第254話 勉強会
「アリシア~? 差し入れだよー?」
「あ、ロキ君。今いいところなのでちょっと待っててくださいね」
「ほーい」
返事をしながら空き地に作られた休憩用の焚火スペースに火を付け、石の机にいくつかの食べ物を並べていく。
なんだかんだと毎日様子を見に訪れている上台地。
日増しに変貌を遂げていったその姿は既に落ち着いており、今ここで活動しているのもアリシアくらいしか見当たらない。
そしてそのアリシアはログハウス作りの大詰めといった感じで、屋根の製作に取り掛かっていた。
なんだか格好もヒーラーから作業着を着た職人みたいになっており、へっぴり腰でもどんどん作られたモノは様になってきている。
さすが【建築】レベル10の神様。
よく分からないけどコツを掴んできているっぽい。
「ふぅ~お待たせしました」
腕で額の汗を拭い、カラリと良い笑顔を向けるアリシアがなんとも眩しい。
「いえいえ~あとちょっとだね。最初の傾いていた頃に比べたら別物に見えるよ」
「ふふっ、せっかくなら良いお家を作りたいですからね。魔王――ゼオさんだけでなく、教会に訪れる人種の記憶からも技術を学んでいるんですよ?」
「おぉ、さすが神様だね~! あ、それならさ。『釘』を使っている人もいたよね?」
「釘? それは――……まだ聞いたことがないと思いますけど?」
「あれ? 鉄の細い棒をトンカチで打ち込んで、木と木を固定させちゃうやつなんだけどさ。もしかしてこの世界だとまだ無いのかな?」
大工作業と言えば真っ先に出てくるのは釘で、ゼオは亜人だから昔ながらのやり方を実践していると思っていた。
剣や槍などの鉄製品は普通にあるわけだし、釘くらいならどこかにありそうなものだけど……
「もしかして、地球だと当たり前にあるモノですか?」
「どこの家でも、よほど特殊な場合を除けばまず使ってるだろうね。ん~もしかしたらどこかの地域で情報が止まっているのかもしれないし、こないだ見せた町の協力者に作れそうか聞いてみるかな?」
「ぜひ、お願いします!」
ふーむ。
あまり出回っていなければ相談する価値があるかもしれないな。
グルグルしているネジは厳しいかもしれないけど、釘くらいならたぶん誰かが作ってくれるだろう。
お金になるかはその後の話だ。
「それにしても、ごめんね。全然手伝えなくて」
「良いのですよ。ロキ君が何を重視しているかは理解していますから」
当初から言ってはいたことだが、それでも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
俺はまだまだ魔物を倒して強くなりたい。
少なくともハンスさんという大きな目標と出会い、その強さを実感してしまった以上は、ここでのんびり家を建てている余裕がないのだ。
夜に細々とした手伝いをするくらいしかできそうにないし、フクロウから高レベルの【夜目】を取得すれば、夜間も暇さえあれば狩りに出てしまいかねない。
「それに」
「ん?」
「大変ですけど、何かに夢中になるというのは、凄く楽しいことを知りましたから」
「分かるよ、その気持ち。……じゃあはい、そんな頑張り屋さんにはコレを用意しました! 魔物の木から採ってきためちゃ美味しい果物です!」
南部のBランク帯に生息する魔物の木は、明らかに釣り用と思われる真っ赤な実をいくつも枝から垂らしていた。
安易に採りにいけば地中に隠された根で拘束され、鋭利な枝や他の根で串刺しにしようとするわけだが、無事倒せればプリプリに実った果実をゲットできるのだ。
最初はこれも罠かと疑っていたけど、【鑑定】を掛ければ『食用の果実』と判別はできる。
レベルが低くてそれ以上は分からなかったが、食用ならば食うしかないわけで、スパパッと切った後に一口齧った瞬間、果物としては過去一番の甘さに、「ウホッ」と休憩で座っていた俺の尻が浮くほどだった。
