16章 孤高奮激
第519話 賢者
新たな行先は自分の中で決定している。
しかしやることも多く、まずは何から片付けていこうか。
そう考えた時、俺の足は自然と一番喜びそうな人のところへ向かっていた。
「やっほ~って、今日はケイラちゃんもここにいたんだ」
「あっ、ロキさんこんにちは~」
「……」
「リコさん、ロキさんが来たよ」
「おふっ、ぇあ!? いつの間に!?」
リコさんは相変わらずだな。
ご飯を食べたりしている時は普通なのに、本を触っている時だけはよほど集中しているのか、周りの動きに気付かないことも多い。
今もケイラちゃんに脇腹を突かれて、ようやく覚醒したように顔を上げた。
ツンツンするための棒まで用意されているのだから、もう完全に常習犯である。
「ふふふ……今日はリコさんにとっておきのプレゼントがありまして!」
「そ、その口ぶり……さては新しい本ですね! しかもとっておきとなると、相当希少な本を手に入れられたのでは……?」
俺の表情を見て何かを悟ったのか、期待に目を輝かせながら答えるリコさん。
うーん。
欲しい物があれば好きに資材倉庫から持っていっていいとはいえ、店の一つすらない拠点生活。
こう問えば、日常生活の中で望んでいる物を引き出せるかなって思ったけど、やっぱりこの人はどこまでいっても本しか頭にないらしい。
「正解、リコさんなら分かると思うけど、クルシーズ高等貴族院に行ってきてさ」
「え? ま、まさか……あそこに収められている秘蔵の書物を得られたとか!?」
「そうそう。全部持ってきたから、まずは整理を手伝ってよ。ケイラちゃんもね」
「ふぁ……?」
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
棚をいくつも増設し、まずは今回預かってきたレンタル書物を机の上に取り出していく。
ややこしいけど最初が肝心。
預かり物の中にも既にうちが所有している本はあるわけで、どの本を複製すべきなのか。
その割り出しを行うために、先ほどから鼻息の荒いリコさんが積み上げられた本の表表紙を確認しつつ、選別とリスト作成に没頭していた。
俺が学院で複製していた分も含め、今うちにある700冊ほどの本は、タイトルだけなら全て頭の中に入っているらしく、見ただけで重複かどうかすぐに分かるらしい。
「凄い……見たこともない本が、こんなに……はぁ……はぁ……凄過ぎて……あぁ、そんな……ロマンドの続編まで……あ、 『実用された騎乗生物』はもううちにありますね」
「あ、はい」
「はぁ……こんな、そそられる名前ばかり……はぁ……あはぁ……ちょっともう、我慢なんてできないんですけど……チラ見したい……」
「「……」」
ただ本の整理をしているだけなのに、なぜかケイラちゃんの教育に悪いような気がしてきたが。
とりあえず未所持のレンタル本は俺がどんどん本棚に並べていき、ケイラちゃんは念のためリコさんの重複判定に間違いがないか、うちの在庫リストと照らし合わせながら確認。
問題ないようであれば、重複本は秘蔵院へ早めに返却するため、俺が次々と収納していく。
そんな流れ作業を続けて30分ほど。
選別作業も中盤に差し掛かったところで、常に聞こえていた荒い吐息が「うっ!」という天に召されたような呻きに変わり、そのまま静かになる。
え、死んだの!?
それともまさか、こんな所で賢者モードに……
ビックリして思わずリコさんに視線を向けると、そのリコさんもなぜか泣きそうな顔してこちらを見つめていた。
「……?」
「うぅ……読めません……」
「え?」
「読めない文字が出てきちゃいました……」
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
何枚もの木板に分けて書かれた複写のリスト。
それらを机に上に重ねながら、ようやく作業が終わったことにホッと息を吐く。
「ふぅ~お疲れ様。そっちは全部で何枚だった?」
「こっちは32枚でした。ということは、ロキさんの方と合わせると、えーと……全部で、2600冊くらい……?」
「おっ、正解! 本だけだとそのくらい、追加の源書や金板書なんかも含めたら2700冊弱ってところか」
「やった~!」
「だいぶ多いけど、当面の目標はこの2700冊の複製を終わらすことだから、ケイラちゃんも無理がない程度に手伝ってもらえると助かるよ」
「大丈夫ですよ。書きながらいろいろなことを知れるのは楽しいですから。それに最近、また【自動書記】のレベルが1つ上がったんです!」
そう言って嬉しそうに作業台へ向かうケイラちゃん。
ご飯を食べている時も、ちょくちょく職業を変えながら、黒曜板でスキルチェックをしているって言ってたからなぁ。
今は自身の成長を実感できることが楽しいのだろうと、そんなことを思いながらもう一人に目を向ける。
定位置ともいえる椅子に座ったまま、グッタリと項垂れているリコさんを。
「おーい、リコさーん。凹んでないで元気だしてよ」
