第304話 地下30層
ここ数日はダンジョン内に直接転移。
自前のホウキやちりとりを購入し、生き物が出たら籠に入れ、満足するまで攻略したら直接帰還という流れを繰り返していた。
が、今日は待ちに待った『前日』だ。
珍しくダンジョンのロビーとも言える広場に顔を出せば、見知った顔から声が掛かった。
「む、やはり来たか」
「明日がオークションですよね! もう目録はできてるのかなーと思いまして」
鑑定屋のおじさんには、オークションの開催日についても確認していた。
30日に1度ハンターギルド運営のオークションが行なわれ、前日には既にその会の出品物が確定されていること。
そしてその出品物は、前日から情報公開されることを聞いていたので、今開催分は果たしてどんなモノが出品されているのか。
初めてということもあり、とりあえず参加してみる気満々の男としては、気になって気になってしょうがなかったのだ。
「アラン、見せてやれ」
そう言われ、オークション出品受付を担当していた男は4枚の木板を差し出す。
「へぇ、マグナークさんに顔を覚えられるなんて珍しい坊主だな。ほらよ、こいつが明日の目録だ」
「ありがとうございます。これは――……種別毎ではなく、出品登録された順番ですかね?」
「そうだ。時間を弄ると有利だ不利だなんて文句が飛び出るから、公平に登録した順番で競りが開始されていく。今日の昼過ぎには会場前にコイツを掛けておくから、その後ならいつでも見られるぜ?」
「なるほど」
改めて見直せば、木板1枚につき約30個くらい――計120個近い品目がズラリと並んでいる。
(ん~思っていたよりも狙いの品は少ないのかな……)
個人的にあれば必ず参加しようと思っていた『技能の種』が6個。
『技能の書』も、薄い青の書は20個近く出ているが、上位扱いとなる黄の書は薄い方でも3個、厚いのに至っては出品すらされていない。
特殊付与装備も無し、だな……
後ろを振り返れば、今日もロビーは席の半分以上が埋まっており、朝から祭りのような賑わいを見せている。
それに日帰り用の浅い層では高頻度で人とすれ違うのに、それでも一月でこの程度か。
「ちなみに出品数っていつもこのくらいなんです?」
「そんなもんだな。一部の例外を除いて、出品条件は推定市場価値が1000万以上。外部出品次第でたまに多くなる時もあるが、それでもレア物なんてそんなあるもんじゃねぇよ」
「外部出品っていうと、この魔道具とか、『仙薬』……名前からして何かの薬ですかね?」
リストを眺めれば、どう見てもダンジョン産とは思えない品まで混ざっている。
それこそ俺が好んで集めている『本』まで1冊出品されているし……こいつもできれば落札しておきたいな。
「そういうこった。あ、でも薬はたぶんダンジョン産だぜ? 『賜物箱』から稀に出るみたいだからな」
そう言いながらアランさんは視線を鑑定所のおじさん――マグナークさんに向ければ、頷きながら答えてくれる。
「ここ初級ダンジョンでも深手の傷に有効な『特級ポーション』、様々な病魔に特効があるとされる『仙薬』あたりは賜物箱から出ている。今回の出品に混ざってるのもソレだ」
「賜物箱……2回だけ見ましたけど、ダンジョンの突き当りにある『箱』ですよね?」
「それだな。いつの間にか湧いたように存在している謎の多い箱だ。慣れた者達は出そうな場所の付近で狩ったりもするが、意識すると逆に出ないなんて噂もある」
うーん。
意識すれば出現しないのは、魔物のリポップ説と同じかなぁ……
もしくは相応のレア品が出ることもあるのだ。
単純に『賜物箱』のリポップがかなり長いなんて可能性もある。
その他、アランさんとマグナークさんからオークションの細かいルールを確認。
想像以上に融通の利く仕組みであることを理解した俺は、一度ダンジョンに入ってから昨日の続き――地下28層へ飛んだ。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
日々の通勤、通学で最寄り駅へ向かう日本人のように。
ダンジョンを主戦場とするドロップハンター達は、慣れた様子で地下へと続く階段を目指していく。
それは当然のように最短ルートであり、『地図』なぞ存在しなくても、長年の経験と記憶から当たり前のように10層程度までは潜り、そして戦果を背負いながら日帰りで帰ってくる。
