第552話 【神磔】

 明日にでもすぐに家族を連れてくるというニローさんの仮住まいは、ノアさんの仕事場兼自宅にもなっているアパートの一室でいいとして。


『暗部』と名付けた如何にも怪しい諜報担当部署は、今後ベザートのどこに拠点を置こうか。


 空をフラフラと飛び、どうしようか悩みながら森を開拓していく。



『精霊よ、切り倒せ』



 最近の開拓作業は簡単だ。


 森の中で【精霊魔法】を連発するだけで、相当開けた土地が出来上がる。


 まずは余裕をもって、森のど真ん中に降り立ったら風の精霊に木を切ってもらい。



『精霊よ、吹き飛ばせ』



 切った木は町の方向に軽く吹き飛ばし、あとで回収しやすいようにざっくりと纏めておく。



『精霊よ、均せ』



 そして切り株だらけの大地を何度かモコモコと均していくと、大きい石や根っこの千切れた切り株が地表に浮かび上がってくるので、また吹き飛ばせるモノを吹き飛ばしておけば完成だ。


 あとはヤーゴフさんかダンゲ町長に伝えておけば、仕事を求めている人達がその素材を町に運び、また別の誰かが何かに役立ててくれる。


 資材の回収から整地まで全て一人でこなしていた昔と違い、今はこれくらいまでやっておけば十分だろう。


 と、そんなことを考えながらモコモコさせていると、背後から俺を呼ぶ声が聞こえてくる。



「ロキ王様~! ここでしたかー!」


「あ、結構時間掛かりましたね」



 その声と姿はニローさんで、腹を揺らしながら、それでもかなりの速度でこちらに向かってきていた。


 どうやら教会でのスキルレベル上げが終わったらしい。



「西に行ったり南に行ったり! ロキ王様がすぐに移動してしまうから、追いかけるのが大変だったのです!」


「あ、はは……すみません。ついでに養成機関と畜産業が行なえる土地も拓いていたもので。それよりどうでした?」



 ちょっと怒られてしまったため、話を無理やり逸らすように問うと、ニローさんは息を切らしながらもニヤリと笑みを浮かべて頷く。



「予定通り、まずは各スキルのレベルを推奨値まで上げきってから<異端審問官(インクイジター)>に就きました。職業補正も込みでの主要スキルはこのように」


「……おお、だいぶ良い感じじゃないですか!」



 黒曜板を書き写したのだろう。


 わざわざ一覧にしてくれたスキル内容を確認すると、あまり敵には回したくない諜報のエキスパートが爆誕していた。



「【心眼】レベル10、【隠蔽】レベル10、【気配察知】レベル9、【忍び足】レベル8、【聞き耳】レベル8……おっ、【広域探査】も取れたんですね」


「ええ、ロキ王様に教えていただいた前提条件の【探査】レベル10も、職業補正在りきではありますがもっていけましたのでな。頭の中に響いた【転換】というスキルも、最後にレベル4までは取得できましたし……まさか私が、到達したら後世に名を遺すとまで言わる天級――スキルレベル10を、しかも複数到達させてしまうとは……あの"地獄"でいろいろなモノを失ってでも耐えた甲斐があったというものです」



 そう言ってどこか遠くへ視線を向けるニローさん。


 今までと違い、いきなりパワレベ会場が城内のSランク狩場だったので、ニローさんは腰が抜かしたまま失禁したり、泡を吹いて気絶したり。


 それにまだ少しは残っていた両サイドの髪の毛も、片方が燃えてチリチリになっていたので、終わった頃には生きた屍のようになっていた。


 自分の汚れたパンツを握り、下半身丸出しのまま虚無の瞳をこちらに向ける姿は俺がチビリそうだったくらいだ。


 しかし、代償と引き換えに得られた結果は、俺の目から見ても正直エグい。


 <異端審問官(インクイジター)>はパッと見た感じだと、『探す』とか『見つけ出す』という行為に特化しているようで、繋がりのあるスキルはかなり幅広い範囲でスキルレベル+2の上昇補正が付いており、その影響は索敵や様々な覗く行為だけに留まらず、【夜目】や【遠視】などの視覚系、それに俺は未だ活用したことがない【罠生成】や【罠解除】といった罠系にまで及んでいた。