過去にベザートの教会で食べた高級果物、ラポルの実よりも数段上なのは間違いないと思う。
「わあ~物凄く甘いですよこれ! 美味しいです!」
「でしょでしょ~? Bランク魔物を倒さないと得られない果実だからね。いっぱいあるからどんどん食べて。あ、他の皆も食べるかな?」
「呼びますか? この時間は教会が忙しいので、リアは今動けないかもしれませんが」
「リルは回復までもうちょっと寝ていて、3人はもう旅に出たんだもんね」
フェリンや他の皆が、急ピッチで作業に当たっていたのもこれが理由らしい。
開拓の下準備を終え、既にそれぞれの女神様達が動き始めていた。
「えぇ。でもあの3人ですから、言えばすぐに来ると思いますよ」
「じゃあ買い出しに必要な物も聞いておきたかったからお願いしていい? リアはもし忙しかったら、どうせまた狩りにいくから別に用意するよ」
「では少し待ってくださいね」
そう言ってアリシアが動かなくなったので、その間に木皿を出してスパスパと謎の果実を切り分けていく。
すると10秒も経たずして次々と渦巻く青紫の霧。
どうも、数はちゃっかり5つあるように見える。
「美味しい果物があると聞きましたよ~?」
「凄い果物はどこ!?」
「食べにきた」
「ロキ君が来ていると聞いたのですが?」
「食べたら、元気になるかも、しれん」
「……」
まぁそんなもんだよねと思いながら、それぞれに切り分けた果実を渡していく。
リルにはしょうがないから、ユニコーンの生肉もあげておこう。
「はい、リルにはこれ。カルラが大絶賛で食べまくってたユニコーンの生肉。ゼオに【鑑定】してもらったら普通に食べられるみたいだけど、生が嫌なら焼いてもいいと思うよ」
「ほぉ!?」
「あ、私も食べてみたい!」
「赤いし、私も食べる」
リル、肉見た途端めっちゃ元気になるんだが?
リアも食べるの判断基準がよく分からない。
……まぁいいか。
今は皆が頑張ろうとしているわけだし、フェルザ様とは相変わらず連絡が取れていないようなので、女神様達が頑張ったところで誰も褒めてくれる人がいないわけだ。
ならばせめて俺が、些細でもできることで――
その後もなんだかんだと普通の食事を摂りながら、風呂職人としてこれだけは作ることが使命と感じている風呂の設置場所や中身をどうするか。
あとは町での買い出し要望なんかを聞いたところで、6人揃っているなら丁度良いかと俺から話を切り出した。
「え~では皆さん、丁度良い機会ですし、今から勉強会を始めたいと思います」
「「「「「「???」」」」」」
全員が理解できていないようなので、片付けた石机の上にドンドンドドーン! と先日購入してきた新しい本を置いていく。
チラホラ悲鳴が聞こえるけど気にしない。
「下界の知識を得るための貴重な資料です。言っときますがクソ高いので! くれぐれも扱いにはご注意を。では皆さん、一人一冊お取りください」
「「「「「「……」」」」」」
『軍部の強化 名馬育成法』
『大陸ダンジョン紀行 初編』
『魔道具一覧 2巻』
『猫を飼おう』
『私を誰だと思っている? ロマンドだよ』
『オークション主催国 その規模と傾向について』
『スキルレベル検証 農耕編』
並べたのは、このように記載された厚みの違う7冊の本。
正直、どう見ても数千万の価値ねーだろって突っ込みたくなる題名も混ざっているが、王都の書庫にある本を全部欲しいと言ったのは俺だからな。
こういうモノも含めて蔵書を増やしていく所存でございます。
「あ、私これなら読みたい!」
そう言って真っ先に『スキルレベル検証 農耕編』を取っていくフェリン。
そうでしょうそうでしょう、そう思って本を出したのですから。
次いでフィーリルも――
「私はこれにしましょうかね~」
そう言って取ったのは、あれ?
