第305話 やっぱりね
男が扉を開けた先。
ボス部屋に佇んでいたのは、各地で存在が確認できるEランク魔物のピーキーボア。
その亜種のような存在だった。
体毛がやや赤みがかっており、大きさも通常の3倍くらいはありそうなほどに巨体だ。
それは周囲に5匹存在している通常のピーキーボアと比べれば一目瞭然であり――
(これって、まさか……)
この瞬間、興味の対象が大きく広がる。
ボスと言っても所詮は初級ダンジョン。
強さの程度はたかが知れているわけで、何を落とすのか、俺はその内容だけに意識が向いていた。
しかし、こうなれば話は別だろう。
たぶん、ボスはレア種――未だ見ぬ黄金カエルのような、そんな存在が役割を担っている可能性は高い。
わざわざ通常のピーキーボアも一緒に登場したことで、そんなレア種への期待が一層高まってしまう。
【心眼】は――ダメだ、何も映さない。
それはボスであろうと同じことのようで、ならば動きから固有スキルのような能力を備えているのか。
通常のピーキーボアが所持していたスキルを思い浮かべながら、想定と違う動きがないかを注視する。
すると――
ブギーーーーッ!
ボスが大きく鳴き、その瞬間前方にいた3名のハンターが、崩れ落ちるように膝を突く。
が、それを見越したように、素早く旋回するリーダーらしき男。
(【挑発】を入れたのか)
瞬間ボスの向く先がリーダーへと変わり、その間に崩れた男たちは態勢を立て直していた。
……見覚えのあるスキルだ。
あの『鳴き声』と同時に恐慌状態に陥るのは、俺が持っている魔物専用スキル【咆哮】とたぶん同一だろう。
3人の背後にいた一人は影響を受けていなかったことから、前方範囲型であるその射程から外れていた可能性が高い。
(対象範囲を考えれば、スキルレベルは推定『4』か『5』ってところか)
先ほどの光景を思い浮かべ、距離からスキルレベルの予測値を割り出し――
その後も戦闘が終わるまでボスの動きを眺め続けた上で、ピーキーボアのボス格であれば、無理をしてまで探し出すメリットはかなり薄いという結論に達する。
オーバーフレイムロックのような、魔石や素材に特別な価値が存在するパターンもなくはないが……
基がEランクであり猪という点から、単純に肉が美味いとか、その程度で終わる可能性の方が確率的には高いだろう。
素材価値に特殊性があるのであれば、出没情報と同時にその手の素材情報も掴めるはずだしな。
目を細め、ボスと入れ替わりで出現したドロップ品を眺めるも、ホウキとちりとりが登場した時点でお察しというもの。
一通りの回収が済んだことを確認してから奥へ続く階段部屋に向かえば、もう数歩というところで背後から声が掛かった。
「キミ~、ボスとの戦闘は何か参考になったのかい?」
「えぇ、だいぶ。ありがとうございました」
「そっかそっか。じゃあ礼を貰わないとね。とりあえずさ、所持品と籠の中身は全部置いてってよ」
あれ?
「……約束は守りましたよ?」
「だから見学は許したでしょ? 物を全部置いていけば、ここを通過することだって特別に許しちゃうしさ」
あれあれ?
ここまでは堕ちていないと思っていたが……さて。
周囲にいるハンター達は、ニヤついているのが大半、驚きの表情を浮かべているのが一人、いや二人ってところか。
俺が階段を降りるギリギリまで声を掛けなかったのは、たぶん俺が本当に一人で行動しているのか確認を取っていたのだろう。
単独で、装備も身に着けず、さらに深部へ潜ろうとする子供。
口をあんぐり開けながらリーダーを眺めている二人は、果たしてこんな怪しい子供に狙いを定めたリーダーに対して驚いているのか。
それとも――
「所持品と籠の中身を奪うということは、僕に『死ね』って言ってるのと変わらないと思いますが?」
「あ~ごめんね? キミのこの先なんてどうでもいいんだ。ただ擦れ違った人間のその後なんて、だーれも興味ないでしょ?」
「……周りの人達も、僕を殺そうとするんですか?」
「ア、アジオン? 急にどうしたんだ?」
いつもの展開。
だが、今回は珍しく、疑問を投げ掛ける声が上がった。
「ん~?」
「いや、こんな子供の身包み剥ぐなんて……」
「ロブス~分かってないなぁ」
「え?」
「こーんな怪しい子供だからしょうがなく狩るんじゃない。彼の籠の中身、あれ子馬だよね? 動かないからもう死んでそうだけど、あの食料があったら、それだけで1週間は延長してここで狩れちゃうよ」
「……」
背後をしきりに気にしていたのは、そっちの確認も含まれていたのか。
【調教】で大人しくさせていたけど、子供でも馬となればそれなりの大きさはある。
それに俺の背の低さも原因だろうな。
「たぶんキミ、そこそこ強いよね~。メインは短剣のスカウトかローグ職かな? んーで、その食料持って40層にいる連中へ届ける予定だった。どうどう? 当たりじゃなーい?」
「え? こいつ40層の連中とグルなのかよ?」
「単独ってのはまず聞かないけど、デカい食料持って少数でここからさらに潜るなんて運搬役しかないか。つまりこいつを潰せば……」
