サブカルギルド 16
どうやら、着てきた服は風呂場に入れておいたらしく、いそいそと風呂場に入ってすぐに着替えて出てきた。
そのあとは、夜も遅い事なので、布団を敷いておいて寝てもらった。
翌朝、目を覚ましてからしばらくは、どんな顔して挨拶すればいいかわからずに十分近く迷っていたのだが、突如として二人のスマホの通知音が鳴った。それもメールのである。
普段メールを使わない民なので、驚きつつも確認する。とはいえ内容はおおよそ察しがついている。
『
土浦広旅様 松山光里様
提出していただいた課題の内容の確認が終わりましたので、その結果をご連絡いたします。
合格です。
合格に伴って・・・
』
少し続いていたけれど、二人で作った作品が合格したこと。明らかに難易度の高すぎるクエストをクリアできたこと。自分たちの書いた小説を認めてもらえたことが心の底からうれしかった。
興奮のあまり布団を飛ばす勢いで起きて、光里を見ると、光里もこちらを見ている。
「や、やったぁ~。」
弱弱しい声で抱き着いてきた。
いやまって、うれしいのは分かるけど待って!君今薄着だから!いろいろダイレクトだから!てか昨晩付き合ったばっかりだったわ!
そんなこんなで赤面しながら硬直している。
「広くんはそんなにうれしくなかった?」」
「めっちゃうれしかったです。」
内心、暴れまわっていたまである。一人だったら「やったー!」と叫んで隣や上下の部屋の人から苦情が来ただろう。
「だとしてもその、その恰好で抱き着かれると・・・。」
昨日風呂場に置いていたのはパジャマだったらしく、今は夏場であるためかなりの薄手。
「あ、えっと、ご、ごめんなさい?」
ちょっと恥ずかしそうに逸れる光里に、なんとなく罪悪感を覚える。
「えっと、こちらこそごめんなさい?」
このままじゃ何も進まないじゃん‼
「それはそうとして!よかった、これで単位も増えたね!」
「そうだねぇ、それに、下の方は読んだ?」
「下の方?」
さっきの続きだろう、読んでみると。
『
合格に伴って、書籍化もさせていただきます。もちろんキャンセルは可能です。また、書籍の販売の収入を、既に登録済みの口座へと確実に入金させていただきます。
今後のご活躍を期待しております。
』
え、お金もらえるの⁉
表情を見て察したのか、
「そうみたいなんだよね。やったね!色々買えるよ!」
光里は案外お買い物とか好きなのだろうか?
「そうだね、その、デート代とかにも使えるし・・・」
「s、そうだね・・・。」
俺は馬鹿なのか?なんでこういう空気にするんだ?
「じゃ、じゃぁとりあえず、今日も気合入れて書きますか~!」
「お、おー!」
関係に名称的な変化があったとはいえ、実際はそんなに変わらない。というのは、この現状のことなんだろう。小説を書いている間は互いに気を張ることもないし、相談事があれば二人で悩む。いつもの二人の日常で、こういう時間はドギマギする必要が無くて助かる。
さて、いつも通り時間が過ぎ去っていったので、夕方。
窓から差し込む赤い光と、涼しげな風に気が付いた。
「あー、結構集中したなぁ・・・。」
書いていて楽しいし、充実感はある。たまに休憩がてら書いたこともあるけれど、時間の許す限り書けるとなると、集中しすぎて疲れることもしばしばある。
「うん、さすがに頑張りすぎたかもねぇ~。」
光里も集中の糸が途切れて緩んだように返してくれる。
「お夕飯どうする~?」
いつも自然にこの会話が始まるのは、俺としても助かっている。
「作り置きしておいたものでもいいけど、割と空いてる時間だし、どっかに食べに行ってもいいかもな~。」
「あっ!じゃぁファミレス行こ!今小説で書こうとしているところなんだけど、メニューとか全然わかんなくて!」
「りょうかーい。んじゃイタリアンなとこでいいか。」
「そうだね、あの有名なところで。」
もう朝も夜も関係なく一緒に居るから、小説のネタのために食事を変えることもあるし、モデルにできそうな場所に二人で散歩することもしばしばあった・・・。
今考えたらほぼほぼ同棲している夫婦では?なんてある意味邪な考えがよぎるのだが、こんなものは忘れて何を食べるかを考えよう。なんだか今日はやけにおなかが減った。
光里は自分の部屋で支度をしてから、再び俺の部屋にやってきてから一緒に出る。
しばらく歩いていると、光里がやけに上機嫌だった。
「すごい機嫌がいいじゃん。」
そう聞いてみると、
「えへへ、だって広くんと付き合えたんだもん。うれしいほか無いよ。」
完全に緩み切った顔で嬉しそうに言うものだから、こちらもうれしくなるが同時にだいぶ恥ずかしくもなる。
「まぁ、俺も、こういう経験は、生涯無いと思ってたから、うれしいよ。」
きっと、恋をすること自体は初めてではないんだと思う。でも、その気持ちは分からなかったのだ。憎しみや喜びという感情は分かる。でも、恋という感情だけは理解できずにいた。理解できなかったから、把握できなかったんだ。
「そうだったんだ。私は意外と、物語みたいな恋ができたらなー。なんて考えてたから、私の理想的な人に出会えて幸せよ。」
ねぇやめて!唐突に俺の心臓に特大な爆弾落とすのやめて!俺が死ぬから!