予想外に『軍部の強化 名馬育成法』を取っていく。
その本はリル向き、フィーリルは『猫を飼おう』を選ぶかと思っていたけど……まぁいいか。
「私はオークションに興味がありますね」
リステは『オークション主催国 その規模と傾向について』を。
リアは無言で『魔道具一覧 2巻』を取っていくので、俺もそろそろと『大陸ダンジョン紀行 初編』に手を伸ばす。
なんせまだ1冊も読んでいないのだ。
買った本を積み上げる趣味は無いんだが、宿暮らしでもないため、落ち着いて読めるような時間が今まで無かった。
「私は、これだな」
「え」
俺も間違いなく、普通に手を伸ばしていた。
が、横からリルが、視界がブレるほどの速さで俺の狙っている『大陸ダンジョン紀行 初編』を掠め取っていく。
なぜ、そこまで素早い? 病人ではなかったのか?
これじゃ、もう――
「動物を飼ってみるのも良さそうですね」
アリシアは、何事も無かったかのように『猫を飼おう』を掴み取った。
「……」
そうかそうか、俺はこいつか。
『私を誰だと思っている? ロマンドだよ』
いや、知らねーし。ロマンドって、誰だよおまえ。
頭上に光る球体を発生させ、全員分のコーヒーを用意したら、焚火に当たりながらそれぞれが本を読む静かな時間が流れる。
他にも過去に得た4冊の本を置いておいたので、読み終わってしまった人は別の本を読んだっていいだろう。
ロマンドさんは――ふーん、放浪の貴族?
なんか世界を旅した記録を残したっぽいが、どうも冒険者というよりは金で色々解決していたような雰囲気が文章からは伝わってくる。
専用馬車に専用御者って。
それにどのページを見ても、どこそこの国で食べたこれが美味かったとか、この地域にある風土料理は食す価値があるとか、料理関連な話がかなり目立つな。
というかこの人、自分のことを美食家とか言っちゃってるわ。
ロマンドさんがどの時代の人かは分からないけど、少なくとも出てくる地名に聞き覚えがない。
地域がはっきりしないんじゃ何の参考も――
そう一人ボヤきながらページを捲り、書いている内容を見て固まった。
『白い粒は小麦の替わりとなり、しかし代用では留まらぬ旨みを秘めていた。今回は茹でたモノを食したが、さらに東方では蒸す地域もあると聞く。ぜひ、一度は食べてみたいものだ』
(国名は―――『オルトラン』、でいいのか? その後にある『ドミア』という言葉からしても、こちらが地名な気も……)
「ごめん」
せっかく皆が静かに読んでいるというのに、邪魔をするのは申し訳ないと思った。
でも、どうしても、これだけは確認しておきたい。
「オルトランって国名、もしくは地名に聞き覚えってあるかな?」
すると、予想外にもリルがすぐに答えてくれた。
「ドワーフ王国の、近くだったはず、だ。あの辺り、だけは詳しい。この本にも、名前が出て、くる」
そう言って俺に見せる表表紙には、当然のことながら『大陸ダンジョン紀行 初編』と書かれている。
ははっ!
マジかよ。
つまりは――
オルトランは、『ダンジョン』と『米と思しきモノ』が両方存在する、最高の国ってわけだ。
ついでにリルへ「この本、ご飯の話しかしてないんだけど?」って言ったら案の定食いつき、そのまま本のトレードに成功。
一番興味のある『大陸ダンジョン紀行 初編』をペラペラ捲っていくと、やはりというか、俺の心にグサッと刺さる内容が多く記載されている。
初級だけあって、ダンジョンとは? というところから始まるので、まだまだ新米の俺には非常にありがたい。
本の内容によると、ダンジョンは、別名『神授の地』と呼ばれる特殊な場所で、その性質から古代人ではなく、もっともっと昔に神様が創ったモノと世間からは認知されている。
世界に3ヵ所あるらしく――意外と少ないかな? というのが率直な印象だが、しかし読み進めていく中でその特殊性を考えれば普通かとも思ってしまった。
俺が普段通う魔物の生息地は、当然ながら決まった魔物がおり、倒せば魔石や素材といった人々の生活に直結するモノを得ることができる。
しかしダンジョンの場合は出現する魔物がそもそも魔石を有しておらず、かつ死体もその場で霧となってすぐに消える――つまり同じ魔物でも前提がまったく異なるのだ。
魔石も素材も拾えない、じゃあいったい何を目的にするのか?
