第187話 重鎮の裏切り
各地に残る石碑や、金板書と呼ばれる特殊な書物。
これらの記録媒体から少なくとも数度、この大陸に神の裁きが落とされたことを示す伝承が残されていた。
噂話や創作など、全てがそのまま真実ということはないだろう。
しかし、そのうちの一つがこの地であることを記す物は多く、かつ疑わしい記録と違いその内容には具体性もあった。
推定10000~11000年ほど前に躍進を遂げ、栄華を極めたとされる国――魔導王国プリムス。
伝承によれば、突如として天が割れ、内から輝く巨大な閃光が奔り、周辺の山々も巻き込みながらその超大国は瞬く間に消し飛んだという。
あまりにも人外な現象、そしてのちに神と唯一交信できる<神子>がこの出来事に触れたことで、それが神の裁きであると世に知れ渡るも、怒りに触れたとされる明確な理由は不明のまま。
亜人を魔物の一種と捉えた人間至上主義国家プリムスが、魔導兵器を利用し亜人種を殺し回った。
逆に亜人種が魔導兵器を奪おうと戦争をしかけたなど、書き記した者の立場や感情もあってか内容は様々。
だが共通していることは、人間と亜人の間で戦争が起きたということ。
その争いが大きな被害をもたらしたため、怒った神々が粛清の裁きを落とした――
これが複数の書物や石碑に残されている古の記録であり、ばあさんが若い頃にハイエルフ種から直接聞いた話でもあるという。
「神の裁きを受けた禁足地として、長らく人間からも、そして亜人からも放置されていたのがこの土地だ。幸か不幸か山は削られ地は均され、手付かずの豊沃な台地のみが広がっていたと聞く。そこにどういう理由か入り込み、国を興したとされるのが初代ラグリース王というわけだね」
「この土地が裁きを受けたおおよその理由も知っていたから、いまなお切っ掛けになり兼ねない亜人との接触を断っていると?」
「興した後に
「……」
「しかしそれでも、この国はかつての禁足地に踏み込んだという懸念を未だに抱えている。また降り注ぐかもしれぬ神の怒りに呪われ、怯えているのさ」
「なるほど……」
かつては亜人からも放置されていた土地。
ではなぜ、亜人は恐れず今になって踏み込もうとするのか。
もちろん北の交易ルートを失い、切羽詰まった状況というのが一番の理由だろう。
だが人間と亜人の戦争が裁きの原因とされているのに、人間側だけが怯えるのはどうも釈然としない。
亜人側が都合の良いように古の記録を解釈しているのか、それとも別の事実を知っているのか――意図が見えないため可能性は低そうだが、ばあさんが俺に偽った情報を伝えているという可能性もなくはないか。
ここら辺は今考えても分からないことだが――
「なぜ、ここまでの話を僕に?」
スルーしても良かったが、敢えて聞いた。
ばあさん――ニーヴァル様は誰がどう見ても国の重鎮。
本来ならばカムリア次官のように、俺を戦力と見るなら躍起になって勧誘作業に走っていてもおかしくはない。
だが実際にやっていることは国の抱える闇――というよりは弱点の暴露だ。
ラグリースの王家は、それこそ過去の二の舞にならぬよう、対亜人戦争なんて可能な限り回避しようとすることがなんとなく見えてしまう。
「理由は二つある。まず一つ目」
「……」
「この国はお前さんを捨石にしようとしているからさ」
「え?」
「気付いてなかったかい。なら尚更に話して正解だったね」
ヒッヒッヒと笑うばあさんのその言葉に、首を傾げながらも高速で思考は巡る。
どういうことだ?
戦争に参加させ、先陣を切らせるつもりだから?
そりゃ自国の兵を磨り潰すよりは、俺みたいな外の人間を突っ込ませた方が消耗は抑えられるし、突出して強い異世界人と思われているのであれば、俺を矢面に立たせたくもなるだろう。
だがその程度なら当たり前な気もするが……
「神の裁きが落ちた時の矛先、こう言えば理解できるかい?」
ばあさんに訂正され――――ようやく意味を理解する。
カムリア次官は俺を戦争へ参加させることに意欲的だった。
「ラグリースの上層部は裁きを恐れ、亜人との戦争を回避したい……しかし攻められれば回避する術がない状況だっていずれ必ず生まれる……そうなった時、的になるのが、俺か?」
「……そういうことだよ。実際に裁きが落とされるかなんて誰も分からない。でも万が一落ちてしまった時、決してその場所が甚大な被害の出る王都であってはならないのさ」
「だから、率先して俺に相手をさせ……いざとなれば裁きが俺に落ちるようにと――なるほど、なるほど、なるほど……ッ」
口では『なるほど』なんて言っているも、まったく納得なんてしていない。
『裁き』とは何かが予想できているので、まだなんとか冷静さを保てているが……
それでも捨石なんて言われてしまえば、思わず俺と言ってしまったことを訂正する気にもならないほどには苛立ちが込み上げてくる。
「はぁ―――……それこそ、なぜ、俺に?」
素朴な疑問だ。
こんなことを告げられれば、俺がラグリースという国に敵意を向けるのは自然の流れ。
なのに、なぜ?
