第299話 ダンジョンだからできること

 1層と2層はまったく大きさの異なる部屋がおおよそ150~200ほど。


 道中行き止まりや一方向にしか進めない部屋などもあり、名前の通り迷路のようなダンジョン内部をゼェゼェ言いながら走り回る。


 適度に飛べば多少は楽だが、久しぶりのスタミナ作りと思えばこれも必要な運動だろう。


 魔物を見かけたら、ホアチャーッ! と飛び蹴りで瞬殺し、部屋内を一掃したらすぐにドロップを確認。


 種が落ちていたらホウキとちりとりでスパパパーッと高速回収を繰り返し、これで1階層あたりの所要時間はおおよそ1時間半ほど。


 マッピングはどうしても全部埋めたいという、重い病のせいで無駄に時間を使っているのは否めないが……


 それでも行き止まりの通路で宝箱なんて小粋な存在を発見したし、中身はまぁ少し大きめな銅の欠片だったが、個人的にはサクサクと地下3層まで潜ることができた。


 そしてようやく分かってきた衝撃的過ぎる事実に、俺は休憩がてら座っていた通路の端で頭を抱える。



「スキル経験値を得られないのは痛いなぁ……」



 最初に現れたコボルトの時点で、ちょっと怪しいとは思っていたのだ。


 ここに登場するコボルトは武器を所持しているやつもそれなりにいる。


 にもかかわらず、武器と連動するスキルを何一つ所持していない。


 ただそれでも、元からスキル無しの可哀そうな魔物だったわけだから、他の魔物なら違う可能性もあると思っていた。


 そして先ほど。


 久しぶりに見たロッカー平原の『エアマンティス』と対峙した時、と、ダンジョン内に出現する魔物の性質を理解し諦観した。


 本来なら【風魔法】を所持をしているはずなのに、【心眼】で覗いても何も視えない。


 にもかかわらず、しっかり黒い魔力を練り上げ、風の刃を放ってくる。


 まるで実体があるようでないような、幻影を相手にしているような気分だった。


 でも、ダンジョンとはそういうものなんだと、そこはもう納得するしかない。


 納得できないならば、スキル経験値を得られる""で狩ればいいだけの話だ。



「おい君、大丈夫か? どこか具合が悪いのか?」


「あ、わざわざすみません。疲れて休憩してるだけなので大丈夫ですよ」


「そうか、無理はするなよ?」



 親子かな?


 先へ進むおじさんとおばさん、それに俺より少し大きいくらいの少年を間に挟んだ3人パーティの後ろ姿を眺める。


 お母さんが籠を背負い、息子がホウキとちりとり担当で、剣を持って先頭を歩くお父さんが魔物をしばき倒す係なんだろう。



(パーティか……)



 どの道ここは初級ダンジョンだ。


 魔物の程度を考えても、仮にスキルを所持していたところで大半はレベル『1』。


 もちろんそれでも無いよりはあった方がいいけど、現実的にはレベル1の魔物を何万匹狩っても、もうスキルレベルなんてほとんど上がらないわけだしなぁ。


 ソロプレイに拘る必要のない、新しい狩場。


 そう考えた時に何ができるだろうと、様々なことを想像しながら俺はダンジョン探索を再開した。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「お疲れ様でした~換金が終わってからでいいので、忘れずに貸出品は返却してくださいね」


「はーい」


 入り口のお姉さんに声を掛けられ、背負っていた籠をテーブルの上に置く。


 本日到達したのは5層の途中まで。


 それでも想定していたよりはまずまずな結果じゃないだろうか。


 籠の中を覗けば3匹の小さな生き物が。


 元気そうな様子に安心しつつ、買取屋それぞれの店先にある案内板を確認していく。



(種は種類関係なく重さで換金、鉱物も種類ごとの重さで、現物武器は――これも重さが関係するのか)



