【短編】俺の嫌いな金髪陽キャのギャルと真冬の体育倉庫に閉じ込められたら、なぜか知らないけどラブコメになった。

じゃけのそん

第1話

 影の住人の俺には嫌いな奴らがいる。

 自分を主役だと勘違いして、好き放題バカ騒ぎする頭の悪い連中。いわゆる陽キャだ。


 体育祭とか文化祭とか、何かのイベント事の時もそうだが、普段の学校生活でも、そういう奴らがいるせいで、俺みたいな陰キャは、生き辛いったらありゃしない。


 席替えで運良く一番後ろの席を取れても、「席交換して〜!」って言われて、次の日には結局一番前の席になってるし、昼休みちょっと席をはずすと、知らぬ間に俺の机が陽キャたちの宴会場の一部にされている。


 一言文句を言えば解決なんだろうが、陰キャである俺にそんな資格も権力も度胸もない。


 俺たちみたいな日陰者は、なるべくあいつらの気に障らないように、攻撃の対象とならないように、静かに息をひそめるしか選択肢がない生き物なのだ。







 急になんでこんな話をしたかって?

 それは今の状況が、俺にとって最悪のシュチュエーションだからだ。







「はぁ……マジ最悪。ホントありえないんですけど」


 俺の前には、体育座りで小さく丸まっている一人の女子。

 こいつは同じクラスの木村レオナという奴だ。


 髪は金髪で耳にはピアス、見るからにギャルだとわかるその外見通り、うちのクラスでは他の陽キャたちと一緒になって、毎日ウェイウェイ言っている呑気な奴だ。


 そんな木村と俺は、訳あって真冬の体育倉庫にいる。


 早いとここいつと二人きりの現状を打破したいところなのだが、あいにく俺たちは、ここから脱出する術を、ついさっき失ったところだった。


「つーかなんでウチがこんな目に合わないといかんし。マジ意味わかんない」


 さっきから木村は、グチグチとありとあらゆる文句を垂れている。寒いし辛いし、その気持ちはわからんでもないが、それを永遠と聞かされている俺の立場にもなってほしいものだ。


「戸口? だっけ。あんたさ、早く助け呼んで来てよ」


 同じクラスの奴の名前くらいスッと出せ。


「無理だよ。鍵閉められたし」


「そんなの得意のオタク知識で何とかなるっしょ」


 おいおい、オタクをなんだと思ってる。

 流石にこの状況を打破できるほど、その力は万能じゃないぞ。


 そもそも俺は陰キャなだけであってオタクではないからな。


「どうやっても無理だよ。誰かに外側から開けてもらわないと」


「はぁ……使えない。こういう時くらい役に立ちなさいよ」


 それは俺に言っているのか。

 それとも陰キャ全員に向けて言っているのか。


 わからないが、木村のその発言には、流石の俺もイラっとした。


「も、元はと言えば、お前が扉を閉めたからだろ。まだ中に人がいることを知らせようと思って、わざと少し開けといたのに」


「寒かったから仕方ないじゃん。それとも何? こうなったのは全部ウチのせいだって言いたい訳?」


「そ、そこまでは言ってないけど」


「そもそもあんたがチンタラ片付けてるから、ウチが手伝ってあげたんでしょ? そのせいでこんなことになってんだから、責任とりなさいよ」


「責任も何も、俺と木村が今日の体育当番じゃないか。最後にカラーコーン一つ持って来たくらいで、よくそんな大口が叩けるな」


 凄まじいまでの口論だった。

 まさか陰キャの俺が、陽キャ相手にここまで楯突くなんて。きっとこの凍えるような寒さと、理不尽な木村の言い分で、俺の心も平静さを保てなくなってるんだろう。


「もういい。あんたとは一生口聞かないから」


「こっちだって願い下げだ」


 やがて、俺たちは揃って口を詰むんだ。









 にしても寒い。

 ついさっきまでは、体育の余熱でなんとか我慢できていたが、汗が冷えてしまったせいか、まるで北極にでも置き去りにされた気分だった。


(まあ、北極なんて行ったことないけど)


