第337話 食い違い

(やっぱりフィーリルも知らんっぽいよなぁ……)



 今回仕入れた情報は予想通り、女神様達にとってもかなり重要な部類だったらしい。


 下台地で朝食後、気付いたことも含めてジェネから得られた情報をアリシアに報告すると、全員がわざわざ拠点に戻ってきてまで俺の話に聞き入っていた。



 フェルザ様は魔物にも、魔王と呼ばれる存在を想定している――


 というよりゼオではなく、こちらがこの世界にとっての魔王――魔物の王になる。



 この言葉に皆はその危険性を危惧するばかりで、特に過去の出現事例が挙がってくることは無い。


 念のためこちらから確認しても、そのような魔物の存在は確認されていないということなので、やはり発生条件が途轍もなく難解か、もしくは女神様達の耳に入らない程度のたわいない存在か。


 まずこのどちらかということになるのだろう。



(本来なら後者を望むべきだろうが……ダメだな、俺は)



 女神様達と別れ、フレイビルの王都『グラジール』へ。


 目的の傭兵ギルドに向かいながらどちらも想像し、そんなことを考えてしまう。


 試行錯誤しながら出現条件を探し出し、鍛えた自らの力をぶつけ、その後の結果に心躍らす。


 現実なら不謹慎極まりないことでも、ファンタジーの世界なら垂涎モノの特大イベントに早変わりしてしまうわけで。


 これが世間一般で言う『勇者様』なら、そんな危うい存在を未然に防ごうと悪戦苦闘し、その上で最後は魔王と戦うんだろうけどなぁ……



(ん――……おっ? あった、けど……うわ~マジっすかー)



 向かった先ですぐに視線を向けたのは、受付奥の壁に掛けられたランキングボード。


 ランカー申請の件からもうそろそろ2ヵ月近く経ったので、一番早くに反映されるであろう王都の傭兵ギルドを訪れれば、ボードには間違いなく俺の名前が存在していた。


 それはもうドンケツもドンケツ、最後の40位に。


 フレイビル限定のランキングだし、順位にそこまで拘りはなかったけど……


 しかしこれではアスク・バーナルドや爆走獣人を笑うことなんてまったくできないな。



「そんなところに突っ立って、何やってるの?」


「あ、すみません。ランカー申請の結果を確認しにきまして」


「ふーん……で、ダメだったって顔してるわね。その歳でどこかのギルマスから推薦が入るなんてよほどのことだし、次もあるんだからそう落ち込まないの」


「え、あー、いや、一応申請は通ったみたいなんですけど、最後も最後でして……ははは」



 そう伝えれば、受付のお姉さんは後ろを振り向き、俺の名前を確認したのだろう。


 なぜか怪訝な表情を浮かべ、やや冷めた口調で俺に言葉をぶつけてくる。



「あぁ、君が『ロキ』だったの。4度の呼び出しをすべて無視するとんでもない"大物"が現れたって、あなた早速有名人よ?」


「へ?」


「共鳴石、渡されてるわよね? バングルは身につけていないようだけど」


「……」



 お姉さんにつられて視線を落とせば、たしかに俺の腕には何もつけられていない。


 傭兵になってから今までずっと、依頼の結果報告をする時だけ『革袋』や『収納』からバングルを取り出すのが当たり前になっていた。


 悪党だってバカばかりじゃないのだ。


 装着されたバングルから相手が傭兵だと理解すれば、その場限りの善人を演じるやつらだって必ずいる。


 だからランカーになって、指名依頼が入る条件でも整ってから、適度にバングルを確認しようかと思っていたが……


 呼び出しということはつまり、共鳴石が俺の気付かぬところで光っていたってことか。



「すみません、全然気付いてなくて。4度って、ランカーに無事なれましたよっていう報告ですかね?」


「そんなことでいちいち呼び出さないわよ。指名依頼、しかも全部ロズワイド侯爵からの直々だったはずよ」


「ロズ……え? 侯爵?」


「そっ、まぁひと月近くは前の話だし、今更だけどね」



 いやいやいや、どうなってんだ?


 こっちは2ヵ月もあればまず反映されると聞いて、このタイミングで来てるんだが?



「えーと、予想以上に早くランキングが更新されたとか?」


「ん~更新されたのは10日くらい前だったから……どういうことかしらね? 考査中に指名依頼をしようとしたってことかしら?」


「……どんな内容だったかなんて、分かったりします?」


「大貴族が表に出ない依頼を頼もうとしてるんだから、私なんかに分かるわけないでしょ」


「そりゃそうですよねぇ~」



 一瞬、貴族と聞いてドミアのオーラン男爵絡みかと思ったが、1ヵ月前ならまだクアドが米の買取に励んでいたくらいのタイミング――何も事を起こしてすらいないと言っていい。


 となれば、フレイビルで思い当たるのは一つだけ。


 傭兵ギルドが情報を掴んでいたように、解体場辺りから情報が洩れ、4度も連絡を取ろうとするくらいに"よほど重要な何かを俺に運べ"ってことだったんだろうなぁ……


 一度クアドに貸し出すための資金調達稼ぎでロズベリアを訪れた時は、まだ関係各所とのやり取りで準備中という話だったはずだから、ハンターギルドとはまったく関係のない話だろう。



「あぁ、でも」


「?」


「ロズワイド侯爵はヴァルツ王国との外交を担っているはずだから、きっとそれ絡みじゃない?」


「でしょうね。なんとなく依頼内容に予想もつきました」


「そっ、ならロズワイド侯爵とどういう繋がりがあるのか知らないけど、動くなら早くした方がいいわよ? すぐ終わっちゃうかもだし」 


「何がですか?」


「戦争。フレイビルが今回不戦を表明したこともあって、ヴァルツは相当な傭兵を雇い入れたって話だから。参加するなら早くしないと手柄なくなっちゃうでしょ?」


「………は?」


「なによ?」



 待て。



 待て待て待て。



 この受付嬢は、いったい何を言っている?



 荷物の運搬じゃなく、戦争……?





「え……っと、待って、どこと、どこが……?」





 自分でも間抜けな質問をしている自覚はある。


 ヴァルツ王国の北側は、人の往来なんてまともにできないほどの山脈群で。


 実質的に隣接国と呼べるのは2国しかなく、うち1つは今俺がいる同盟国なのだ。


 となれば、もう残すは反対側しかない。






「そんなの決まってるじゃない。ヴァルツとラグリースよ」

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