10章 オルトラン王国編
第297話 報告
「ん~ちょっとずつ暖かくなってきたかな?」
ほんのりと暖かい日差しを浴びながら、フレイビル南部を通る大きな川の先へと視線を向ける。
4つ目の国『オルトラン王国』は、どこまでも続く草原地帯が広がっていた。
西方面へ目をやれば僅かに奥へ広がる森が見えており、地図の配置からしてもパルメラ大森林と隣接している国なのだろう。
「お邪魔しまーす」
上空から国境を飛び越え、ひとまずは南東へ。
今回はフェリンの要望もあって、真っ先に初ダンジョン――『救宝のラビリンス』へ向かう予定だ。
事前情報ではオルトランの東寄りにあるらしく、目印となる大きな湖と、ダンジョンを囲うように『サヌール』という、この国の王都よりも巨大な街が存在しているとのこと。
本当は下を見ながら街道沿いに移動すれば間違いないが、今となっては迷子になろうがどうとでも軌道修正できてしまうからな。
マッピングを捨てた移動ならば、何より視界情報が最優先。
飛行高度はどんどん上がっていき、より飛び方も大胆になっていく。
「滑らかに、羽ばたくイメージを……滑らかに……」
魔力消費が前提のバーストとは違う、根本的な飛行性能の向上。
身体を覆った黒い魔力は背中を巡り、朧げな形を形成しながら徐々に広がりを見せていった。
少しずつ、ゆっくりでも、自分のモノにできるように――
オルトラン初日。
雲一つない青空の下、こうして4か国目の旅が始まった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
大陸北西に位置するエルグラント王国。
その王城にて、金属音を鳴らしながら歩く一人の男。
「あっ! お戻りになられたのですね!」
「お、お怪我は?」
「今回もお疲れのご様子、のちほど癒しにお伺いしますから」
次々と掛かる女性達の声に笑顔を向けながら手振りで答え、ようやく辿り着いた自室で安らぎを得たように深く息を吐く。
迎えるのは燕尾服を身に纏った一人の女性。
「セラ、急ぎで装備の補修を頼むよ。またいつ出ることになるかは分からないから」
「承知しました。戦況は――その様子を見るに、芳しくないようですね?」
「アロイズの方に侵攻している連中は一掃できたけど、要所のビブロイア砦は陥落した。こうなるともう時間の問題かな……」
「それでも飛竜部隊による援軍は継続でよろしいですか?」
「ああ、頼むよ。あの国が落ちれば、いよいよ帝国の戦力は全てが北を向く。それまでになんとか間に合わせないとね」
状況報告を受けながらも手を動かしていたセラに紅茶を差し出され、男はゆっくりと、味わうように口へ含みながら雨に濡れた城下を眺める。
望まない日常、それは帝国にあの男が現れてからだ。
徐々に甘い生活は影を潜め、特にこの2年ほどは日夜戦いの場に立つことが当たり前になっていた。
呪いのように纏わりつく、期待と重責。
それでも――
(『勇者』なら、絶対に挫けたりはしない)
光無き夜空を鋭く睨みつければ、男の腰に細い指が触れた。
「セラ……」
「殿下、そのように気を張っていては疲れも取れませんよ。それよりも――」
男はそういうことかと肩を抱いたが、"それどころではない"と、あっさりその手を払われた上で言葉は続く。
「私からも大事なご報告が」
「え?」
「本日密偵の一人から、ロロ鳥を使った伝報が届いております」
「ロロ鳥……」
鳥による伝達法はいくつか存在し、目的地に辿り着くという意味で成功の割合を高めるなら耐久力のある魔鳥に。
速度重視ならば猛禽類か、【魔物使役】のスキルレベルが高ければ上位ランクの魔物を活用するということもある。
だがしかし、ロロ鳥はかなり特殊だ。
耐久力も速度も他より劣るが、手紙や木板といった証拠物を一切持たず、『鍵』となる決められた言葉をきっかけに伝文をそのまま『喋る』ので、秘匿性には優れていた。
つまりはロロ鳥が届いた時点で、その内容は相当に重要ということ。
セラが持ち出した鳥籠を見て、男はたしかにそれどころではなかったと一人納得しながら頷いた。
「解錠:『ベルバ・スペイ』」
『タイリクチュウオウ、フレイビルオウコク、Aランクカリバ『クオイツ』ニテ、『トクイナソンザイ』ヲカクニン。ソラヲトビ、クウカンマホウヲ、ショジシテイルカノウセイ、タカイ。イセカイジンカドウカ、フメイノコドモ。ナハ『ロキ』』
ロロ鳥の語る伝報に、暫し押し黙る二人。
「フレイビル……ドワーフがいる鍛冶師の国か」
「そのようですね。異世界人か不明とありますが、もし本当に【空間魔法】を所持しているのならば確定と言ってもいいでしょう」
「未だ取得条件が不明だしね。子供ということなら猶更その可能性は高いか……上手く仲間に引き入れられれば、この状況を大きく変えられる可能性もある」
「えぇ。あの"金の亡者"は別として、ハンス氏が中立の立場を貫いている以上、【空間魔法】だけでも戦況に相当な影響を及ぼすことは間違いありません。ただし、逆も然り、ですが」
「『ロキ』か、早急に接触を図ろう。ただでさえ後手に回っているんだ。これ以上帝国に転生者を押さえられたら、この王都だけは守れても、他はかなり難しくなる」
「それはもう、国を失うと同義ですね」
突如入った異世界人の報告。
それは吉報とも凶報とも取れるもので、だからこそ未来を手繰り寄せるため、望まぬこの状況から脱却するために『勇者』はその手を伸ばそうとする。
果たして現状を好転させるための『特効』となるのか、それとも中から喰い破る『猛毒』となるのか。
この時点では知る由もなかった。
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