第212話 縄張り
翌日。
せめて混み合う前にと、朝からご飯を抜いてグリールモルグの北へ飛び立ち、Eランク狩場 《ワロー丘陵》を上空から見下ろす。
丘だろうが上から俯瞰すれば丸裸。
まずは所持スキルを把握してやる――そう意気込んでやってきたわけだけど、その気持ちはそうそうに挫かれてしまった。
「マジかよ……」
丘から少し外れた平地には、よく見なくても分かるレベルで存在している複数のテントらしきもの。
まだ日が昇ったばかりだというのに、いくつものパーティや個人が既に活動を始めていた。
他にもピーキーボアと、久しぶりに見るホールプラントもいるのにまったく相手にしていないし……
まさかの泊まり込みで羊狙いとは、この人達、相当マジである。
一応街道から極力外れるように、ワロー丘陵の奥へ奥へと飛んでみるも、泊まり込むような人達なんだから多少の距離なぞ関係ないんだろうな。
奥地は奥地で縄張りのように、いくつかのテントを密集させたグループがあちこちに存在しているので、こりゃダメだと思って思案する。
多くのハンターは――皮をこの場で剥いでいるわけか。
狩り担当、皮剥ぎ担当、荷運び担当と軽く組織化されているっぽく、テントの脇には火に掛けられた鍋が置かれていたので、狩った肉をそのまま食事に回している気配すらある。
(まいったな……)
一旦人があまりいなさそうな丘の上に降り立つも、出てくる感想はちょっとした諦めだった。
とりあえず周囲の残りモノを狩りながら様子をみる。
せめて5体は狩らせてほしい。
スキル次第ではそれ以上となるわけだけど、それでも極力こんな混み混みの非効率な狩場にいたくない。
そう思っていたわけだが、そもそもとして最初の5体すらどうやら厳しいらしい。
浮いたフォトルシープを発見したと思っても、高い位置から弓師があっさりファーストアタックを取っていく。
眺めているとそれでフォトルシープが死ぬわけじゃないんだが、魔物はヘイトを取ったその弓師に向かっていくわけで――
そこで待ち構えていたように、平均二人くらいの近接職が顔面をタコ殴りにする。
こんな狩り方が周囲でも確立されているようだった。
まるで弓の届くこの範囲は俺の陣地と言わんばかりの縄張り意識である。
真っ先に【挑発】を打つ?
いやいや、そこまで射程が長くない。
俺も弓のスキルレベル5なんだし、弓師になっちゃう?
いやいや、弓と矢が無いわ。
上空から発見次第ダイブしちゃう?
クッソ目立つよね。今更だけど。
ブツブツと可能性を考えながらも素早く移動し、スキルレベル3となって周囲90メートルをカバーできるようになった【探査】を使いながら必死に羊を探す。
いや、これマジで見つかんね――――――――、
え?
その時、背後20メートルほど。
丁度今しがた通ったライン上で急に気配が湧き、振り返ればそこにフォトルシープがいた。
コイツ、どこから出てきた?
真っ先に思うも、まず優先すべきは目の前の羊を狩り取ること。
俺が間違いなく一番近い。
弓よりも早く――そう思って咄嗟に取った行動は、持っていた剣をぶん投げることだった。
【投擲術】とかなり伸びた筋力値の影響か。
物凄い速度でカッとんでいき、フォトルシープに刺さり――そのままあっさり貫通して俺の剣はどこまでも飛んでいく。
ぬ、ぬほぉおおおおおーーーーーッ!?
俺の大事な剣がぁあああああ!!
