第336話 魔物の王

 一先ず拠点の下大地に飛んだ俺達は、朝になって目的の人物に声を掛けた。



「ゼオ~ごめん。ちょっといい?」


「なん……だ? 横にいるのは、ゴブリンか?」



 朝から湖の畔で作業をしていたゼオが振り返り、珍しく目を見開いたまま驚きの表情を浮かべている。


 そりゃ俺の横に、拠点にはいるはずのない2メートル近いゴブリンが立ってるのだから、驚くのも無理はない。



「うん、初めて魔物を使役してきてさ。名前はジェネっていうんだ」


「ふっ、相変わらずの多芸だな。次は【魔物使役】か」


「そそ。ジェネ、この人が俺の仲間で、さっき言った本物の魔王様」


「?」


「この人も、魔力、黒い、ですか?」


「あ~しゃべり方は普通でいいよ。ゼオ、ちょっとだけ魔力見せてあげてくれない? ジェネがさ、なんか言ってるんだよね」


「それは、構わんが」



 ゼオは今、【魔力最大量増加】付与のアクセを2個付けているからな。


 以前とは違い、あっさりと手を覆うように黒い魔力を具現化させる。


 ジェネはそんな光景を黙って見つめ――そして俺は、そんなジェネの姿をジッと見つめていた。



「凄い。二人も、魔王様、いるなんて」


「……このジェネとやらは、黒い魔力の持ち主を魔王と判断しているのか?」


「あ、ゼオも【獣語理解】使った?」


「うむ。ロキの話す内容が気になったものでな」


「ほんとそうなんだよね。俺がジェネに【回復魔法】を使ったのがきっかけなんだけど……樹海の奥地で生息していた魔物が、どうやって魔王という存在を知り得たのか。不思議じゃない?」


「なるほど、面白いとはそういうことか」



 ゼオもこの違和感に気付いたのだろう。


 目を細めながら、何かを知っている可能性のあるジェネを見つめれば、当の本人は気付いた様子もなく語り始めた。



「どうやって? それは、分からない。最初から、魔王様の存在、知ってる。知ってた。人に使役されることがあるの、知ってるのと、同じ」


「誰かに聞いたのではなく、最初から……つまり本能のようなものか?」


「うーん……」



 近いけど少し違う、そんな印象だな。


 本能ならば腹が減って人を喰らうような、単純で短絡的な『欲』にそのまま繋がるはずだが、使役されるなんて本来魔物側が望むようなことじゃない。


 それは『合意』という工程を挟むことからも明らかなので、それでも知っていたということは、どちらかというと『記憶』――もしくはゲーム的な視点で言えば、プログラムされた『設定』のようなものだろう。


 人と違い、魔物は群体のような存在として記憶がリンクされている?


 それとも生み出された時には記憶が植え付けられているのか?


 魔物のリポップやボス部屋リセットがまず間違いなく発生しているこの世界では、どちらもあり得えそうな話だが。



「ジェネは自分の生い立ちっていうか、どのようにしてこの世界に生まれたとか、理解してるの?」


「分からない。気付けば、立って、空、見てた」


「……そっか。俺を見て魔王と思った理由は? 黒い魔力がきっかけではあるんだろうけど、あの狩場にいるゴブリンメイジだって、魔法放つ時は黒い魔力出すでしょ?」


「人、魔力が黒くない。黒い魔力、魔物だけ、魔物の証」


「人が黒い魔力を使ったから、魔王だと思ったってこと?」


「違う。主が黒い魔力、使った、だから、同じ魔物と思った。使役して、僕にする、知性体。あそこに、なぜかいる、怖い覚醒体の、さらに上。だから、きっと魔物の王」


「あぁ、魔王って"魔物の王"ってことだったのね」


「そういうことか……」



 意味が分かったのは俺だけではないようで、ゼオも理解し、そして肩を落とす。


 俺達がもしかしたらと思っていたのは"魔人の王"であり、生き残りの魔人が何かしら魔物に情報を残している――そんな可能性を考えていた。


 魔人の行方を捜すヒントになるかと思ったが……しかし、これはこれでジェネ君、とんでもないことを言ってないか?


 あそこにいる怖い覚醒体、それはつまり――



「怖い覚醒体って、ジェネの倍以上はある、真っ黒い獣のこと?」


「そう。俺達、ゴブリン、なぜか喰われないけど、もっと強いやつ、いっぱい、喰われてる」


「やっぱり、ロキッシュのことか」



 つまり俺やギルドが上位種と呼んでいた魔物は、魔物によれば覚醒体という存在で、さらに進化形態としてそのがあるということ。


 それが殺して喰らい成長するだけでなく、知性を以て僕にし、魔物を統べるような存在か。



 しかしそうなると、腑に落ちない点も出てくる。


 今までの長い歴史の中で、覚醒体のその先――魔物の王が誕生した様子がないのはなぜだ?