 木村を見れば、さっきよりも更に小さく丸まっている。男の俺でこれだけ寒いのだから、女の木村は相当辛いだろうな。


「マジ寒い。無理」


 そう呟いたかと思えば、木村はおもむろに立ち上がる。そして何を思ったのか、俺が座っている倉庫の隅に、とぼとぼと近づいて来たのだ。


「邪魔」


「お、おう」


 シッシッ、っと手で合図され、俺は慌てて腰掛けていた場所を退く。


「何やってんだよ」


「話しかけないで」


「んん……」


 別に何やってるかぐらい教えてくれればいいのに。


 でも怖いので、言われた通り、ゴソゴソと手を動かす木村を黙って側から眺めた。


「ちょっと、あんたも手伝いなさいよ」


「今話しかけんなって……」


「いいから」


 黙れと言ったり手伝えと言ったり、こいつは随分と忙しないやつだ。


「で、何すればいい」


「奥にあるマット、ウチが途中まで引っ張るから、あとはあんたが引っ張って」


「マット?」


「そう。無いよりはマシでしょ?」


 何をゴソゴソしてたのかと思えば。


 なるほど。

 寒さをしのぐために体育マットを使うのか。

 確かにあれだけ分厚ければ、多少は役に立ちそうだな。


「ギャルなのに案外頭回るのな」


「あ? バカにしてんの?」


 俺がパッと頭に浮かんだ言葉をそのまま吐き出すと。マットに向いていたはずの木村の首がグインと振り向いて、鋭い目で俺を睨んだ。


「今のはバカにしてました。すみません」


「はぁ……ホントうざい。ごちゃごちゃ言ってないで手伝えし」


 いくらギャルで頭悪そうとはいえ、流石に今のは俺が悪い。


 いつぶん殴られるかわからない恐怖から、俺は額に冷や汗を浮かべつつ、木村に言われた通り、マットを運ぶ中継役に入った。







 ボールカゴの更に奥にあるマットを取るため、身を乗り出して手を伸ばす木村。その後ろで待機していた俺の視界に、陰キャには刺激の強いとある物体が。


「あの……木村さん」


「何⁉︎ ちょっと今話しかけないで!」


「あ、はい」


 運動着越しでもわかる、くっきりとした見事な三角形。そして今にもズボンが張り裂けそうなほどパッツパツのおケツ。


「えーっと……まだですかね」


「もうちょっとだって! 少しは黙って待てないの?」


 黙って待つのは一向に構わない。むしろありがたいのだが……これ以上このプリティなおケツを視界に入れておくのはまずい気がする。


 なんせ俺はお色気耐性がない上に、親父譲りの生粋の尻フェチなのだから。


「お、俺が代わりにやろうか?」


「いいから! あんたはそこで待ってて!」


 ギャルのお尻という、これまたマニアックなブツに当てられながら、俺はなんとか荒ぶる理性を保ち続ける。


 これ以上はまずい。早くしてくれ。


 心でそう唱えながらも、決して目は閉じることなく、木村からマットを引き継ぐその時を今か今かと待ちわびた。








「木村っ! 危ないっ!」


「えっ……」


 油断していたその時だった。

 すぐ横に立てかけられていた鉄のポールが、突然木村目掛けて倒れて来たのだ。


 これはやばい。


 反射的にそう思った俺は、無防備な木村を覆うように自らの身体を覆い被せた。







 ドスッ、っと鈍い音が鳴る。

 それと同時に俺の背中には、肘打ちのような重い痛みが走った。


「大丈夫か⁉︎」


「う、うん、ウチは平気だけど」


 どうやら木村には当たらなかったらしい。あのままだと頭に直撃してただろうから、怪我がなくて本当によかった。


「てか、いつまでくっついてるし。早く離れてよ」


「お、おう。わるい」


「ったく」


 思わず抱きつくような真似をしてしまった。木村を守るためとはいえ、俺にしては少し出しゃばり過ぎだったか?


「はい、マット」


「あ、ああ」


 何やら不満そうな顔の木村からマットを受け取り、それを力一杯、倉庫の空きスペースへと引っ張り出す。


「別に助けてもらわなくても平気だったし」


「そ、そうですか」


 口を尖らせているあたり、おそらく機嫌を損ねてしまったのだろう。確かに自力で避けられたかもしれないが、それでも助けようとしたんだから、そんな怒らなくてもいいだろうに。


「ふぅ……これでよしっ」


 俺がマットを言われた場所に置くと、ボールカゴに前のめりになっていた木村は、役目を終えて地に足をついた。


「でも助かった。ありがと」


「お、おう」


 すれ違いざま、そう呟いた木村に俺は目を見開く。


 まさか木村からお礼を言われるなんて。

 陽キャとはいえ、案外こいつはいい奴なのかもしれない。





「てか木村」


「え、何」


「俺の分のマットは?」


「そんなの知らない。自分で取って」


「…………」


 やっぱりこいつは嫌いだ。









 ここに閉じ込められてからどれくらい経っただろうか。


 体育マットに身を包み、助けを待っていた俺たちだったが、それでも体力の限界は着々と近づいて来ていた。


「おい木村、大丈夫かよ」


「うっさい……これくらい平気だし」


「それにしてはずっと震えてるみたいだけど」


 カッパ巻きのようにマットに包まり、頭だけひょこっと出している木村の唇は、先ほどからずっと小刻みに震えていた。


「寒くてもこれ以上どうしようもないでしょ?」


「それはそうだが……」


「なら余計なことにエネルギー使わせないで」


 俺と話すのは余計ですか。そうですか。


「それにあんただって寒いんじゃないの?」


「それはまあ……結構キテはいるけど」


「なら人の心配よりも自分の心配したらどうなの?」


 確かにこの状況で人の心配とはちとお人好し過ぎた。なんせ同じ状況なわけだし、男女関係なく俺だって辛い。


 にしても木村の口から、そんな思いやりのある言葉が出るとは。もっと極悪非道で、「お前のマットもよこせ!」とか言う奴かと思ってたけど。


(とはいえ寒そうだな)


