第276話 見えてきた特殊スキル
(リセットはウザいが、今のうちに把握できて良かったな)
俺は思いのほか冷静に現実を受け止めていた。
魔物のリポップ疑惑が出た辺りから、もうこの世界を完全なリアルだとは思っていない。
リアルにゲームを織り交ぜたような……いや逆かもしれないけど、そんな魔訶不思議で歪な世界。
だから今後もボス討伐を続けていく上で、離脱再戦が有効なのかも余裕がある時に確認しておく必要があった。
クイーンアントにしろヴァラカンにしろ、今までの表ボスは全て隔離されたような広いボス部屋が存在していたのだ。
果たしてその空間から脱出、もしくは全滅して、誰も戦闘継続者がいなくなった場合にボスはどうなるのか。
その答えはゲームによって異なるも、ボスであればまず環境リセットになることの方が大半だろう。
つまりは"最初からやり直し"だ。
個人的には逃げてもボスのダメージがそのまま――なんてリアルに寄せた展開を期待していたわけだが、この結果を見る限りはどう考えてもダメ。
あっという間に水量まで戻っている時点で、この空間がリセットされたと考えるしかない。
ダメージがそのままなら、転移逃げを駆使していくらでもセコい手が使えただろうに……
「そう都合良くはいかないか」
そう呟きながら、とっとと水を捌けさせるべく湖面に小石を投げ入れた。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
蛇のように
その高さは10メートル近くにもなり、鋭利な爪を携えた前足や、人など簡単に丸飲みできるほどのデカい口が、まるで上空から降ってくるかのように襲ってくる様は、近接職にとって相当な脅威だろう。
攻撃魔法に対しては反射先が不規則なオートカウンターが発動し、術者だけでなく離れた別の仲間に同士撃ちまでしてしまう可能性もあるため、遠距離魔法部隊は手が出せず。
おまけに壁面からは、固有スキルと思われる高圧の水の線が槍のように襲ってきていた。
(これも、ランダムか……?)
頻度は低いものの、発射位置が不規則過ぎて次射の予測がまるでつかない。
明らかにターゲットが俺に固定されており、【水属性耐性】をゴリゴリに上げていても痛みで顔が歪む。
それでも身体を貫通しないなら問題ないと、大剣を振り回してガルグイユの首を執拗に攻撃し、傷口を広げていく。
すると、僅か5分ほど。
「コォアアアアアアアアアアアア……ッ!」
ガルグイユの長い首が真っ直ぐに上を向き、大きく啼いた。
それは今までのような悲鳴とは違った啼き声で、それを合図とばかりに先ほど水の流れていた無数の穴から、今度は多量の水が噴出する。
どう見てもフェーズの移行、第二段階に突入だろう。
「やっぱり首ばっかり狙うと早い……って、お、おぉ、おぉおおおお!?」
【気配察知】のおかげで、地底湖より上に存在する穴からも大量の水が噴出し始めたことにはすぐに気付けた。
が、あまりの量に避けきれず、豪快に頭から水を被り、濁流に飲まれたかのように身動きが取れなくなる。
(やばっ……このままじゃ、もってかれる)
驚きも寒さもあるが、一番にあるのは危機感だ。
このまま水に飲まれれば、急速に元へ戻りつつある湖の中に落ちる。
そうなれば――
「巨大な、竜巻よ、水を、弾き返せ……ッ!」
咄嗟の判断だった。
自分を中心に発生した風の渦が水を巻き込みながら旋回し、僅かな空白地帯を作りだす。
その間に上空から降り注いでいた水を縫うように避け、なんとかボスフィールドの天井へ。
――【発火】――
「さぶっ……冬場に……はぁ……挑むボスじゃ、なかったかも……」
挑んだ時期に若干後悔し始めるも、呼吸を整えつつ真横の穴からゴォゴォと噴き出す水のゆく先を眺めていると、あっという間に湖は水で満たされ、しかしそれでも放水現象は止まらなかった。
そのまま周囲を囲う僅かな陸地を飲み込み、途中で部屋上部に存在する穴からの放出は止まるも、その水嵩は徐々に増していく。
もし俺が、【飛行】できなかったらどうなっていたか。
行動範囲が広がり、水中をゆっくりと泳ぐガルグイユの影を見て思う。
……きっと既に地獄の水中戦が開始されているだろう。
逃げ道は入り口だが、全員が逃げればボスはリセットされるから安易には逃げられない。
というよりあんな滝つぼに飲まれたような状況の中、そう都合良く全員が入り口に逃げるなんてことができるわけもない。
自分達が狩る側だった第一段階から一転し、第二段階は狩られる側へ。
満足に身体を動かすこともできない中、ここで多くのハンター達が命を散らしていく姿が容易に想像できた。
そして天井に張り付いていた俺にも、ようやく『窒息』という言葉の意味が分かってくる。
「おいおいおい、マジかよ……」
水嵩が増すと言ってもどこかで止まり、部屋の上面部分くらいは空間が確保されるものだと思っていた。
が、そんな期待も空しく部屋は全てが水で満たされ、これはマズいと【空間魔法】で僅かに削ったお手製の穴にまで水が浸入。
ここで現状の安全地帯は、途中で水の放出が止まっていた『元から上面に存在していた穴』だと理解するも、今更気づいたところでもう遅い。
急に満たされた水が流動し始め、渦潮の如く強烈な力で身体の自由が奪われる。
これがスキルを覗いた時に存在した、見覚えのない固有スキルの一つ……!
