第293話 ランカー申請
翌日、俺は諸事情により、一旦ロズベリアの町を訪れていた。
以前いろいろと教えてもらった傭兵ギルドのお姉さんに依頼完了認定書を渡せば、中身に視線を落とした瞬間から固まって動かなくなる。
「あのー、お姉さーん?」
「あ……え? これ、ほんとに? っていうか、なんでここ?」
同じフレイビル国内と言ってもロズベリアは最北端で、ギニエは南西。
なんでわざわざこっちに依頼完了認定書を持ってくるんだって気持ち、すんごく分かります!
「本物ですよ。ギニエの町の傭兵ギルドはバーナルド兄弟の手に落ちていて、既に全員が領兵に捕縛されてました」
「ウソでしょ……って思ったけど、ごめんなさいそういう案件だったわね」
本当なら町の事情を知っているギニエで手続きしたかったんだけどね。
今朝行ったら無人で、奴隷領兵が自信満々に全部捕まえたっていうんだから、これはもうどうしようもない。
お姉さんでは処理しきれない内容だったのか、例の個室に誘導された後は少し待たされ、代わりに出てきたのは妙に小奇麗な恰好をしたおじさん。
ハンターギルドのギルマスと違い、商人のような雰囲気を醸し出しているが――うん、まったく戦闘タイプじゃないな。
「ロズベリア支店の責任者、オズウェルです。お噂はかねがね伺っております」
「はじめまして、って、ん……?」
「素晴らしい移動の術をお持ちだとか。それにクオイツでも相当暴れられているらしいですね」
「アハ、アハハハ……」
情報漏らしてんのはどこのどいつよ!?
って思ったけど、解体場では人でなしと呼ばれているし、狩場でも散々他のハンターに見られているのでまったく的が絞れない。
ウン、これはもう自業自得だな。
「こちらの依頼完了認定書をもって依頼完了となります。懸賞金は今お支払いしますか?」
「え、えぇ、そうしてもらえると助かりますが……ずいぶんあっさりですね?」
「認定書は正式なものですし、実行可能と思われる人材が依頼にあたっているのです。疑う余地もありませんよ」
「そんなものですか」
なんかむず痒いが、こうなると逆に誰かが情報漏らしてくれて感謝だな。
知らぬところで勝手に信用を得られているっぽい。
「ただ1点だけ、確認を」
「なんでしょう?」
「なぜ、この依頼を受けられました?」
「あー……」
「失礼ながらハンターとしての推定収入を考えれば、ロキさんがこの程度の懸賞額を魅力に感じるとは思えません。となれば、何か別の理由でもあるのか? と思いまして」
正確な期間は分からないが、少なくとも1年以上は達成できるような実力者が見向きもしなかった依頼だ。
だからなぜ俺が手を出したのか、疑問に思われるだろうなとは思っていた。
が、まさか直接突っ込んでくるのか……まぁ、構わないが。
「単純に興味が湧いたからですよ」
「……興味、ですか」
「元ランカー2名が一つの町を支配するなんて、少なくとも僕は今まで見たことがない規模の依頼内容でしたから。なら、興味が湧きません? 纏めている人間はどれほどのモノで、どのように支配してるのかなって」
「そのお気持ちは分からないでもありません。しかし普通であれば、そこから見返りと背負うリスクを勘定に入れ、行動に移すかどうかの選択をするものでしょう?」
「もちろん。その結果として"美味しい"と判断したから行動に移しています。現金化の手間はありますが、規模が大きければ懸賞金以外の戦果も豊富にあったりしますしね」
「なるほど……分かりました、ありがとうございます」
間違っても"興味のついでで片付けた"なんてことは言わない。
言えば金銭欲が低いと判断されて、今後の報酬面に影響を与える可能性も出てくる。
その意図を察してくれたのか、満面の笑みを湛えながらオズウェルさんが差し出したのは、歪な形をした半透明の小石だ。
「ロキさんの実力とお考えであれば、今後は指名依頼を希望する者も出てくるでしょう。今は身につけられていないようですが……ぜひコチラを、バングルにはめてご使用ください」
「えーと、これは共鳴石でしたっけ?」
「そうです。指名依頼のお話があった場合のみ、共鳴石が丸1日は緩く光り続けます」
「なるほど……結構長いですね。光った場合はどちらに向かえば?」
「指名依頼に関しては、全て王都『グラジール』の中央傭兵ギルドで管理しております。地方ギルドだとクローズドの指名依頼は情報が届いていませんから、その点だけはご注意を」
「了解しました。ではまだ王都に行ったことがないので、極力早めに場所の確認だけはしておきます」
「それと『フレイビル国内傭兵ランキング』に私オズウェルが推薦しますので、ロキさんの登録申請をさせていただこうかと思っていますが、よろしいですか?」
「ランキングボードのアレですよね?」
「ええ。実績が乏しければ名は知られておりませんから、ランキングでその名を売らねば指名依頼はまず入りません」
それはまぁ、そうだろうな。
この国の出身でもないのだから、俺のことなんざロズベリアとギニエの一部しか知らない。
ならば当然だろうと、深く頷く。
