サブカルギルド 15話
二人ともしばらく小説を書いていたのだが、気が付いたら光里のいた場所から寝息が聞こえてきた。
可愛い寝顔と寝息を堪能しながら執筆を、と言いたいのだが、自分自身もかなり眠い。光里の寝息に誘われてそのまま連れていかれそうだけれど、できるだけ自分の書いてる小説に集中する。
今書いているのは風邪を引いたヒロインの看病をするシーンである。ある程度のことを終えて、ヒロインは心地よさそうに寝ている。・・・眠気がより強くなる。そろそろ寝落ちするんだろうな。
目を覚ます。いつも座っている椅子の感覚。ここにきてから起きる時は大体椅子の上な気がする。
「あ、おはよ。広くん。」
「ん、おはよ。」
いつも通りの朝で、ちょっとだけ幸せに感じる。
「朝食、作ってみたけど、食べる?」
探してみると、皿の上に乗ったサンドイッチがある。具は卵やハムなどなどであり、普通においしそうである。
「うん、頂くよ。」
「それじゃぁこれも。」
そう言って紅茶も入れてくれる。目が覚めるいい匂いは、いつぞやにシロにも飲ませたことのある紅茶だった。
「今日は光里の方が早く起きたな。」
「そうでもないよ?ほら、時計見て。」
促されるまま時計を見ると、デジタル表記で11:00と示してあった。
「私も一時間前に起きたばかりだから。あ、あとさ。」
珍しく少し上ずった声で話し始める。
「明日、ちょっと予定があって、自分の部屋で寝ようと思うからさ、今日は、寝る前くらいまでで・・・。」
一緒に書けるのは寝る前くらいまでってことか、久々に寂しくなるけど、予定があるなら仕方ない。
「わかった、アラームでもかけとく?」
「アラーム?なんで?」
「だって俺ら、アラーム掛けないと時間忘れるじゃん。」
「あ、そっか、ふつうに夜中過ぎそうだね。」
もういつものことだから忘れていた。と言わんばかりに笑っていた。
さて、光里と書いていた時間はあっという間に過ぎてしまった。夕飯は俺の部屋の残り物を食べることにしたけれど、本当にそれでよかったのかな?とも思う。まぁ、なんにせよ今は一人である。久々に一人でしかできないこと・・・と言っても思い浮かばない。
いつも通りにしばらく小説を書いてから寝ることにした。普段光里に使わせている布団を使うのはどうかとも思ったけれど、気にしすぎてもよくはないだろうと思う。
優しい声に呼び起こされる。
「ひろくん、ひろくん。」
聞きなれた声と呼び方、光里?もう朝だから来たのか、それとも何かあったのか?
後者の考えに至ったとき、上半身だけ上げることができた。
「何かあったのか。」
眠気の取れない、ぱっとしない声だったが、できるだけ気の入った声で聞いてみる。
「ちがうよ。ここは夢だもん、そして私はサキュバス。」
甘い、誘う言い方と声質。顔は少し赤く、表情は溶けている。
あらためて光里(の姿をしたサキュバス)の恰好を見ると、かなりきわどいレースのワンピースを着ている。ほぼほぼ下着では?
「ここは夢だから、何をしたっていいんですよ?」
こころが、誘われていると理解する。直感の方が正しいだろう。理性が、崩されていると警告を促す。
どこか夢見心地なふわふわとした感覚と、どこからか感じる甘いにおいは夢だからだろうか。
「ほら、どこまでも。」
そう言って俺の体にまたがってくる。
だんだんと、意識は覚醒しているので、状況は、理解できてくる・・・。
「どうしたの?寝ちゃった?」
少し考えて、決める。
またがって前のめりになっているため、谷間がかなり大胆に見えてしまいそうだが、そこは見ないでおいて、光里の背中に腕を回して抱きしめる。きっと、この反応でわかるはずだ。
次の瞬間、光里の耳が真っ赤に染まった。体の動きも若干あたふたし始め、そのあとすぐに落ち着く。腕を緩めて顔を見てみると、真っ赤な顔に涙目になっていた。
俺は布団から出て、かけていたものを光里に巻き付ける。そこから大きめの上着を前を完全に閉めてから電気をつける。
光里の顔は、暗闇で見た中より明らかに赤くなっていた。
「・・・どうしてこんなことを。」
そう聞きながら時計を確認する。正午を過ぎている。明日の予定とはこのことだったのだろうか。
「その、主人公にこういうイベント発生させたらどういう反応にさせればいいかわかんなくて・・・。」
「聞いてくれればいくつか答えられたと思うぞ?」
聞いてくれなかったことに若干不満を覚えたが、まぁ、仕方ないだろう。
「でもその、こういうシーンだから、相談するのも恥ずかしいし、え、エッチな子だとか思われたくなかったし・・・。」
じゃぁそれどこで買ったんだよ。とか、こんな事実行している時点で、とかは言わないでおこう。
「て、ていうか・・・」
光里が我慢ならない。といった様子で怒り始める。俺何か悪いことした?
