第24話 連載決定

 太田は黒海社の廊下でスマートフォンを耳に当てていた。左側に面したガラス窓からは西日が差し、太田の頬を茜色に染めている。太田は僅かに胸が高鳴り、それを押さえるために左手で軽く心臓のある部分を押さえていた。数分待つと、先ほど会議が終わった後、紺色のハンカチでさっと拭った画面から、奈帆斗の声が聞こえてきた。


「太田?」


 聴き慣れたその温かく空気に漂うような声に、太田はいつの間にかほっとしていた。そしてゆるゆると唇を揺らすと、次第に顔が綻び笑顔になる。先ほどいかに会議の最中緊張していたかを、自分でもわかっていなかったのだ。


「河谷」


 太田はゆっくりと奈帆斗の名前を呼んだ。そして親指一つ分の唾をこくりと一つ飲みくだし、首を逸らす。顔の影になっていた喉仏が陽に当たり、金色に染められる。鼻から息を吸うと、一気に声として吐き出した。


「喜べ。連載決まったで! 来月から!」


 奈帆斗はいつも通り夏子の家で、アシスタントの仕事を手伝っていた。太田の電話を頬と肩に挟み、原稿の最終の仕上げ、スクリーントーンを貼る仕事をしていたが、太田からの電話で手を止めて立ち上がる。反動で貼られていないスクリーントーンが舞い上がりそうになったが、気付いて手でそっと止めた。


「ほ、ほんまか!」


「ほんまや! ほんま! 一緒に頑張ろうな! 大ヒットさせるど!」


 太田の声が拳となって奈帆斗の胸を打つ。

 奈帆斗はスマホを握りしめて飛び上がった。


「よっしゃー!! 少女漫画を、俺は描く!!」


 奈帆斗の椅子が後ろにガタンと落ちる。彼の大声とその椅子の倒れた音で、周囲のアシスタント仲間たちは、自分の担当している原稿から目を離し、奈帆斗を見る。皆、驚いて目を丸くしていた。

 立ち上がり、ベランダの窓に目を向けて白いマグカップにブラックコーヒーを入れて飲んでいた夏子も、きっと奈帆斗に視線を向ける。


「河谷くん、静かに! 嬉しいのわかるけど、もうちょい小さな声で喋り!」


「は、はい…」


 奈帆斗は慌てて椅子を元に戻し、席についた。体を軽く曲げ、スマートフォンに耳を近づけこじんまりとする。しかし、顔はにやけたままであった。

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