、情報屋に余程お金を積まない限りはバレることはないだろう。それに何処に飛ばされるのかはランダムなので、最悪世界と時代がバレても、発信機でも付けられていない限りは、簡単には見つからない筈だ。

 となると、この世界を捨てて逃げる、という選択肢が生まれる。


「……最悪、生きてりゃ何とかなるが……」


 おそらく、何もかもをかなぐり捨てて逃げれば、生き残る可能性は高いだろう。今まで儲けた金だけを持って何処かの世界に入り込み、ドアを使うこともなく生活していれば、いくらターミナルの連中とはいえ見つけることは困難である筈だ。

 しかしそれは、惨めな逃亡生活だ。何処か知らない世界で、いつ見つかるのかとビクビクしながらの日々。しかもドアを使うとバレてしまう為、逃げた世界に永住することにもなる。それはパッとしない、ただ生きるだけの道。まあ、生きられるだけでも良いのではないか、とも思うのだが。


「……だが。俺にはやりたいこともあるし……何より、この子は惜しい……」


 倒れているミヨを見るリッチ。彼には目的もあったが、それ以上に欲が芽生えていた。

 不老不死実験の成功者。こんなどこの世界に持っていこうが高く売れそうなブツ、手放すには惜しすぎる。ここでどれだけ散財しようが、彼女の存在さえあれば、いくらでも取り返せそうな気がしていた。彼が知っている中で思いつくだけでも、四、五人は取引できそうな相手が思い浮かぶ。

 つまり彼女さえいれば、諸々を妥協してもお釣りがもらえそうなのだ。となれば、彼が考える最上が駄目だった場合の次善とは。


「……クックック……」

「……あ~れ? リッチさん、今のお話で、どこか笑いどころなんてありましたか?」

「いんや、何でもねーよ」


 リッチは首を傾げるキョーシンに向かって、ニヤリ、と笑った。納品は終わっているし、金も既にもらった身だ。ならば、ここにいる連中に馬鹿正直に付き合ってやる義理もないな、と内心で吐き捨てる。


「……ま、まずはお手並み拝見と行こうじゃねーの。なあ、キョーシンさんよ」

「そうですよねッ! さあやってしまえ、Vビーストッ!」


 声を上げているキョーシンと何処か余裕そうに画面を観ているリッチ。その声に反応したのか、彼らの後ろで薬をかがされて倒れている少女が、少し、身じろぎした。


「……ランバージャック、さん……」


 うわ言のように、彼女は彼の名前を呼ぶ。しかしその声が、彼に届くことはなかった。

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