 立て掛けられた木板には『長剣は高価買取中、不人気武器も溶かすので高価買取中』と書かれているので、かなりゲームっぽいけどやっぱりこんなところはリアルである。



 そして俺の中の大本命。


『希少物品の買取』案内板を見て、俺の足は完全に止まった。



 ~~~買取案内表~~~


 ・技能の種・・・1億ビーケ


 ・成長の種・・・5,000万ビーケ


 ・特殊付与武器&装飾品・・・買取不可


 ・技能の青書(薄)・・・200万ビーケ~


 ・技能の青書(厚)・・・3,000万ビーケ~


 ・技能の黄書(薄)・・・2,000万ビーケ~


 ・技能の黄書(厚)・・・2億ビーケ~


 ・職業の青書・・・200万ビーケ~


 ・職業の黄書・・・3,000万ビーケ~


 ・叡智の切れ端・・・300万~


 ・その他・・・相場相談所へ



(な、なんか凄そうだけど、よく分からん!)



 本には載っていなかった言葉も書かれているし、これらのレア物にどんな効果があるのかさえ分かっていない。


 スキルリセットに繋がるようなモノが無さそうなことだけは、なんとなく分かるが……


 凝視して微動だにしない俺が気になったのか。



「見ない顔だな。レア物でも出たのか?」



 不意に声を掛けてきたのは、横の『鑑定所』で頬杖突きながら店番をしていた初老の男性。


 というか『希少物品の買取』も、さらに奥の『相場相談』も、看板が別なだけで奥は繋がっているので、このおじさんが3ヵ所を兼任しているのかもしれない。



「いえ、出たわけじゃないんですけど、今日初めてダンジョンに行ってきたので、どんなレア物があるのかなーと」


「勉強熱心なのは良いことだな。だがそう簡単に出るものじゃないぞ? あっさり出るならワシはこうして暇しとらん」


「ですよねぇ。……あの、もしお暇なら、僕に色々と教えてもらえませんか?」


「何が知りたいんだ?」


「まずここに載っている品がどんなモノなのかを知りたいです。あとは普通のハンターがあまり知らないこと、ですかね? おじさん凄く詳しそうなので」



 鑑定ができて、希少物品の買取をしていて、おまけに『相場相談』まで兼任しているのであれば、まずこの手のレア物に関してはここでもトップクラスに詳しいはずだ。


 そんな人からあれこれ情報が貰えるなら、多少の謝礼を払ったところで安いもの。



「普通は引き当ててから考えるものだがな……まぁいい、ワシの暇潰しに付き合わせてやるか。そこの椅子を1つ持ってこい」


「お願いします! それでこの木板に書かれたレア物は、いったいどんな効果が――」



 本音を言えば、今すぐ手帳を取り出しメモをしたい。


 さすがにそれはやり過ぎだと分かっているけど、それくらいに重要な話を、今間違いなく俺は聞いている。


 だからこそ、絶対忘れないように、アイテム名とその効果を頭に叩き込む。



「えーと、技能の種が『女神様の祈祷』を成功させやすくするモノで、成長の種が『世界への貢献度』を増やしてくれるモノ、と……」


「そうだ。だから貴族連中なんかはまず好んで成長の種を子供に食わせたがる。最初のうちは貢献度が増えれば、技能の書を使わなくても祈祷があっさり成功するからな」


「ふむふむ、そして二つとも見た目は小さな種だけど、発光していて出れば一発で分かるわけですね」


「あぁ、間違って『種屋』に売ったアホなんて、ワシは一人も見たことがない」


「それで特殊付与装備は、初級ダンジョンだと買い手を選び過ぎるから、オークション一択ですか」


「うむ。初級ダンジョンが適正のヤツラには高値過ぎるし、手が出せるような強者はいくら特殊付与とあっても、よほどでなければさらなる上位素材を選ぶ。故に6等級以下は貴族連中と一部の蒐集家しか買い手なぞおらん」


「ってことは、安値で焦って売ろうとしちゃダメなタイプですよね?」


「その通り。どの道競り合いが期待できないなら、安売りなどせず一人が食いつくのを待つ方が効果的だ。おまえ、なかなか見込みがあるな」



 一人身なんて仲間から装備やアイテムを融通してもらえないから、ひたすらサブアカウントで露店巡りかオークション張り付きが基本だったからな。


 懐かしい記憶が蘇り、オークションで山ほど欲しい物を競り落としたい衝動に駆られるが、まだまだそいつは我慢だ。


 そもそも軍資金が乏し過ぎて、この程度ではあっという間にパンクする。



「で、技能の書は特定のスキルを得たりスキルレベルを上げるためのモノで、厚い本が出れば1発習得が確定と……この『色』はレア度でいいんですかね?」


「そうだ。職業の書は初級職、中級職とで色が分かれているから分かりやすいが、技能の書は難解で全ては解明されていない。取得難度が関係していることは間違いないがな」


「……これ、もしかしてその上の色もあります?」



 そう問うと、おじさんは顎を摩りながら、興味深そうに俺を眺めた。



「"黄の書"よりも上とされる"緑の書"は確実に存在している。が、この初級ダンジョンで出たという記録はない」


「なるほど……ということは、もっと上のダンジョンですか」


「そういうことになる。だが初級ダンジョンとは言え、現実的なところで一番夢があるのはコイツらだ。もし分厚い黄の書が出れば、その時点で一生金に困らなくなる可能性は高いぞ? 技能の書は中身によって価値がまったく異なるから、ドロップしてもそこからさらに運も絡むがな」


「中身というのは、何に該当しているか、ということですよね?」


「そういうことだ。結局は需要性と希少性次第、薄い青の書でもオークションで億の値が付くことだってある。特にここ10年くらいはレア物の価値が上昇し続けているからな」


「……戦争が活発になってきているからですかね?」



 たぶん、正解ではあるが的は射ていない。


 そんな気がするも、思い至った考えを否定したくて、本音を自分の口からは言えなかった。


 が――、



「うちを出入り禁止になっているどこぞの大富豪様が、代理人を使って買い漁っているという話はよく聞く」



 やっぱり、そういうことらしい。


 それどころか一時はダンジョンの運営権まで奪いに来たらしく、全ハンターギルドが敵に回る覚悟で抵抗したため、なんとか収まったという話を聞いた時は、もう俺の中で「コイツ、いいかな」って感情しか湧いてこなかった。


 さすがにそろそろ限界だろう。


 マリーとかいう女はちょっとやり過ぎだ。



「はぁー……すみません、話を逸らしてしまいましたね。それで『叡智の切れ端』というのは、どんなものでしょう?」


「教会関係者は『聖書』なんて言い方をしているが、一般的には神によって最初に記された書物――『源書』と呼ばれる本の一部、そういうことになっている」


「なっている?」


「誰も完成品など見たことがないからな。切れ端の裏には高レベルの【異言語理解】持ちでも解読できない謎の文字と、2種類の数字の計3つが書かれていて、最初の数字が大きいほど希少度は高い。が、100番台が存在するらしいというくらいで、実際どこまで続いているのかは分かっていない」


「……か、書かれている内容は?」


「様々な『真理』だよ。一説にはこの世の全てが記されているなんて話もあるが……どうなんだろうな」


「……」



 頬杖を突きながらも口角を上げ、楽しそうに話す目の前のおじさん。


 しかし俺は、そのあまりの内容に言葉を失う。


 この事実によって繋がる部分が、色々と見えてくるからだ。



「何やら集めたそうな顔をしているな?」


「それは、もう、凄く……」


「くくっ、敵は多いぞ? 『叡智の切れ端』に異常な執着を見せている教会関係者、大国を筆頭にそれぞれの国だって未収ナンバーを積極的に集めていると聞く。当然切れ端は収集している富豪だって多い」


「それでも、コツコツと集めてみたいですね。その過程も、集めた後も楽しそうですし」


「結構なことだ。だが、気をつけろよ?」


「え?」


「集めたところで所詮は紙切れ。、火が付けば灰となって消え失せる」


「……そうですね。肝に銘じておきます」



 今まで集めた者達の末路、かな。


 それは当然ただの火事なんてことではなく、たぶん集めても集めても、結局は戦争で灰となり、振り出しに戻るという愚行を繰り返してきたんじゃないかと思う。


 そうじゃなきゃ、一番安い切れ端でも300万ビーケって、さすがに値が下がらなすぎる気がするしね。


 その後も次回のオークション開催予定日、スキルリセットに繋がる情報など、いくつか気になる部分を確認し、満面の笑顔で現物アクセの【鑑定】を依頼をしにきたハンターが訪れたところで講習会はお開き。


 途中からは売るではなく、買うことも視野に入れていることがバレバレだったっぽいけど……


 まぁいっかと開き直り、深くお礼をしたのち、籠の中身を抱きかかえて拠点へと帰還した。

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