 その分【剣術】や【身体強化】、それに魔法系統など、直接的な攻撃に繋がるようなスキルの上昇は見られないようだが……


 まぁ当初の狙いが人材の育成と現場の指揮監督なので、こちらが期待していた通りの結果になったと言える。


 それに――



「【神磔】……これが<異端審問官インクイジター>の固有スキルですか」



 まだうちで抱えている源書にも情報が載っていない、過去に一度も見かけたことのないスキル。


 さらにオマケで、この謎スキルもついてくる。



「【転換】の時と同じように、職業を選択したら頭にそのスキルが響きましてな。とりあえず1だけ取得しておきました」


「なるほど、もう試してみました?」


「まさか、効果も分からないようなものを無暗やたらと発動したりはできません」


「ん~……じゃあついでに、ここで試しちゃいましょうか」



 一度飛び、ニローさんの目の前に連れてきたのは1匹のゴブリン。


 さて、どのような効果が生まれるのか。



「【神磔】」



 少し距離を取って眺めていると、ニローさんがスキル名を唱えてすぐ、浮き輪のような、何本もの光の輪がゴブリンの周囲に発生し、縮みながら締め上げるように身体を拘束していく。



「「……」」



 10秒、20秒……


 その輪は消えることなく、ゴブリンはギィギィ喚くも、身体を僅かに身動ぎさせる程度。


 倒れたまま起き上がることができず、だがダメージを負っている様子もなく――時間にすれば1分程度だろうか。


 不意に拘束していた光の輪が消え、ゴブリンは何事もなかったように牙を剥いて立ち上がった。



「拘束系で持続時間は1分程度。対象へのダメージはゴブリンでもピンピンしてるくらいですから、見る限り何もなさそうですよね」


「ですな。職業の特性を考えれば、捕縛専用スキルといったところでしょうか?」


「んーそうなんでしょうけど……今度は僕を対象に、ゴブリンと纏めてやる感じで撃ってもらえません?」


「え? よろしいのですか?」



 まだ一度しか発動していない未知のスキルだ。


 不安げな表情をニローさんは浮かべているが、食らわなきゃ分からない要素はまだいくつもあるわけで。


 まだレベル1だし、即死じゃなければ大概はヤバい効果であっても時間が解決してくれるだろう。



「遠慮せずやっちゃってください」


「で、では……【神磔】」



 すると、予定通り俺の周囲に浮かび上がる光の輪。


 しかしゴブリンには発生せず、急激に締まり拘束される俺を睨みながら、その汚い爪を立てようとしていた。



「う、おっ……ニローさん、ゴブリンを巻き込むような感じで撃ちました?」


「ええ、ただロキ王様だけに……」


「となると、少なくとも現状のスキルレベルでは単体効果ですね。んーで、ん、んんん!? ンギギギぎぎぎぎぃっ!!」



 力任せに外そうとしても叶わず。


 ならばと【身体強化】と【闘気術】を発動しようとして、ここでふと気付く。



「おおっ!? これ! スキルも発動できないんですけどぉー!?」



 ぴょんぴょんと。


 強引に跳ねてみるとそこそこは飛べるので、たぶん身体能力――というよりステータスは落ちていない。


 しかし【飛行】もできないのだ。


 マジでスキルが発動できず、焦ったところで足を滑らす。



「いでっ」



 そして地面に転がったら最後。


 もがもがと足掻くも手足が拘束されているため立ち上がることすらできず、そんな俺を見ながら先ほどのゴブリンが舌舐めずりして噛みついてくる。


 まぁ皮膚を撫でられているような感覚しかないけど……



『火』



 やっぱり、魔法もダメ。


 諦めて念のために転移を試みるも、案の定発動することなく1分ほどで俺を締め上げていた光輪が解除された。



「これ、ヤバいですよ!」



 となれば、開口一番こんな言葉を叫びたくもなる。


 スキルは何も発動できず、武器などまったく振れず、走って逃げるどころかまともに歩くことすらできないのだ。


 食らったからと言って、ただちに俺が死ぬようなことはないだろうけど……


 拘束されている1分間で何をされるのか。


 幸いとも言える拘束時間の短さだって、スキルレベルが上昇すれば延びる可能性もあるわけだし、こんなスキルを所持する相手など敵に回したくないというのが本音である。



「ま、まさか、スキル無効化の能力まであるとは……」


「似たようなスキルは僕も所持しているんですが、これは明らかに上位互換……というより、比じゃないほど強力過ぎる気がします。その分、何かしらの致命的な欠点を抱えている可能性もあるので、いざという時のために検証できる部分は検証しておきましょうか。必要があれば、魔力は僕が回復させますから」



 耐性、射程、魔力消費量、使用回数……


 今まで得られたスキルのことを考えると、欠点になり得そうな候補はいくつも挙がる。


 そのうち何かが該当してくれているのか。


 いくら扱える者の数が少ないとは言え、敵に連発された時の、この抗いようの無さを考えれば何かは絶対にあるだろうと思いながら、より細かい【神磔】の仕様判定が始まった。

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