「うん・・・ありがと・・・。」
なんか俺の方が照れさせられてない?なんて悠長に思っていると、光里が手をつないできた。互いの指を絡ませた所謂恋人つなぎである。諦めて白状しよう。めっちゃ照れるしめっちゃ恥ずかしい。・・・うれしいけど。
隣で歩く光里は、多少照れてるし恥ずかしがっているけれど、それ以上の喜びが表情から伝わってくる。動きもいつもよりふわふわとしていて、暖かい手は湯煙のように優しくて。
突然、すっと手が離れた。何事かと光里を見ると、こちらを向いていた。
「その、ちょっと我慢できそうにないので、恋人つなぎは無しで・・・。」
理由はよくわかるが、唐突に話されて片手が寂しかったこともあり、「恋人つなぎは。」という事なので、普通に手をつないでみると、「え⁉」という照れている顔になった。可愛い。
「恋人つなぎじゃなければいい?」
「は、はい・・・。」
形勢逆転である。さっきまでは光里が前を歩いていたが、今度は俺が前を歩いている。
・・・手をつないでると、ちゃんとついてきてくれてるって把握できるから、すっごい安心するな。
イチャコラしながら歩いていると、もちろん他人から視線が送られることはある。正直、かなり恥ずかいし、ドキドキするけど、こんな風になる前にも同じように見られていたんだろうな。とは思う。
ドキドキしながら店に着く。さすがに店内では・・・と思い、外そうと思ったのだが、光里の手が緩まらない。光里の表情はさっきと変わっていないけれど、どこか使命感を感じる表情をしていた。
「さ、さすがに店内だから。」
と言ったのだが、首を弱く振るだけで放そうとしない。まぁ、いいか。
店員さんからは「あらあらあら~」という視線とともに「お好きな席へどうぞー」という声が送られた。テーブル席に座ることにしたので、さすがに放してもらえた。
「ひろくんは何にするの?」
「俺はマルゲリータとかかな。それより、忘れる前にメニュー表撮っておいた方がいいんじゃない?」
本来来た理由も忘れかけていたが、それがなくなったら本当にただのデートである。
「それは大丈夫。忘れないから。」
「え?忘れないって?」
記憶がいいという事だろうか?だとしても撮っておいて損は・・・。
「こういうの忘れることが無いんだ。というより、忘れたことが無い。の方が正しいけど。」
そりゃまた便利で羨ましい能力だこと・・・。
「良い事ばっかりじゃないよ?忘れたいことが忘れられなかったりするんだから。」
表情から予想したのか、考えが読まれたみたいだ。
「それは、そっか。それで、光里は何食べるの?」
「そうだなぁ、私はドリアにしよっかな。広くんは?」
「ちょっと悩んだけど、フェアのチキンソテーにする。」
「鶏肉好きなの?」
「ほかの肉よりは結構好きかな。」
「ふぅん・・・。」
その含みのある返事は若干期待しちゃうからやめて・・・。ちょっと楽しみ。
「ほかになんか見たいものとかある?」
料理が来るまでの間の話題として、小説に書きたい場所の下見。を投げかけてみる。
「見たいもの・・・。」
しばらく悩んでいる様子だったので、自分もどこか見に行きたい場所が無いかを考えてみる。
「一日中空の下に居たい?」
「なんで疑問形なんだよ。」
それなら屋上に一日中いるってことかな?
「えっと、なんとなくそんな感じのことがしたいから・・・。」
「うーん、それなら、どっかの高原とか草原とかでキャンプするのがいいかもな。」
「キャンプ!」
なんか妙に食いついてきたな。
「最近旅行とかキャンプとかの作品ばっかり見てたから、行ってみたかったんだよ!!」
あるある。そういう作品見ると面白そうでやってみたくなるんだよなぁ。
「じゃぁそのうちキャンプに行く予定でも立てるか。」
「え?明日じゃないの?」
「いや、準備とか場所選びとか天気とか・・・。」
「明日は日本各地晴れだし、キャンプ道具は大概そろてるし、場所もいい場所知ってるよ?」
さてはすでに用意してあったな?
「それだけの準備があれば、場所の予約と買い出し程度で済むか。うん、行けそうだな。」
道具も足りなければ買い出しついでに買えばいい。
ちょうどよく二人の料理が運ばれてきた。
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