しかしこの10層辺りが分岐のようで、そこより地下はフロアを徘徊する人数が明らかに減った。
1泊2泊くらいなら許容範囲という、まだライトな部類のドロップハンター達が主に活動しているのが地下11~20層だ。
魔物はまだまだ弱いので、子供が混じった家族連れもいれば、ソロプレイヤーなんかもここまでならギリギリ活動している様子が見て取れた。
狩場が浅層よりも混んでいないことに加え、さらに深く潜る本気組に対し、ドロップした生き物を高値で売れることもこの階層の利点だろう。
そして20層を越えれば人も疎ら。
まだ自前の携帯食でやりくりできる範囲ではあるも、それでも『食料』に『水』という、死に直結する問題が出始めるため、一気に
深く潜るほどレア物が出やすいという、かなり信憑性のありそうな風説も存在しているようで、通路の突き当りにテントを張って粘っている連中も一定数いたりするが……
それでも階段部屋以外では人とすれ違うことの方が珍しくなり、踏み込めば魔物がしっかり湧いている部屋の方が大半だった。
ちなみに階段部屋では高確率で人がいる。
パーティで休憩している人達や生き物の買取、それに水を売っている場面なんかも見られたので、【水魔法】持ちを確保できるかどうかが深部を目指す最低条件になるんだろう。
となれば、当然俺のような存在は"浮く"わけで。
(だいぶ視線がキツくなってきたな……)
徐々に訝し気な視線を向けられたり、時には殺気立った雰囲気を醸し出す連中もいたりするわけだが。
何もされなければ、俺から何かすることもない。
そのまま地下30層へと突入し――
ようやく、今日になって一段と強く感じるギスギスした雰囲気の、本当の意味を理解する。
「おぉ、扉なんてあったのか」
10層ごとに存在する、少し広めのボスエリア。
10層にしろ20層にしろ、このボスエリアを抜けた先にある唯一の階段を降りて次の階層へと向かうわけで。
今までは狩られた後の誰もいない部屋を通過していたが、今回は初めてボス部屋入り口に扉が存在しており、その手前には10名ほどのハンター達が殺気立った様子で屯していた。
こんなの、理由を聞かなくったって状況は分かる。
まさか扉で塞がれているとは思わなかったが、もうすぐフロアボスが湧く時間、もしくは中でもう湧いているのだろう。
「……見たことねぇ顔だな」
「このタイミングで何しに来やがった?」
「まさか、割り込むつもりじゃねぇだろうな」
偶然タイミングが重なっただけだというのに、いきなりの喧嘩腰。
こうなると、ボスのドロップってそんなに旨いの? と、興味も湧いてしまう。
「待ーて待て。話も聞いていないのに、いきなりそんな牙を剝いてどうすんのさ」
しかし、それらを諫めるように一人の男が口を開いた。
「ごめんね~これからボス戦って状況だから、みーんな少々殺気立っててさ。キミは――見たところ一人のようだけど、なんでこんな所に?」
「通過してさらに潜るためですよ。なので誤解がないように言っておきますと、このタイミングで居合わせたのは偶然です。ボス戦を邪魔しようとか、そういう意図はありませんので」
「だろうねぇ。武器がホウキとちりとりじゃ、野ネズミとしか戦えないよ」
その言葉で失笑が起きるも、客観的に見ればその通りなのだからこれはしょうがない。
ジンク君達と行動している時は面倒事を避けるため、威嚇する意味で常にレザーアーマーを着ていたが、今は着ても動きにくくなるだけなのでボロい農民服姿だ。
つまりこちらとしても、悪党がいればいつでも釣る気満々の状態。
リーダーっぽい男はしきりに俺の背後へ視線を飛ばし――俺が小間使いの偵察役という線を消したのだろう。
ふっ、と軽く笑みを零しながら、
「5分ほどで済むからさ。その間ボス部屋には立ち入らない。この約束は守れるかな?」
「問題ありません。あ、見学くらいは大丈夫です?」
「……ん~、まぁそれくらいなら構わないよ」
そう言うと、リーダーっぽい男はボス部屋の扉に手を掛けた。
まだ何か引っ掛かりを覚えていそうな顔はしていたが……
どうやらこの男、俺の釣りに引っ掛かるほどの『悪党』ではなかったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます