第324話 原因の究明と、これから

 考えてみれば、そのまま馬車の一つを簡易の居住空間にしていたので、クアドさん達がゼオとカルラを直接見るのは初めてだった。


 護衛の交代要員がいることは伝えていたため騒ぎにならなかったものの、当然どこから現れたのかも分かっておらず、視線は真っ赤な瞳の二人と目の前にある死体をいったりきたり。


 だが今重要なのはそこじゃない。


 取り急ぎ説明すべきは、過去の失踪の流れと実行犯。


 そして証言からはっきりしてきた黒幕についてだろう。



「こ、こんなのに襲われてたんすか……」


「この魔物が眠気を増幅させるみたいで、それもあって山道2日目のこの時間帯を狙っていたみたいですね。風の流れやすい山間の地形ですから、風上から鱗粉を撒けば誰も抗えなかったそうです」



 そう言いながら、ドリームシアターと呼ばれていた魔物を指差す。


 体長2メートルほどの、人よりも大きな灰色の蛾。


 翅には眼のような丸い模様がいくつも描かれており、それだけでもかなりの気持ち悪さが伝わってくる。



「【魔物使役】の使い手か。Aランクまで使役するとなると、それなりの熟達者だな」


「ゼオが知ってる魔物?」


「大陸南東の狩場にいる生息数が少ない魔物だ。遠くから眠気を誘う粉を撒き、近づけば空を飛んで逃げていく。本来は夜行性だったはずだが……使役すればその辺りは関係ないのだな」


「ほっほー」



 魔物にも夜行性とかあるのか。


 さすが物知り博士のゼオ師匠。


 先ほどまで豪快に凹んでいたけど、もう大丈夫そうかな?


 ゼオとカルラは徹夜明けでスキルを食らう前から寝ていたわけだし、この件でいちいち責任を感じる必要もない。


 まぁカルラは立ったままゼオの脚を掴んで寝ているので、何も気にしていなさそうだが。



「この魔物に見えない鳥が、もしかして偵察役っすか?」


「ですね。出発のタイミングや滞在場所を上空から確認して、この辺りをいつ通りそうなのか、その手の情報はしっかり主に伝わっていました」


「こんなのが空から眺めてたって、気付けるわけねぇわな……」


「で、奥で細切れになっているトカゲや蟻達が、待ち伏せ用に作った一時的な巣穴まで運んでから寝ている人達や馬をキレイに食べた後、トカゲが馬の代わりに馬車をサヌールまで運んで丸ごと現金化ってのが、これまで起きていた失踪事件の流れになります」


「だから、痕跡が残らず……うちの従業員や雇った護衛の人たちは、生きたまま食べられて……うぅ……」


「金に換えられるモノは全て持ち帰れというのがキウス商会からの指示で、積荷以外にもお金になりそうなスキルがある人は、生かしたまま奴隷商に売ったり――、って、いい加減自分で答えてくださいよ。そうですよね?」


「え?」


「い、生きてたのかよ!?」



 死体の山に向かって声を掛ければ、両膝を地に突け、俯いたままずっと押し黙っていた男がようやく顔を上げた。


 せっかく生かしたというのに、まだ顔が青ざめたままだな。


「そ、そうだが、生かすと面倒なことの方が多いから、ほとんどは餌にした……」


「「……」」



 二人が言葉を失うのも無理はない。


 クアドさんはかつて輸送の仕事に向かった仲間たちの結末を。


 ベッグさんも、金になる者だけは生かされるという現実に、きっと思うことがあるのだろう。


 だが、いつまでもこうしてはいられない。


 もう日も暮れかかっているし、そろそろ次の方向性を決めていかなきゃ、だな。



「寝ている間に起きた出来事と、今までの失踪原因はこんなところですが……クアドさん、ここからどうしますか?」



 言いながら、押し黙っていたクアドさんを見つめる。


 望んでいた『原因の究明』はこれで済んだのだ。


 当初の目的は、せめてキウス商会の信用を貶められればという程度のモノ。


 それが今も変わらないのであれば、あとはこちらで好きに動いてしまうし、本人にやる気があるならば、無理のない範囲で行動を合わせるつもりだった。


 あとはクアドさん次第――そう思っていると、実行犯に冷めた視線を向けながら口を開く。



「やることはいっぱいっすよ。すぐにドミアでこのことを衛兵に伝えて、身元の割り出しもしなきゃいけないっすね。キウス商会との繋がりがはっきり出てくれば……何か、キウス商会からの指示書とか、繋がりを示すようなモノはあるっすか?」


「キウスがそんなものを残すわけがない。全て俺の魔鳥を介して連絡は受けていたし、その魔鳥はもう目の前で死体になっている」


「物的証拠は無しっすか……あっ、でも指示を受けているってことは雇われってことっすよね? なら傭兵ギルドにこの男を連れていけば――」


「俺を直接雇っているのはもっと上、オーラン男爵だ」


「え?」


「それに専属だから、この件は傭兵ギルドを通してもいない」


「えっ、ちょ……専属、ってなんすか?」


「依頼があれば最優先でなんでもやる便利屋みたいなものだ。仕事があってもなくても、相応の報酬を貰っていた。今回がたまたまクアド商会の輸送を潰せって話だっただけで……」


