第249話 覚悟
「いででで……」
「ロ、ロキ君大丈夫ですか!?」
「あー痛いけど大丈夫。ちょっと食らってみただけだからさ」
「なぜ、わざわざ受けるんですか……? もしかして変態なんですか!?」
「ど、どこでそんな言葉を!?」
あながち否定もできないだけに、そんな冗談は止めていただきたい。
それにしたくてこんなことをしているわけではないのだ。
女神様達が余裕なのは分かっているからいいとして、もしあの二人もこの地に住むなら、カルラは付近の魔物から食料や血の調達をすることになる。
だからわざわざ身体を張って、問題が無さそうか確認をしていたわけなのです!
まぁ俺と同じくらいの防御力なら、"かなり痛いで済む"ってことくらいしか分からなかったけど。
「ん~黒い象にどう見てもマンティコアっぽい獅子、あとはちょいちょい二足歩行になる、いまいちピンとこない凶暴な6本角の牛か。見事にパワー系の大きい魔物ばっかりだなぁ」
「そうですね。でもその分森の密度が一日目よりも低いので、開拓はしやすそうですよ?」
「それは、たしかに」
南の高台に立ち、周囲をグルリと見渡す。
高低差のある北と南の台地は、どちらも周囲の魔物分布がこの3種のようで、湖に魔物の気配は無し。
ヘタに魔法を撃ってこないのは楽かもしれないけど、黒象を筆頭に全部デカいので、武器で倒すとなればそれなりに苦労するだろう。
でもまぁ、とりあえずあの二人も住めないことはない。
今はそれが分かっただけでも十分だな。
マンティコアの持つ羽が本格的な飛翔能力を持つモノならマズかったが、どうも俺がかつて行なっていたピョンピョン修行程度の補助動作しかしていなさそうなのだ。
【挑発】かまして上空へ逃げても、せいぜい10メートルくらい羽をバタつかせて終わりという程度なので、これなら崖の中間にでも住処を作れば襲われることはない。
数百メートル転移するくらいなら魔力消費なんてほとんど発生しないわけだから、今のゼオでも使用はまったく問題無いだろうしね。
それにあの高性能過ぎる古代魔道具があれば、この付近に生息する魔物だってまず欺けるはずだ。
そうすれば、普通に森を切り開いて住むことだって可能かもしれない。
「どう? まだ本人達がこの場所を望むかって問題もあるけど……アリシアの考えは決まった?」
フィーリルとリステには伝えていたことだ。
予定していた秘密基地案に、ゼオとカルラを迎え入れるかどうか。
迎え入れるとなれば、少なからず接触する機会だって出てくるだろう。
それが問題になるということなら、今二人が住んでいる洞窟をそのまま拡張させることも視野に入れていた。
「プリムスの時代から蘇った吸血人種と魔王――災禍の魔導士ですよね。となればたしかに、もう帰る場所など無いのでしょう」
「うん。ゼオには俺しか頼れないっていう事情があるにしても、彼は俺を仲間だと言ってくれた。勝手に起こしちゃったのはこっちだし……助けてあげられる部分は助けたいんだ。もちろん俺も助けてもらうつもりだしね」
「まるで、私達とロキ君のような関係性ですね。私達は一方的に甘えてばかりですが」
「そんなことはないけど、でもまぁ、近いところはあるよね。お互いが不足している部分を補う、みたいな?」
「ふふっ、私は構いませんよ?」
……随分とあっさりした返答だ。
だからこそ、逆に不安を覚えてしまう。
この秘密基地計画はアリシアのために考えたと言っても過言ではない。
人目につかず自分のやりたいことを見つける場所のはずなのに、結局この世界の住民も混ざるとなれば、様々な不都合が発生することは容易に想像できた。
「……本当に、大丈夫?」
だから無理をさせてまで押し通すものではない。
それにゼオとカルラは住む場所にまったく頓着が無いのだ。
あの洞窟でもいいと言っていたので、秘密基地に連れてこようとしているのは『仲間』という言葉に触発された、俺個人の願望であり我儘。
なのに――
「私達は、本当に駄目な女神でしょう?」
「……え?」
――まったく予想外の言葉が飛び出し、俺は自分の感じていた疑問も吹き飛ぶくらいに困惑してしまった。
視線をアリシアに向ければ、変わらず眼下に広がる大きな湖をジッと見つめている。
いきなり、なぜこんな話が?
そうは思うも、言葉が続かない。
今までの付き合いから、内心そう思ってしまう部分も多かっただけに、すぐさま否定することができなかった。
「ロキ君が何よりも求めているのは【空間魔法】だと、そう理解して私達も取得条件に関する情報を探っていたのです。かつて所有していた人物や所有の可能性がありそうな魔物、古代人種や長命種が生息していたであろう土地、希少書物を所有していそうな王家に、魔法研究を専門とする施設など」
「そう、だったんだ」
「その結果出てきたのは、長命種で存続が確実なエルフ種を重点的に探ること――たったこれだけです。しかもそのエルフが今現在どこで生活を営んでいるのか、教会にあまり立ち寄らない種族では情報が曖昧で、結局私達の調査はほとんど進むことがありませんでした」
「……」
「そうこうしているうちに、ロキ君自身が手掛かりを見つけ出し、加えてとうに途絶えていたはずの古代人種復活にも貢献頂いたのです」
「でもそれは、たまたまそうなったってだけだよ?」
「そうだとしても、私達では間違いなくあの場を見つけ出すことはできませんでした」
「……」
「もういい加減、気付いているのです。このままでは――このやり方では駄目だと」
心臓の鼓動が速くなっていくのを感じる。
……この流れは果たして大丈夫なのか?
たぶん、先日報告した転生者の件がまだ尾を引いているのだろう。
そう思うも、既に覚悟を決めたような眼差しで湖を見つめ続けるアリシアの言葉は止まらなかった。
「自らの思慮の浅さ、資質の無さを呪いたくもなりますが、私に選択する権利が無い以上は改善し、克服するしかありません」
「……」
「ロキ君という特異な存在が現れたことは、間違いなくこの世界にとっての転機。だから私達も――いいえ、まずは私達がこの世界のために変わらなければ」
「アリシア……?」
「いかなる処罰も、覚悟の上で――――」
そう告げた瞬間、アリシアの動きはピタリと―――なぜか、止まった。
「え? ちょ、ちょっと!? ねぇ!!」
声を掛け、肩を揺するがまったく反応はない。
あまりにも唐突過ぎるこの状況に狼狽えるも、俺にはどうすることもできない。
「フェルザ様が何か……? そ、そうだ他の皆に連絡を……!」
そう思って【神通】を使おうとした時、急にアリシアの背後でおかしな現象が発生する。
「青紫の霧……なんで、5つ……?」
見なれたはずの渦。
しかしそれはあくまで単体の話であり、同時に5つも渦巻くなんて想像もしていない。
つまりこれから起きることは――
「――私達はもう、賭けるしかないのです」
意識は渦巻く霧から声の主へ。
しかしその表情はあまりに険しく、瞳に灯る覚悟は恐怖すら感じるほどだった。
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