「うぐっ……水の、動きを、止めろ……ッ!」
水中でなんてまともにしゃべることもできない。
それでも水を操作するイメージを作り、【水魔法】で強引に流れを止めようとするも、ボスの能力に負けているのか、咄嗟に放った魔法ではその動きを止めるまでには至らない。
それでもなんとか身動ぎできるくらいにはなったところで――
(速刃……ッ!!)
水流で光源用魔法を消され、視界がほぼ潰された中で襲いくるガルグイユを咄嗟に迎撃する。
冷静に考えても、安全地帯に入り込めなかった者の末路はまさに絶望だ。
視界が潰され、空気も吸えず、まともに身動きすら取れない中で巨大な竜に食われていく。
このままでは、脱出できない。
流れに逆らい、とにかく上へ。
俺だって【気配察知】頼みのこの状況は危険極まりないが、水は底に排水されていくように下へ下へと強い力で流されていた。
ならば上空はもう水が存在していないはずなのだ。
度々襲いくるガルグイユを【水魔法】【硬質化】【剣術】で凌ぎ、発動の遅さに苛立ちながらもようやく部屋の上空へと転移。
呼吸を整えながら、現状把握に努めようと――
「ハァハァ……――ッ!? ふ、ふざけやがって……ッ!」
咄嗟に腕をクロスし、顔を守る。
少し油断したらすぐコレだ。
別々の方角から圧縮された針のような水槍が時間差で2本飛んでくるので、逃げ込むように上部の穴へ入って様子を窺う。
……すると水が排出されるにつれ、次第に大人しくなってゆくガルグイユ。
(なるほど。攻撃に耐え、排水の流れにも逆らい、無事凌ぎ切れればボーナスタイムに突入、これがワンセットってわけね……)
結局は水の中に住む魔物、その水が無ければできることは少ないらしい。
たぶんこのモードになれば、あのオートカウンターが復活するのだろう。
ならば――おまえはただのデカい的だ。
「もう、ここで殺しきる……!」
下降しながら大剣を両手で握り、今まで与えてきた傷の上から重ねるよう強く斬りつける。
「グガァアアアアアアアアア!!」
咄嗟に首を捻られズラされるも、もとからそこまで太くはない。
これだけでも、相当なダメージが入っているはずだが、本番はここから。
ヴァラカンの時と同様に武器を投げ捨て――
――【捨て身】――
――【硬質化】――
そのまま【体術】と【爪術】のコンボを使いながら『貫手』で傷跡に肩まで手を突き入れる。
「ギョゴオオッ!?」
そして――
「あっはーっ! 捕まえたーッ!」
――手を首の中で強引に動かし、目的の骨を見つけて無理やり掴む。
かなり太いが、こいつはもう、意地でもこの手は離さない。
「身体中の、骨も血肉も、焦がして、爆ぜろ、"爆雷"ッ!!」
「ゴォオオオァアァアアアァ……ッ!?」
ガルグイユの体表から吹き上がる煙。
「あはは! 【鏡水】ってスキルも、身体の中に魔法撃たれたんじゃ意味ないよねぇ!?」
スキルを覗いただけなので、実際のスキル効果までは分かっていない。
だが何度か試した結果を見れば、体表に触れる手前で発動する類の防御壁だ。
しかも水の膜が必要ということならば、そんなモノを生み出す隙間もない体内に打ち込めば関係なくなる。
「オラァ!! 雷よ、頭ン中の、細胞壊して、弾け飛べ、"爆雷"ッ!!」
「グゥウウウウアアアアア……ッ!!」
それでもやはり単純な魔法防御力値が高いのか、【雷魔法】のレベル8を初めて使っても、首がふっ飛ぶような事態にまではならないな。
まぁ肉は使い物にならなくなりそうだが、皮などの装備素材に転用可能な部位がまともならばそれでいい。
武器を投げ捨てて魔力回復量は落ちても、それでもまだまだ潤沢過ぎるほどだ。
何発でも、撃ち込んでやる。
「頭ん中まで、痺れて……ぐおっ!?」
不意に首が強く揺れ、俺は首の中に手を突っ込みながら振り回される。
ぶら下がりながら見上がれば、ガルグイユの頭は真上へ。
「コォアアアアアアアアアアアア……ッ!」
一度聞いている、悲鳴とは違うこの啼き声。
あぁこれは、どうやら『第三段階』へフェーズが移行したらしい。
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