それは3ヵ所あるダンジョンの難易度にもよるらしいが、初編で纏められている初級ダンジョン『救宝のラビリンス』はこのように書かれていた。
◆『救宝のラビリンス』
オルトランに存在する地下迷宮型40階層ダンジョン。
出現魔物は多種多様だが、中心になるのは各種武器を携えたコボルト軍団であり、全階層通じて存在することが確認されている。
10層ごとの階層ボスの他、40層には『救宝のラビリンス』のダンジョンボス、『ミノタウロス』が登場するも、多くの者はそれらボスの姿を見かけることはないだろう。
ボス――守護者は倒されても半日で復活する上、倒せば希少ドロップの比率が高いとされているので、倒したければ現地で張り込む者達に参加交渉、もしくは排除する必要が出てくる。
◆ドロップ品
鉱物(10~6等級)・・・等級によるも、それなりにドロップする。
現物(10~6等級)・・・対象等級内現物武器、装飾品ドロップは稀にあり、極稀に付与付きが、極々稀に特殊付与付きのドロップ事例あり。
技能の書・・・種類や色、厚さにもよるが、極稀~極々稀にドロップ事例有り。
職業の書・・・種類や色にもよるが、極稀~極々稀にドロップ事例あり。
叡智の切れ端・・・極稀~極々稀にドロップ事例有り。番号による。
その他、ダンジョン内を狩り場とするハンターを『ドロップハンター』とも言うらしく、書物ではその者達を『ギャンブラー』と称していたが、それはきっと大正解なんだろうな。
なんせ魔物を倒したからと言って、必ず何かが落ちるわけではないらしいのだ。
本によれば何かがドロップする割合は50%程度で、しかもそのうちの多くは木の実や小さい種といったもの。
中には生きた生物――動物や魚なんかがその場に出現することもあるらしく、それらを食料にしながら滞在し、ちょくちょく落ちる鉱物の欠片を回収しつつ大物を狙う。
これがドロップハンターの生き方であり生業らしい。
一応鉱物は『神授の地』というくらいで特殊らしく、落ちるモノは少量でも非常に高純度品が必ずドロップする。
それもあって鉱物の等級――つまり10~6等級だと鉄~銀ってことになるみたいだが、相応の量を集めれば纏まったお金にはなる。
ただドロップ率の問題によって『外』で普通に狩る方が収益も安定して高くなりやすいため、結局はレアドロップに頼るしかない。
だからこその『ギャンブラー』ということになるわけだ。
対象鉱物の現物ドロップくらいなら通えば普通に出るらしいが……特殊付与付きとか、技能書&職業書とか、成長種とか。
すんごく魅力的に映ってしまうこれらのアイテムは、文字通り『極々稀』の激レアらしく、一部は30年通って一度もドロップしないなんてことも当たり前のようにあるらしい。
(その代わり、出れば初級ダンジョンでも一発で億の値が付くこともある、か……)
予想でしかないが、俺ならたぶん『成長の種』ってやつにゴリゴリ金を突っ込みたいって思ってしまうだろうな。
それにもし俺でも書を使って職業選択できるなら、上級職とかの『職業書』なら金に糸目を付けないレベルで注ぎ込む自信がある。
そして『救宝』とある通り、この世界のダンジョンとは報奨付きの世界延命装置のようなものなのかもしれない。
種が絶えた時用の
生物種の中に『人』は混ざるのかとか、なぜ防具は無いのかとか。
次々浮かぶ疑問を纏めながら、目の前の神様達に聞こうとして――
なんだかんだと皆が真剣に本を読んでくれている姿を見て、「危ない危ない」とソッと俺はかぶりを振った。
(はぁ~しかしこの世界は、いくら稼いでも金が足りそうにないなぁ……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます