第551話 異端審問官

 諜報員というのは誰にでも務まる仕事ではない。


 自然とそう思えてしまうほど、初めて見るニローさんの所持スキルは幅が広かった。


 となると、ここから尖らせるか、それとも万遍なく伸ばすべきか。


 それも候補に挙がる職業次第かと、神官のトレイルさんが読み上げていく職を黙々と書き写していく。



「ど、どうですかな……?」



 大幅にレベルやステータスが上がったことで、聞いたことのない職業がいくつも出てきたためだろう。


 不安げな表情を浮かべるニローさんに対して、俺は職業一覧の本と見比べながら答える。



「んー……なかなか良いと思いますよ。上級職の<執行人エクスキューショナー>がありましたし、この<異端審問官インクイジター>っていうのはちょっと怪しい感じもしますけど、特能級に該当する職業みたいですしね」



 そう告げると、本人よりも先にトレイルさんが驚きの表情を浮かべながら口を開いた。



「先ほどは神託中のため口を挟みませんでしたが、<異端審問官インクイジター>は相当希少な職ですよ? 神に仕える"五神職"の1つであり、教皇様の直下に極少数名しか存在していないとされています。まさかファンメル教皇国から遠く離れたこの地で適任者をお目にかかれるとは……」


「「え?」」



 俺とニローさんの驚く声が重なる。


 小さなベザートの町にもいたくらいだ。


 神官はそこそこの人数がいると分かっていたけど、同じ特能級でも<異端審問官インクイジター>というのはそんなに希少職なのか……


 それに五神職とはなんだ?


 今までの異世界人生で聞いたことのない言葉に俄然興味が湧いてしまう。



「その、五神職というのは?」


「神に仕える仕事の中でも、特殊なスキルを賜るとされる5つの職業のことですよ。【神託】を授かる<神官>から始まり、<祭司><異端審問官><大判官>、そして『六道神教』の象徴とも言える<聖女>と、この五職を聖職者達は五神職と呼んでいるわけです」


「お、おぉ~なるほど。<聖女>は【神通】だとして――あったあった、<祭司>は【神儀】ってやつか。でも<異端審問官>と<大判官>はスキルが載ってないですね」



 俺が五神職と言われてもピンとこなかった理由がコレだ。


 職業一覧の本にはそれぞれの職が載っているけれど、スキルまで載っているモノ、載っていないモノとがあって、同じ聖職者としての繋がりがあるとも思っていなかった。


 "改正版"とはいえ、まだまだ情報の精度が甘い。


 手に取る本を見て、思わずそう感じてしまったわけだが。



「先にもお伝えしました通り、<異端審問官インクイジター>と、それに<大判官ジャスティシア>もなれる者は非常に少ないですし、何よりその2職はファンメル教皇国も情報を表に出すことがありません。私もどのようなスキルを賜るのか知らないのですから、世に情報が出回っていないのも当然のことだと思いますよ」



 トレイルさんからこのように言われてしまうと、ニローさんを見つめる視線にも熱が籠ってしまう。


 おいおいおい、あんたすげーよニローさん!



「こ、これはなれと、目が訴えかけているような……」


「いえいえ、そうは言ってません。ただ<執行人>は【暗器術】の補正なんて書かれていますし、どちらかというとダメージディーラー……直接動いて敵とやり合うような職だと思うんです。できればそういった部分は育てた部下に任せて、現場の指揮監督を僕としてはお願いしたいわけなんですけど、はどう思いますか?」



 そう告げると、禿げたおっさんの頭と瞳がギラリと光る。



「ふ、ふふ……そう言われてしまっては敵いませんな。だったらなりましょう! その<異端審問官>とやらに!」


「まぁそう気合を入れなくても、気に入らなければすぐに職は変えられますしね。あ、ただ一つ、確認を」


「はい?」


「どのような基準でなれる職業の候補が決まるのかは分かりませんけど……例えばニローさんは亜人が嫌いとか、そんな感情があったりします?」



 なんせ日本にいた頃の知識だと、ちょっと怖いというか、過激な印象しかない異端審問官だ。


 もし『六道神教』――教会と距離を置き、もしくは金銭的な事情から置かざるを得なくなり、自らの祖先を敬っているような亜人達に嫌悪感を抱いていたりすると少々マズい。


 個人の好き嫌い程度なら自由だけど、それを公に持ち出され、この国の亜人達を排除でもしようものなら、俺がニローさんを強制排除しなくてはならなくなってしまう。


 そんな不安が頭を過ったが、当のニローさんはあっけらかんとしていた。



「いえ、まったくですな」


「あ、そうっすか」


「今まではただ接点がなかったというだけで、好きや嫌いといった感情も持ち合わせておりませんでしたが……今となっては逆に好ましく思っているくらいです。優れた力と体力でマルタの復興に誰よりも尽力してくれていたのは、ヴァルツ領から出稼ぎに来ている獣人の方達ですからな」



 そう言って人の良さそうな笑みを浮かべるニローさんを見て、これなら大丈夫かとホッと胸を撫で下ろす。


 が、どうやら続く言葉があったらしく……



「ただ――」


「ん?」


「我が祖国と、そしてロキ王様が治めるアースガルド王国を脅かす存在は、誰であろうと決して許しはしません」



 その言葉と、目だけは冷めきった笑顔を見て、ああ、ニローさんってこんな一面もあるんだと。


 俺は頼もしさの中に、ほんの僅かな恐怖も覚えてしまった。

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