「……」


「クアドさん。残念ですけど、傭兵ギルドはあたっても無駄でしょうね。あそこは国の運営ですから、こちらが求めるような貴族にとって都合の悪い情報なんて出てきませんよ」


「ってことは、もうオーラン男爵のところに直接乗り込むしかないってことっすか……」



 視線を向ければ、今何をされているわけでもないのに、クアドさんの身体は震えていた。


 領主の名前まで挙がり、やはりというかそれが黒幕で、しかも直接対峙しか解決方法が見込めないとなれば、この世界の住民はこのような反応になるのか。


 この辺りは外の世界から来た俺にはいまいち分からないところだが……


 大丈夫、まだ辿れる可能性が完全に無くなったわけじゃない。



「もし今回の襲撃も成功した場合、あなたは現金化の指示があってこの馬車をサヌールに運ぶわけですよね?」


「そ、そう、だ……」



 俺が話しかけた途端、せっかく落ち着いてきていた実行犯の様子がまたおかしくなったが、いちいち気にしてもいられない。



「ということは売り先が当然あるはずですが、それはどこですか?」


「キウス商会の、サヌール支店、だ……」


「まぁ、そうなりますよね」



 わざわざ持ち帰れと指示を出しているのがキウス商会となれば、荷物を他所で売却して金を得るより、直接受け取って自ら販売した方が更なる利益になる。


 強奪した品を他所に流せばどこで足が付くか分からないわけだし、大きな商会としての販売網もあるのならば、自分達で捌いた方が何かと都合は良いだろう。


 だが問題は、いったい誰がサヌールでこの品を受け取っているのか。


 馬車丸ごとなんていう裏ルートでの仕入れである以上、一介の従業員ってことはないはずだが……



「窓口は?」


「え?」


「誰が、この強奪した品を受け取っているんです? 魔物の牽いてきた馬車なんですから、どうせ相応に立場ある人が対応しているんでしょう?」


「そ、それは……会長の、キウス本人だ……」


「へぇ」



 店の責任者、領主の手の者、キウスの親族――いろいろなパターンを想定していたが、これは最高の結果と言ってもいい。


 当然場も騒めく中、奴隷のボスと化しているベッグさんが口を開く。



「商会長のキウスだけは、王都に住んでるんじゃないのか?」


「普段はそうだが、この時ばかりはサヌールに来る。た、ただで……大量の商品が手に入る瞬間は、どうにもたまらないんだ、そうだ……」


「ふ、ふざけるなッ!!」



 この言葉に、目を吊り上げ怒りを露わにする者が一人。



「俺達が……ッ! どんな思いで農家から作物を受け取って運んでたのか! オマエに分かるっすか!!」



 尻尾を逆立て、手には小型のナイフを握り締めて走り出すも、それはさすがにマズい。


 念のために多少距離は離していたし、得意の槍を振り回せないよう右腕を切り落としておいたが、それでもAランク相当の力量はある傭兵だ。


 まだ奴隷化まではしていないし、怒りに任せて突撃しても、死ぬのは確実にクアドさん。


 それに、ここで実行犯を殺してしまっては目的が果たせなくなる。



「まぁまぁ。気持ちは分かりますけど、まず落ち着いてください」


「でも! でもっ!! この男はやられる側のことなんて何も考えないで! こ、このっ!!」


「クアドさん。この男を生かす意味と、その後をちゃんと考えてください」


「意味って、そんなもの……!」


「もし当初の予定通り、馬を魔物のトカゲに入れ替え、この男がサヌールまで馬車を運んだらどうなりますか?」


「…………あっ!」



 やっと冷静になれたかな。


 この男を引き連れ、キウス商会やオーラン男爵の下へ向かったところで、知らぬ存ぜぬを突き通されたらそれで終わりだ。


 一応最終奥義『リア召喚』があるにはあるけど、あの頭の中を覗くやり方で納得するのは俺とリアだけであって、周りから見れば俺がただ暴れ回っているだけになっちゃうからな……


 リアに頼るのは、どうにもならなかった時の最後の手段。


 正攻法でキウス商会長とこの男の繋がりが証明できるのであれば、その方がクアドさんの当初望んでいた『評判を貶める』という結果にも繋がりやすいだろう。


 まぁ俺が介入すると、少なくとも商会の方は、その後に商売が継続できるかも怪しくなってくるとは思うが。



 ようやくクアドさんも落ち着き、そのまま運ばせるメリットを理解したような納得顔をしているのだ。


 であれば、あとはこの男に働いてもらうだけ。



「そんなわけで、予定通りこの馬車をサヌールに運んでくれますよね?」


「そ、それをやったら、約束は……」


「もちろん、オーラン男爵まで辿り着くことが目的ですけど、そこまで協力してくれればちゃんと守りますよ。必ず、あなたを楽に殺してあげますから」



「「???」」

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