「ひろくんがおかしいんだよ⁉大学生にもなって男女二人で同じ部屋にいるのに何にも起きないとか広くんついてるの⁉ほんとに男の子なの⁉ずっとシロちゃんにも言われてたけど、もう紳士じゃなくてただのヘタレだし!」
そこまで行って、ハッとした表情の後に光里は下を向く。
「ご、ごめん。だって、いつも何にもないんだもん。何をどうしても、広くんは私に手を出そうとしない・・・。私に魅力が無いからなんじゃないかなって・・・。」
正直、これまでもぎりぎりだったのは事実だし、さっきもぎりぎりだったし、今も隠しているだけなのだ。でも、その気持ちで、一時の気の迷いだったら、一時期の気持ちだった時に、離れてしまう未来を考えると、怖くて仕方がないのだ。
大学で初めて得た友人で、初めてできた相談相手で、初めてできた物書きの友達なのだ。性別が違うだけで、その関係が崩れるのが嫌で仕方なかった。離れたくないから。そばにいてほしいから。
きっと、全部が言い訳だ。どれも伝える言葉じゃないんだ。全部合わせて伝わる言葉は・・・。
「大切だから。」
少し続いた沈黙を切ったのは、意図せず出てきた自分の声だった。
光里も「え。」と声を漏らしている。でも、たぶん、止まらなかった。
「替えの利かない、ほかの誰かじゃダメだったから。」
だんだんと理性が働いてきて、恥ずかしいと思う反面、伝えなきゃいけないと感じる。
「たぶんさ、シロみたいにふわふわしてて、何の関係もないのに部屋に入り浸ってて、こんなに仲良くなってたら、光里の言っていたみたいになってたのかもしれない。だけどね。」
むしろ、シロと光里以外だったら、誰とでもそうなってたのかもしれない。
「だけど、好みが一緒で、小説を書いてて、互いにそれを相談できて、巣で言いあえて・・・。一緒に居て幸せを感じて、それを共有出来て・・・だから、」
言葉がまとまらない。否、まだどこか戸惑っているのだ。誰かを好きになったという、その事実に戸惑って受け止め切れていない。
でもそうだ、現実なんてそんなもんだ。人が死んでも生まれても、他人事なら現実味が無いし、受け止められない人だってたくさんいるはずだ。たぶん、受け止めてなくても、理解が出来て、現状だとわかるなら、言葉にするべきなんだ。
「自分の中で、大切にしたいと思うくらいに、好きなんだよ。」
言った。という感想と、言ってしまった。という感想が生まれる。ここで拒否されたら、もうどうしようもなかったと泣き寝入りするしかない。だから、願う返事が返ってくる期待をするしかできない。
「ひろくんはさ、恋愛小説ってあんまり読まなかった?」
唐突に、そう質問された。
「え、うん、そんなに多くは・・・。」
「そっか、」
どこか満足したような声で、うれしそうな顔に涙を浮かべて。
「そういう感情は、『好き』じゃなくて『大好き』っていうんだよ。」
奇麗だと思った。具体的に何かは分からないけれど、今、目の前に映るすべてが美しいものだと感じた。
互いに数秒見つめ合ってから、互いに真っ赤になってしまった。
「~~~!!」
光里が恥ずかしそうに布団をかぶる。足だけ出ていて、バタバタと暴れている。
俺も俺で、緩む頬を片手で必死に抑えるしかできない。
「あ、あのさ、その、せっかく思いを言い合ったわけだから、つ、付き合わない?」
たぶん、この機会を逃したら次の機械は遠い未来になってしまうだろう。なんとなく、そんな予感がする。
光里は布団に隠れたまま
「うん、その、これからも、よろしくね?」
と、不安そうな声で返してくれた。
正直、付き合うとはどういうことなのか。まったくわかっていなかった。なんなら意味の無い事とさえ思っていた。互いの思いを打ち明けて、付き合う。訳が分からなかった。
だけど、これで自分なりの回答を得られた。付き合うとは、互いの心を許し合う最初の一歩なんだろう。と。
「そ、それでさ、ひろくん。」
若干裏返った声の光里が、布団の中から声をかけてくる。そろそろ暑くないかな?
「その、こ、これの続き、する?」
裏返りながら震えてるので、さすがに手は出せないし。「大切だ。」と言った。まだ手は出せない。
「ううん、今は早すぎるんだと思う。だから、少し遠いかもしれないけど、またいつか・・・。」
「またいつか」は失言だった気がする。
「そう、分かった。」
若干落ち着いた、でも震えている声だけれど少し安心した。
「それじゃ、私の上着、取ってくれない?」
「上着?」
「さすがにあの恰好で廊下を歩いてきたりはしてないよ?」
暗闇でしか見ていなかったが、確かにあの恰好は廊下では・・・いや、部屋の中だとしてもよろしくない。
素早く上着を持ってきて、布団から出てきている手に乗せる。きれいに布団の中に吸い込まれて行って、布団が勢いよく吹き飛ぶ。・・・吹っ飛んだって言えばよかった?
出てきた光里の顔は真っ赤だけれど、もう羞恥なのか熱いだけなのかわからなかった。
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