「途中でもし、ロキが自らその事実に気付いたらどうなる? ラグリースは東の二国とは別に、
「……」
「そうなったらまずもたぬよ、この国は。だから取返しがつかなくなる前に、わざわざこんなところまで連れてきて国の狙いを伝えたのさ」
「それでも、助力なんて到底――」
「そして二つ目」
俺の言葉を遮るように指を二本立て、こちらに向き直るばあさん。
先ほどまで開いているかも怪しかった瞳は鋭く、その圧に思わず息を飲む。
「国に仕える者ではどうしたって長い歴史と王家の考えに盲従しやすい。だから聞いてみたかったのさ。この国の事情なんざ関係のない異世界人なら、この状況をどう判断し解決に向けて動くのかってね。戦争に参加するだけが助力の仕方じゃないだろう?」
「……もしかして、一番確認したかったことってココですか?」
そう問うと、ヒッヒッヒと相変わらずな引き笑いで誤魔化すばあさん。
たぶんこんな反応をしている時点で正解だろう。
ということは、俺がラグリースの上層部にイラつくことも織り込み済みで話したってこと。
――この国を守り、俺も守り、延いては相手国の兵士すら守ろうとする案が出るのかどうか。
国を裏切ってまで俺に賭けてきたわけか。
「もし、何も案が無かったらどうするつもりで? 俺は少なくとも戦争に加担するつもりなんざ欠片もありませんが?」
「それでもロキが敵に回らなければ現状維持さ。土地が豊かなおかげでまだ他所よりマシなこの国だって、このままいけばいつかは尻に火が付く。そうなる前になんとしてでも、差別を解く方策を考えるしかないだろうね」
「……」
「本当は中央同士で争っている場合じゃないってのに……アホなもんだよまったく」
最後は俺ではなく、地面に――まるでこの忌まわしい土地と、土地の過去に縛られた王家へ文句をぶつけるように呟くばあさん。
これだけ強くても、国や王家を動かすことができないのだろう。
大陸の情勢を理解し、この国の行く末を案じているからこその背信。
杖の先を強く地面に当て、憂いに沈む姿を見れば、心境は複雑ながらもついついその方策を考えてしまう。
(昨日フェリンが来ていたから【神通】はすぐに使えるが……)
宙を見上げ、いくつかのパターンを考えるも、俺単独でこの問題を解決するのは無理だとすぐに悟る。
この国が抱えている悩みや恐怖の種は、それこそ神話レベルの話。
こんなのいくら俺が異世界人だからといって、たかだか一人の人間が「大丈夫だ、安心しろ」なんて安い説得を試みたところで響くわけが無い。
何をどうやっても俺だけでは納得させられるほどの根拠を示せないし、無理に示そうと思えば結局背後の女神様を持ち出すしかなくなる。
神の御業に怯えるなら、それを解決できるのは神だけ。
そしてこの頼みに乗っかれば、俺自身が不要なリスクを抱えるのも事実――
まずは戦争を嫌う女神様達が、この件に首を突っ込むのかどうか。
そして上手くいった時、実力で勝てそうもないこのばあさんを上手く口止めできるのかどうか。
チラリと見れば、そのばあさんは細い瞳で俺を見つめていた。
「何か策はありそうかい?」
「どうでしょうね。今考え中です」
「結構結構、平和的に解決できる策であることを願ってるよ」
――顔をくしゃくしゃにしながら笑うばあさんは、先ほど苛立っていたのがバカらしくなるほどの良い笑顔だった。
はぁ。
「……ニーヴァル様。俺がこれからすること、絶対秘密にしてもらいますからね」
なんだかなぁ、と。
返答も聞かずに俺は目を瞑る。
しょうがない。
神は――俺が交渉するしかない。
【神通】
(ロキです。緊急の用件なんだけど――リア、いる?)
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