 強がってる割に木村の震えは止まらない。

 放っておいてもいいが、こればかりは流石に心配だった。


「仕方ねぇ」


 誰に頼まれたわけでもないが、俺は纏っていたマットを一度退けた。そして上に着ていた長袖の運動着を脱いでは。


「ほら」


「何」


「何って運動着。寒いならこれ着ていいぞ」


「は、はっ⁉︎ だから寒くないってばっ!」


「そんな事言って、実はお前、結構限界近いだろ」


 さっきよりもだいぶ顔色が悪い。

 このままだと木村は、助けが来る前に氷漬けになっちまう。


「強がってないで着ろって」


「べ、別に強がってないし。それにウチに上着貸したら今度はあんたが寒いじゃん」


「俺はいいよ、半袖でも。それよりも寒がってるお前を見てるとこっちまで寒くなる」


 まあ、これは半分方便だが。

 寒いとはいえ、中学で陸上部だった俺からしたら、こんな寒さ慣れっこだった。


「俺の上着だから嫌とか、そういう文句は受け付けないからな」


「わ、わかったわよ。着ればいいんでしょ?」


 俺が少し強めに押すと、カッパ巻き状態だった木村は、水族館のチンアナゴのようにニョキニョキっとマットから身体を出した。


「ほれ」


「あ、ありがと」


 そして少し照れ臭そうにしながらも、俺の上着を着てくれた。








「ごめん」


「えっ?」


 それからまたしばらくしてのこと。

 沈黙が続いていた中で、木村はポツリとそう言った。


「ウチが扉閉めたからこんなことになって……」


「なんだよ。さっきはあんだけお前のせいだって言ってたのに」


「うっさい。あん時はちょっとパニクってて……でもよく考えたら、戸口の言う通りちょっとだけ仕事サボったし、寒いと思って勝手にドア閉めたし、色々と悪かったかなって……」


 意外だった。木村みたいなタイプの人間は窮地に立たされれば立たされるほど、内にある汚い部分が浮き彫りになるんだろうって、そう思ってたけど。


「だからごめん」


「今更いいって」


「でも……このままだと戸口まで……」


 木村は泣いていた。

 それは多分、自分を労っての涙じゃない。

 こんな状況に巻きこんでしまった、俺を想っての涙。


「ホントはこんなつもりじゃなかったのに……何で私扉閉めちゃったんだろ……」


 なんて言葉をかけていいものやら。

 女の子の泣いている姿など、韓国ドラマ観てる母ちゃんくらいしか見たことがない。そんな俺にとっては、何とも解決し難い状況だった。


 男気のある奴なら、ここで一言慰めの言葉でも言って、女の子のハートをバッチリとゲットするのだろう。しかしながら俺みたいな陰キャには、それができるだけのポテンシャルがなかった。


 とはいえ——。


「お前のせいってわけじゃないよ」


「えっ……?」


 俺とて黙ってるわけにもいかない。


「そもそも俺の片付けが遅かったのは事実だし、多分お前が扉を閉めなくても、俺が閉めてたと思う」


 そうだ。

 こうなったのは木村だけのせいじゃない。


「それに木村、俺が体育用具を片付けてる間に、グラウンドの整備してくれてたんだろ?」


 カラーコーンを片手に倉庫へと入って来た木村は、もう片方の手にトンボを抱えていた。


 どうせ遊びか何かに使ったんだろうと思って気にしなかったが、今思えばあれは、使用したグラウンドの整備をしてくれていたんじゃないか?


「さっきは何もしてないみたいに言ったけど、俺の勘違いだった、すまん。こうなったのも、俺の不注意のせいでもあるし、間違ってもお前だけのせいってわけじゃないから」


「戸口……」


 陽キャ陽キャと嫌っていた木村は、俺が思うほど嫌な奴じゃないのかもしれない。


 最初は少し喧嘩みたいにはなったけど、結局こいつは俺の分のマットを取る時も手を貸してくれたし、こうして自分の非を認めて、自ら頭も下げてくれた。


 木村みたいなタイプの人間の全てを認めるわけじゃないが、少なくともこいつは、俺が嫌っている自己中で、バカ丸出しで、ウェイ! しか言えない単細胞とは違う。


 きっと木村は、人並みに誰かを思いやれる良い奴なのだ。


「こんな状況で何だけど、もうちょっと頑張ろう。もし辛かったらズボンとか貸すからさ」


「うん、わかった」


 涙を拭いた木村は笑った。


 不意に見せたその笑顔に、俺の顔から謎の熱を感じて。ポカポカと高揚するその頬に、俺はゆっくりと両手を触れた。









「木村! 戸口! 大丈夫か!」


 やがて俺たちは、体育担当の先生に無事に発見され事なきを得た。


 どうやら木村がいないことを不審に思ったクラスの誰かが、心配に思ってすぐに先生に報告してくれたらしい。


 捜索している間、木村に加えて俺がいないことも発覚し、事態は騒然としたのだとか。


 こんな時もすぐに名前が出ないなんて、やっぱり俺は存在感が薄いらしいな。








 その後、俺はなぜか木村と仲良くなり、いつも彼女とつるんでいる陽キャの連中とも、昼飯を一緒に食べるような仲になったのだった。

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