【身体強化】を使い、【突進】も使いまくり、なんとかして100メートル以上先まで飛んでいった剣を無事回収。
とりあえず人に刺さらなくて良かったぜ~と冷や汗掻きながら戻ってみれば、見知らぬおっさん達が俺の倒した羊を回収していくところだった。
「え? ちょ……それ、僕が最初に倒したやつなんですけど!」
「あぁ? おまえどっか行っちまったじゃねーか」
「そ、それはまぁたしかにそうなんですけど……でも獲物の権利はファーストアタックなんでしょう!?」
「ファーストアタック? わけのわかんねーこと言いやがって……なんだよそりゃ」
「あぁ、最初に攻撃したやつって意味っぽいぜ」
「……ふーん、じゃあ俺達だろ。ホレ」
そう言われて指差す場所を見てみると、そこには一応矢が一本刺さっている。
「いやいや、どう考えても僕の剣が先だったと思いますけど」
「じゃあ証明しろよ」
「え?」
「証明できなきゃ世の中は多数決って決まりだぜ?」
「……」
あぁ、まただ。
男は自分が間違いなく有利に立っていると信じ、ニヤつきながら蔑んだ目で俺を見降ろしていた。
本当にいつになったら治るのか。
この目を見ると動悸が止まらなくなる。
決まってこういう目をしている時は――
「んだよ。さっきから邪魔くせぇガキがいやがると思ってたが……揉め事か?」
「あぁ、この新参がよ、ここのルールを何も分かっちゃいねぇ」
「フォトルシープを狩りたきゃ、どっかのグループに頭下げて入れてもらうのがここのルールなんだよ! 勝手なことしやがって」
「それにこんな大穴開けるような、下手くそな狩り方しやがってよ」
思わず、回収してきた剣を強く握るも、これは間違いなくルール違反だ。
自身に都合の良い独自ルールを作って自治厨気取るコイツらはクソだが、かと言って俺に殺意を持っているわけじゃない。
ただ自分達の利益のために、割り込んだような形になっている俺が邪魔なだけ。
「すみませんでした。お詫びに、魔物の素材はお譲りします」
「けっ! 初めからそう言っときゃいいんだよアホが。無駄な時間使わせやがって……ちなみに俺んとこは入れねーからよ」
「俺んところも無理だぜ?」
「俺んとこもだ。じゃあニコロギの森にでも行ってゴブリン狩ってくるしかねぇなぁ!」
ギャハハと、俺を囲むように下品な笑いを浮かべた男達を再度確認する。
顔を、しっかりと覚える。
うん、これなら大丈夫だ。
罪悪感は何も生まれない。
「ちなみに、ファーストアタック――初撃を証明すればそれでいいんですよね?」
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
ふと昔ゲームで、「この部屋は俺専用の狩場だから立ち入り禁止!」と宣って、その後PKされまくっていたプレイヤーを思い出した。
我ながらガキだなぁと、つくづく思う。
それでも、こういう人達の存在が嫌いなんだからしょうがない。
俺の言葉に怪訝な表情を浮かべながらも、それでも何も言葉を返さない子供に飽きたのか、鼻を鳴らして去っていった男達。
その動きを目で追いながら、俺は上空30メートル付近へ飛んだ。
男達のうち何人かは目を見開き俺の姿を見上げていたが、今更そんなこと気にもならない。
――【探査】――『フォトルシープ』――
上空から丘を見つめるも、視界内では何も変化が起きない。
が、見えないところから突如として反応が湧いたので、
『消せ、雷槍』
その瞬間、俺が上空から【雷魔法】を放って死滅させる。
さすがにレベル3だと死体は残っちゃいるが、それでも体長2メートルほどのフォトルシープは身体の半分が吹き飛び、残りも黒ずんで見る影もなくなっているので、素材としての価値はほとんど残っていないような気がする。
まぁ、俺は素材を捨てたからどうでもいいんだけど。
下で何やら男達が騒いでいるけど、ファーストアタックを証明すればいいと言ったのはあの男達だ。
ならこれで、間違いなく弓より早く俺の雷は届く。
どうせこの高さで、なおかつ外套の内側から魔法を放てば、外套に穴は開いたが黒い魔力など分かりゃしないだろう。
なのでバッタくらいの大きさになって喚いている男達のことなど、もはやどうでもいい。
――問題は、急に反応が湧くこの現象。
考えてみれば、この見晴らしもそれなりに良好な狩場で、いったいどこからフォトルシープは生まれているかが謎なのだ。
これだけ狩り倒されていれば、魔物とは言え生物ならばこの場からいなくなる。
それこそ普通に考えれば、少なくともこの地では絶滅だ。
にもかからず、どれも似たような体長をした成体が、何事もなかったかのように歩いていたりする。
『消せ、雷槍』
「クソガキがぁー! ぶち殺すぞ!!」
「降りてこいやガキがっ!!」
あっ――
――【拡声】――
「弓師の方、もし僕に矢を放ったら、絶対にあなただけは殺しますから止めてくださいね」
「え……? お、俺だけっ!?」
「「「「……」」」」
(今も、突如として湧いた。まるでゲームのように、突然……)
スキルも魔法もある世界なのだから、自らの常識に当てはまらない部分があるのも当然のこと。
しかしあまりにもゲーム的な要素に寄り過ぎたこの現象に、未だ理解が追いついていない。
魔物が目の前でいきなり出現する――
今まで誰からも聞いたことの無い話だ。
そしてさっきも今も、広く視界は丘を捉えているのに、視界外からフォトルシープは湧いてくる。
ということは、もしかして……?
たぶん俺だけがやっても意味はないだろう。
そう思いながらも目を瞑る。
もしかしたら誰からも見られていない状況――これが条件に入っているのかもしれない。
そう思って試した後は、やはりというか、少しだけ湧きが早くなったような、そんな感じがする。
『消せ、雷槍』
あくまで仮説だ。
でももし、ソロで活動中に求める魔物が少なくなったら、こんなやり方で魔物の湧きが回復するのを狙ってみても良いのかもしれない。
摩訶不思議な現象に悩みながらもそう結論付け、その後もしぶとく彼らの狩りだけを邪魔するように、ファーストアタックを取り続けながらスキル収集に勤しんだ。
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