「ランキングの更新は三月に一度、年に4回更新しております。なのですぐのすぐに反映されるというわけではありませんが……今回の結果を基にロキさんのランキングを考査し、遅くとも2ヵ月以内には反映されているかと思います」
「分かりました。一応の確認として、登録申請したけどランキング入りできなかったってパターンはありますかね?」
「さすがにそれは……。1年以上放置された厄介な依頼の達成は大きいですし、何より元25位と38位のランカー2名のほか、バーナルド一家という組織を相手取ったわけですから。ただ……」
「ただ?」
「順位に関してはなんとも言えません。個体戦力と呼ばれる個々の実力だけでなく、今までの実績や依頼達成率も加味されますので、元25位を倒したからそれ以上になる――というほど単純なモノではないこと、事前にご了承ください」
「あ~それは大丈夫ですよ。そこまで順位に拘ってるわけじゃないですしね」
今後もフレイビルを拠点に活動していくわけでもないしな。
あくまでランカーになるとどうなるかという、一つの実験のようなモノ。
俺にとって美味しい指名依頼が入るようなら、他の国でもランキング狙いを精力的に頑張りましょうという、ただそれだけの話だ。
その他にも細々とした確認をし、久しぶりに見る白金貨30枚を貰ったら用事は終了。
今がロズベリアなら丁度良いかと、まったくマッピングが進んでいない東方面へと飛行を開始した。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
傭兵ギルド、ロズベリア支部の看板受付嬢オレイアは、軽やかな足取りで戻ってくるオズウェルの姿に顔を顰める。
原因は当然あの少年。
それは分かっていたが、常に存在していた眉間の皺が消え去るほどに大きなことなのか。
たしかに支部からしてみれば、国内最長の可能性すらあった不人気依頼を片付け、おまけにわざわざこの町で報告してくれたことは非常に大きいけれど……
「ギルマス、そんなに嬉しいことなんです?」
思わず問えば、瞬く間にいつもの深い皺が眉間に寄る。
「あの少年の真の狙いを理解しておらんから、そのような疑問が生まれるのだ」
「と、言いますと?」
「あの依頼は金以外の目的……その先を視る者でないと受けることはないと思っていた」
「つまり?」
「分からんか? 繋がりだよ。あの町は小規模ながら領都という側面もある。そんな町を救ったとなれば、当然領主との繋がりもできるだろう? 端的に言えば、貴族に恩を売ったとも言える」
「なるほど?」
「あの少年は表面的な懸賞金に囚われず、そこまで見据えて"美味しい"と判断したのだ。ふふっ、個体戦力のみならず知恵も働くとは……まさに逸材よ」
言いたいことはなんとなく分かった。
でも、なんでギルマスが喜んでいるのか?
未だ首を傾げるオレイアに深い溜息を吐きながらも、オズウェルは解説を続ける。
「まだ分からんか? あの少年は望んで貴族との繋がりを求めているのだ。となれば傭兵としての適性は十分。金と地位を与えれば、国や貴族連中の犬となってくれる公算は高い」
「傭兵ギルドって、そんな人達ばっかり求めてますもんねぇ」
「ふふっ、ふはははっ……あの様子は他国でもランカーどころか、まず共鳴石すら得ていない。容姿からしても、東の国からAランクを目指し続けた生粋のハンターだったのだろう。推薦するのは私だ。私がとんでもない原石を掘り起こしたのだ……これで私の評価は――」
壁に向かって高笑いを続けるオズウェルの背中に冷ややかな視線を向けながら、オレイアはかつてのバーナルド兄弟とあの少年を思い返す。
兄のアシューも弟のアスクも、傭兵として現役の時代はロズベリアを拠点にしていた。
当時はただのパーティ仲間だったはずだが、Aランクハンターとしてクオイツで狩りをしながら、この傭兵ギルドで要人警護の依頼をこなしていたのだ。
オレイアはその当時も受付嬢として、彼らの対応をしていた。
アシューは口数の少ない男だったが、それでも仕事には誠実だったと記憶している。
国にとって都合の良い駒になれるかどうか。
そう考えるとオレイアには、どうにもあの少年が『犬』になるようなタイプには見えず――それこそ、アシューと同じような雰囲気をなぜか感じてしまった。
考えてみれば、アシューとアスクがランキングから除外されたのも、依頼主である貴族と揉めに揉めたのが原因だったはずだ。
たぶん、私じゃ無理。
何も根拠があるわけではない、受付嬢としての、そして女の勘も多分に含まれている。
が――――。
責任者であるオズウェルが納得しているならそれでいいかと、オレイアは深く考えることを放棄した。
それほどまでの役職と給金を貰っていない。
ならば不相応、自分にとっては考える必要もないことだ。
(そろそろ国ではなく、私に従順な次の『犬』を探さないとねぇ)
そんなことを考えながら、オレイアは爪の手入れを始めるのだった。
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