暗闇に潜むもの

平中なごん

一 依頼

「――まあ、そんなわけなんで、ぜひとも先生のお力をお借りしたいと」


 フロントの前に設けれた、ちょっと昭和な香りのするレトロな応接セットの内の一つで、テーブルを挟んで座る恰幅のよいいスーツ姿の中年男性がそう言って僕に懇願する。


 ここは、都内某所にあるYホテル(※実名表記は差し控えます)。それなりの老舗で、建物は古いがけっこう大きなホテルだ。


 で、今、目の前にいるのがこのホテルのオーナーである。


「フゥ……先生のおウワサはかねがね聞き及んでおります。先生ならきっと解決してくださると信じています。ですから、どうか、どうかこれこの通り」


「ああ、頭をあげてください! わかりました! わかりましたから」


 一通り話終えるとテーブルに置かれたコップの水を一気に飲み干し、おでこが付く勢いで頭を下げるオーナーに、僕は手を前に出してその過剰な行為を制する。


 僕の名前は夜見真明よみさねあき。オーナーは先生と読んでいるが、まあ、なんというか、言ってみれば〝探偵〟みたいなものだ。


 でも、世間一般に言うところの探偵ともまた少し違う。


 僕が調査する対象は生きた人間ではなく、この世のものでない・・・・・・・・・者達なのだ。


 と言っても、いわゆる霊能者や祈祷師のように、霊を祓うとかそういうことをするんでもない。


 他人に説明するのはなんとも難しいところなんだが……とにかく、「謎を究明する」という点に関していえば、やっぱり〝探偵〟という職業名がしっくりくるような気がする。


 で、今回の依頼だが、困惑してる様子でオーナーの語ってくれた話を要約するとこうだ。


 遡ればもう創業当時からのことみたいだが、どうやらこのホテルには出る・・らしい……それも頻繁に。その上、何体も……。


 それでも、以前はまあ従業員の間や実際に見てしまった宿泊客、あとはその道のマニアの間で密かにウワサとなるくらいですんでいたのだが、昨今のSNSの普及が事態を一変させた。


 ネットリテラシーのない宿泊客がホテルの実名をあげて体験談を呟いたがために、霊現象の話は瞬く間に拡散。お客の足が遠退く結果となってしまったのだ。


 当然、経営状態はあれよあれよという間に悪化。今や、やって来るのはさらにマナーの悪い某チューバーぐらいのものである。


 ま、そんなわけで閑古鳥が鳴いているため、他にお客もいないガランとしたこのエントランスで、僕らはこうして外には知られたくない・・・・・・・・・・・ような話もできているわけなのだが。


「まず確認したいのは、以前、この建物で何か事件や事故があったりなんかしたことは……例えば、自殺とか?殺人事件とか?」


 眉を「ハ」の字にして訴えるオーナーに、とりあえずはそんな質問をぶつけてみる。


 最初に疑ったのは、やはり〝事故物件〟の可能性だ。だいたいの場合は、これが原因となっている。


「いいえ! そんなこと一度も! 嘘偽りじゃないですよ? 天に誓って事件も事故も一度たりとも起きたためしはありません! うちは安心安全、健全なホテルで昔からやってきてるんですから」


 だが、オーナーは即答で、やや興奮気味にそう答える。真っ直ぐに僕を見つめるその目や口調からして、どうやら嘘は吐いていない様子だ。


 まあ、複数体出るという話なので、そうなると何度も自殺や事件があったか、大量殺人でもない限り辻褄が合わなくなる……今回はそっち系じゃないってことか。


「それじゃあ、このホテルが建つ前、ここに何があったかわかりますか? お聞きした体験談からすると、病院だったことが疑われますが……」


 次に頭に浮かんだのはそんな可能性だ。このホテルが事故物件でなくとも、その前に何かあったことは充分考えられる。


 それに、見てしまった・・・・・・従業員や宿泊客の話によると、目撃したものは包帯でぐるぐる巻きにされた人間や片脚を無くして松葉杖を突いた者、看護婦のような白い服を着た女性などだったという……そこから思い浮かぶのは、やはり以前、この土地に病院か何かがあったという過去だろう。


「いや、ここが建つ前にあったのは小学校だったようですよ? 高度経済成長期くらいには校舎の老朽化や統廃合で他へ移ったそうで。その跡地が払い下げられたのを先代が買ってこのホテルを始めたんです」


 しかし、またもオーナーは僕の予想を裏切る答えを返してくる。


「小学校? それじゃあ、目撃談と合ってきませんねえ……学校の怪談って感じでもないし……」


 こうした事前の聞き込みでだいたい正体・・がわかるものなのだが、どうやら今回はそう簡単にはいかなそうだ。


「わかりました。とりあえず、まだ明るい・・・ですが見てみましょう」


 仕方ない。やはり百聞は一見に如かずだ。


 閑古鳥が鳴いているので営業の邪魔にはならないだろうし、僕はソファから腰をあげると、その目撃情報のあった箇所を回ってみることにした――。




「――ここもたまに目撃される三階の部屋です」


「そうですか……なんか、レトロ感あって落ち着きますね」


 案内してくれるオーナーに、その穏やかな昼下がりの空気が漂う畳敷きの部屋を見回しながら、僕はそう答える。


 障子をあければ、眺望の良い小さな窓辺の空間があって、これまた小さな机と椅子二脚のセット、あのタオルを干すための金属製品が置かれている……まさにホテルの部屋って感じだ。


 改修工事で綺麗になってはいるが、どこか昭和な香りの漂う鉄筋コンクリ五階建てのホテル……なるほど。高度経済成長期に建てたという話だったので、この名残り・・・はそのせいだろう。


 学校の跡地を使ったのならば、このホテルの大きさも頷ける。そうした歴史というものは、やはり記憶としてその土地や建物に残るものなのだ……彼ら・・と同じように。


「うーん……特に変わった所はありませんね。やっぱり明るいと・・・・ダメかあ……」


 だが、見た・・という部屋やその階の廊下、階段を回ってみたものの、そこにはなんの変哲もないホテルの風景が広がっているだけで、これといった新しい手がかりを得ることはできなかった。


 まあ、それは僕の体質・・・・に由来するものなんだろうけれども……。


 ただ、目撃談のあった場所は一階〜三階に集中しており、そこからはやはり、前にあったという小学校の建物の構造が連想される。


「てことは、やっぱりその小学校で何かあったってことなのかな? なんか、その学校時代に事件・事故があったなんて話は聞いたことありませんか?」


「さあ? 私の記憶では……」


 その可能性をオーナーにぶつけてみたが、その答えは今度も解決に繋がるようなものではない。


 ま、これぐらいで手がかりが掴めないのは想定の内だ。そもそもこれは下見の意味で回ってみたようなものであって、本番はまた日が沈んで暗くなってから・・・・・・・である。


「いずれにしろ、昼間じゃ見ても無駄か……だいたい場所はわかりました。また夜になったら・・・・・・見てみましょう」


 不安そうな顔のオーナーにそう告げると、僕はその本番が行えるようになる日没の時を待つことにした――。

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