「うぅ……だって、読めない本が100冊以上もあったんですよ!? それにあっちの石板やいくつかの金板書に至っては、文字の一つすら理解できません!」
「それはしょうがないよ。遥か昔にどこかで使われていた言語とか、特定の亜人種だけが使ってた言葉なんだろうしさ」
「でも、ロキさんは読めてるじゃないですか……」
「それは……まぁ」
こればかりは【異言語理解】のレベルが違うのだからしょうがない。
リコさんの【異言語理解】はレベル7。
それでも町中ではまず見かけないくらい十分高いし、様々な本や文字に長く触れてきたからこその結果だろう。
ただ今回は一部がマイナー言語過ぎて、レベル7でも足らなかったというだけの話である。
まぁ当人にとってはその程度と、軽く流せる内容ではないんだろうけど。
生粋の本好きが、目の前にある、明らかに希少と分かる本の中身を読めないのだ。
内容は違えど、その気持ちは分かるからなぁ……
となると、確認するには丁度良いタイミングか。
そう思って口を開く。
「リコさんはさ、もうずっと本に携わって生きていくって決めているの?」
「それはもう……!」
「念のための確認だけど、ほんとに?」
「え?」
「例えば俺なんかは、その先の強くなりたいという目的のために情報が必要で、だから本を読むわけだけど、リコさんも俺と同じだったりしない?」
重要なのはここだ。
リコさんが本好きで、知識欲が強いことくらい今更だし、そんなことは十分理解している。
以前にオーマや《夢幻の穴》の情報を伝えた時も、真実に書き換えるという、情報の精度や管理に執着しているような様子も窺えた。
でも先ほどから、特定の分野に殊更強い反応を示していたような感じがして、横で作業をしながらどうにも気になっていたのだ。
もし俺のようにその先を見ているのなら、今ここでエニーのような強引なやり方は取るべきじゃない。
現状ではフェリンの反応から何かしらの方法がありそうだと予想をしている程度で、スキルポイントのリセットに関する情報はまったく拾えていないのだから。
「それは……確かに、別の目的というか、今も本に興味を抱いて読み続ける理由はあります」
そう言ってリコさんは一度、視線を手元に向ける。
優先的に選んだのだろう。
そこには『歴史に埋もれた古代人種の痕跡』という名の本が置かれていた。
「最初はなぜ、自分だけって……父か母の出自が特別だったのか、一種の病によるものなのか、寿命は、抱えるスキルの影響は……おばあ様に拾われてからは、それこそ呪うような気持ちで巨人族について調べ始めたんですよね」
そう言ってリコさんはクスッと笑い、急に話を変えた。
「知ってました? 私って記憶力がなぜか良いんですよ」
「え? それは前々から思ってたけど……」
「かつておばあ様が仰ってくれたんです。自分より記憶力と理解力に優れているのは、きっとおまえの頭が大きいからだって。ほんと、失礼しちゃいますよね!」
「……」
「でも、少し救われた気がして、悪い部分だけじゃないんだって思えて、そこから少し目的が変わったんです。いつの時代に、どのような場所で、どのようにして巨人族は生きていたのか。興味があることに変わりはありませんし、こうして私のような存在が僅かながらに生まれて悩みを抱えているとなれば、より正確な情報を後世に残すべきだとも思っています」
そう言って僅かに視線を横へ向ける。
その先には下を向き羽根ペンを握るも、完全に作業の手を止めているケイラちゃんがいた。
「そっか……」
「それに、いつかこの大きい頭で、ラグリースで一番の博識と呼ばれたおばあ様を超えたいですしね」
ばあさんなりの慰めだったのか、それとも本当に巨人族との因果関係があるのかは分からない。
でも今のリコさんから悲壮感など感じられず、こうして笑顔で自分の目指したい未来を語れるのだから、それなら俺だって自重無しの全力で後押しすべきだろう。
「了解。だったらどうせだし、本気で一番を目指しちゃおうか」
「え?」
「大陸一の大賢者とか、格好良くない?」
そう告げると、数秒、固まったように目だけをパチクリさせたあと。
「ふふ、そうですね。どうせなら目指しちゃいますか」
そう言って、リコさんは朗らかに笑った。
------------------あとがき------------------
アンケートにご回答いただいた方々はありがとうございました!
参考にさせてもらいまして、とりあえず毎週土曜日に週一で投稿を続けつつ、ストックを溜められるなら溜め、余裕が生まれたらその章の終わりまで少し加速させる。
そんな感じで進めていこうかなと思っています。
変わらず私自身が楽しんで書いているので、更新されないまま行方不明になるとか、そんな予定はまったくありません。
どうぞ先の長い物語ですが、WEB版と書籍版、どちらの物語もまったりとお楽しみください。
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