「そっ! 40層の連中は食料不足で脱落~その隙間を埋めるのは俺達ってわーけ!」
「おぉおおおお!!」
もう、ダメかな。
よく分からない妄想のおかげで、先ほど疑念の声を上げていた男までガッツポーズで賛同してしまっている。
欲が深いだけならまだしも、人を害そうするならば野盗連中と同じ穴の貉。
背後の階段を下って逃げようと思えば逃げ切れるが、そんな選択肢はコイツらに必要ない。
「今から一応10秒数えますので、これは間違っていると、そう思う人は武器をこの場に置いてください」
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「は、はがっ!? な、なんで……ッ」
場所は31層。
そこにアジオンと呼ばれていたリーダーの男と二人で訪れていた。
「おっ、青の書を出してるじゃないですか。これは――……あぁ、技能の書『遠視』か。ちょっと微妙ですね」
男達の『遺品』を物色していると、1日2回のボス討伐をしていただけあって、それなりに目を引く品が革袋から出てきた。
技能の青書(薄)『遠視』
職業の青書 『
叡智の切れ端 繧鬲黄ェ皮ケ繝――『4-19』
うーん。
事前情報通り、叡智の切れ端は【異言語理解】レベル8を通して見ても、まったく意味が分からないけど……とりあえずレア物はこの3つか。
あとは高純度の金属がそれなりの量、種もそこそこってところだな。
さすが10人ほどの人数で食料探ししていただけのことはある。
案の定、コイツらは弱過ぎてなんのスキルレベルも上がらなかったが……
現金はそこそこ持っていたので、戦利品の質でいえば外の野盗と比べても遥かに優秀だ。
「なんで……! 僕達に勝てないと思ったから、さっきは黙って見学してたんじゃないのか!?」
「もしかして、襲おうとした切っ掛けってそこですか? だとしたら相当アホですね。周りが全員あなた達みたいな悪党だと思ってるんです?」
「……ッ! あ、当たり前のことだろう!? そうやってみんなボス狩りの権利を得ているのに……なんだよこんな! くそっ!」
「ははっ、あのまま放っておけばまだボスも狩れて、せっかく出したドロップも奪われないで済んだのに。これ、損失何千万ビーケですかね?」
「う、うぐ……ッ! か、返せ! それは僕達のだ!」
「僕達って、もうあなたしか生き残ってないじゃないですか。それに、本番はここからですよ?」
男を引き摺り、階段部屋からもう一つ先の部屋に続く通路へ。
すると視界の先には武器を持ったコボルトが3体待ち構えていた。
順当にいけば、Dランクレベルに調整されたコボルト達だろう。
「あがぁああ"あ"あっ!」
そんな部屋の中に、その場で切り落とした男の両脚を投げ入れる。
するとすぐにコボルト達は反応し、その脚に齧りついた。
「あ、あぁ……ぼ、僕の脚が……ッ!」
そのまま眺めていると、肉を貪り、その後に残った骨も咥えている。
その姿を見て、ようやく細やかな疑問が解決した。
なぜダンジョン内は想像以上に綺麗なのか。
人が中で滞在するために生き物を食らえば、ゴミは出るし骨も残る。
それに人だってダンジョン内で敗れて死ぬこともあるだろうに、その死体も今まで見かけたことがなかったのだ。
だが、コボルトが骨まで綺麗に平らげていた。
どの階層でもいるとされるコボルト達が、ダンジョン内の掃除屋も担っていた――これが答えだろう。
(うーん、犬に骨か……フェルザ様もやるなぁ)
そんなことを思いながら、お次はアジオンを部屋に投げ入れた。
「うがっ! ま、待って、くれ……! ぐあっ! 逃げられ……ぐっ……武器も、ないんだ……たすけ……てッ!」
すると瞬く間に群がるコボルト達。
脚のないアジオンは這って移動しようとするが、その腕を、背を、武器で斬られ、身悶えしながらも助けを求めている。
ならば、しょうがない。
一度仰向けにし、一つの魔法を唱える。
『ゆっくりと、傷を、癒せ』
想像するのは継続時間を優先したオートヒーリング。
今後のために、いつかタイミングがあれば実験しようと思っていた魔法だ。
「がぁあ!」
初めて使用してみたが、斬られた傷が端からじんわり消えていくので、【回復魔法】がレベル5でもそれなりに効果はありそうに見える。
「あぐっ……止め、て……」
まぁすぐにその上から、新たな傷がつけられていくが……
「痛……ッ……お、願い……っ……ぁ……目が……ッ!」
それでもまだ時間はかかりそうなので、先にマッピングを適度に済ませても問題ないだろう。
「もう……殺……て……!」
「奇遇ですね。僕もあなたのような『悪党』のその先なんてどうでもよくて、ただオートヒーリングの効果時間や回復効果が知りたいだけなんです」
「そ、…んな……」
「最後はちゃんと殺しますから、どうせ死ぬならそのまま実験台にでもなっといてください」
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