 リルはかつて、魔物が国を亡ぼすような事態にはなったことなどないと言っていた。


 この手の専門でもありそうなフィーリルだって、魔王はゼオの呼称くらいにしか思っていなさそうだったし、魔物の王と言っても人知れずあっさりと滅ぼされるくらいに弱いのか、それとも――。



「ゼオは魔物を喰らって成長する覚醒体の、その先って聞いたことある?」


「稀に成長する魔物が現れることは知っていたが、その先というのはないな」


「ん~ジェネは今までそんな存在が誕生したかは分かる? もしくは、何をすれば生まれるのか、その条件とか」


「分からない。知ってるのは、覚醒体の、その先が、知性を持って 統べる存在で、統べられることは、良いこと、それだけ」


「なるほど……」



 凄く興味深い話だけど、ジェネとゼオが分からないのでは、これ以上話を進めることは難しいか。


 しかし、別の部分でジェネの言動から分かったこともある。


 分からないのに知っている――つまり、ジェネを含めた魔物は生み出されたその時から決められた記憶が、プログラムのように植え付けられている可能性が極めて高い。


 仮に魔物が群体であり、記憶を共有しながら引き継いでいるのだとしたら、どちらか分からないではなく、と答えるはずなのだから。


 そして魔物を創造したのはフェルザ様ということであれば、魔物に与えられた知識はこの世界の真実であり、何かしらの条件によってその知性体は生まれるはず。



(気が遠くなるほどの歴史がありそうなこの世界で、未だ自然発生しない条件なんて何がある……?)



 きっと覚醒体になり、ただ喰らい続けるだけではだめなのだ。


 濃厚なのは、何か特殊性が強く、かつ入手難易度の高過ぎるアイテムくらいか?


 はぁ~まったく。


 この世界は分からないことだらけだな。



「? ロキ、何か面白い気付きでもあったのか?」


「え、あ? ごめん、笑ってた?」


「あぁ、ロキの顔が面白いことになっていた」


「それ、地味に酷くない!?」



 まぁ、いいか。


 どの道、今は答えに辿り着けそうもないし、その知性体とやらには相応のセーフティが設けられているのだ。


 ならばいきなり爆誕して、世界がボロボロになるようなことも考えにくい。


 それに、もう一つ。



「ゼオ、敢えて言葉を濁さずに言うけど、この世界を創った神様は、『魔人』というイレギュラーな種族を想定していなかった。これは間違いないと思うよ」



 どこまで触れていいかが分からない。


 だから名前は出さず、このくらいなら大丈夫だろうという情報を伝えれば、ゼオは暫し考え込み、ゆっくりと俺に視線を向けた。



「………どういうことだ?」


「俺はこの世界の人間じゃないからこそ、世界の成り立ちに関する情報があってね。ジェネ、黒い魔力は魔物の証――つまりは魔物だけの特徴ってことだよね?」


「そう」


「じゃあ、『魔人』って存在、知ってる?」


「知らない」


「『獣人』や『エルフ』『ドワーフ』なんかはどう?」


「知ってる」


「それぞれ会ったことは?」


「ない。人に直接、会ったの、主が、初めて」


「うん、予想していた通りの答えだね」


「魔人だけは知らぬのか……」


「だけかは分からない。けど、偉い神様にとっても想定外だったからこそ、種族が強制的に切り替わったゼオ以外は消された。この可能性が高いと思う」


「……」


「戦争の直後ということも考えれば、均衡パワーバランスが崩れるほどに強かったから。だからどこかに『隔離』されているんじゃないかって予想だけどね」



 フェルザ様が単純に想定外を認めなかったという理由くらいなら、繁栄する前に『調整』が入っていただろう。


 仮にゲームなら調整の結果は世界からの消去だが、しかし女神様達は消えたわけじゃないという答えをくれている。


 ならば現実的なのは『隔離』――強過ぎる種族だからこそ、表舞台から退場させられているとしか考えられない。



「まぁ、これが分かったところで、どこに『隔離』されているんだって話にはなるんだけどさ」


「ふっ、我では分からない着眼点をロキは持っているのだ。これも一歩前進と喜ぶべきこと。感謝するぞ」



 大丈夫、きっと大丈夫だ。


 世界を旅していれば、怪しい場所なんてこれからも多く登場することだろう。


 きっと、その中の一つ。


 飛び抜けて危険で、飛び抜けて魅力的な場所に、きっと彼らは隠れ潜んでいるんじゃないだろうか。


 そんなことを考えながら、起きてきたカルラとロッジに、拠点の新しい住人。


 深い緑色の体表をした大型ゴブリン『ジェネ』を紹介した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る