第173話 割に合わない仕事
いつものと同じ光景だ。
ハンターギルドの正面入り口。
その柱に張り付き、スイングドアの下から覗き込めば、既に夕刻とあってか換金しているハンター達で賑わい、横のお食事処では酒の入ったテーブルも複数見られる。
対応している受付嬢は皆忙しそうで――その中に、笑顔で対応しているレイミーさんもいた。
(あれ……まだ知らないのかな……)
内心、そんなわけがないと思いながらも、つい自分の気持ちが楽になる考えをしてしまう俺は本当に弱い。
既に彼女が今回の結果を知っているのかはまだ分からない。
でもハンターであるアマリエさんとエステルテさんは、無事帰還したという報告くらいハンターギルドにしているだろう。
それに俺は俺で、門番さんの一人にハンターギルドへ報告してくれとも伝えている。
ならば、最初の窓口になる受付嬢が知らないわけないのだ。
そう、旦那さん――セフォーさんは亡くなったと分かっているのに、それでも以前同様、気丈に振る舞っている。
……ならば俺だって堂々と――
「おう坊主、入り口でしゃがんだら邪魔だろーが!」
「あ、すみません」
横の男がスイングドアを開けながら俺に
その声に反応し、レイミーさんの視線がこちらに向けられ――
ガシャン。
目が合った時、レイミーさんの持っていた硬貨は地面に落ち、盛大な音を鳴らした。
「……」
「……」
「おぉ? さっき空を飛んできやがった非常識なガキンチョじゃねーか! 拉致られたやつら助けてきたんだろ? 戦利品は良いもんあったかよ!?」
気まずい空気が流れる中、声の方へ視線を向ければ、木製ジョッキ片手に既に顔の赤い兄ちゃんが陽気に話しかけていた。
言葉は汚いが、悪気の欠片も無いであろうことは雰囲気で分かる。
……こんな時は酔っ払いが非常にありがたいな。
その陽気さに
「大したものはなかったですけど、しっかり遺品は回収してきたつもりです」
言いながらレイミーさんを見つめれば
「ありがとうございます。ずっと、待ってましたよ」
そう言って、先ほどとは種類の違う笑顔をこちらに向けてくれた。
その後はこの町だと初対面になるギルドマスター――オスタムさんという腰の曲がったおじいちゃんが2階から降りてきて、当事者も交えた遺品の判別が行われた。
ギルドマスターへ事情報告しながら、俺が来るのを待っていたというアマリエさんにエステルテさんはもちろんのこと、仕事中ではあるも事情を考慮されたようで、レイミーさんも混ざりながら馬車に積んだ装備品や所持品を確認していく。
「一応伝えておくと、遺品回収などの条件が入った依頼でも受けていなければ、遺品――特に纏まった価値になりやすい装備品は殊更返却義務が無い。残された者が買い上げるということも往々にしてあるが……ロキ君はただの返却でいいのかね?」
そうオスタムさんに問われるも、普通の返却以外に選択肢の無かった俺には戸惑いしかない。
というより他の選択肢があるのかと驚いたくらいだ。
しかしよくよく考えれば、奪還した者に所有権が移ると決められている上、その品々を状況によっては命がけで奪い返してくるとなると、形見と言えど相応の対価を求める人達がいたっておかしくはないんだろうな。
実際装備品や遺品に10億ビーケの価値があるなんて言われたら、「遺品なんだから、あんたの掛けた労力なんて知らんし無条件で返してくれ」と言われても、素直にハイとは言えない自信がある。
そもそもこの世界じゃ、遺品であると証明すること自体がまず難しそうだし。
だがまぁ今回は――
「もちろんただの返却で大丈夫ですよ」
その他の選択肢を聞いたとしても、この返答しか俺には考えられなかった。
レイミーさんがどんな気持ちで旦那さんを待っていたのか。
目の前で旦那さんを奪われた二人が、その後どんな仕打ちを受けていたのか、それぞれ目の当たりにしちゃってるわけだしね。
そんな人達からお金を取れるわけがない。
心持ちはその程度だというのに、俺の言葉を聞いて三人共がホッとした表情を見せているのは、やはり買い上げというケースがそれなりにあるからなんだろう。
それぞれがそれぞれに、故人の武器や鎧を手に取り、思いを馳せ、抱き抱えて涙する。
そのすぐ横では、ハンター達が酒に飲まれ大騒ぎしながら、その日の労働をパーティメンバー同士で労っていた。
この世界では当たり前のこと。
それでも――この場の命の重さだけは日本に居た頃となんら変わらないものだった。
「うぅ……うぐぅう……何も力になれなくてごめんなさい……助けてあげられなくてごめんなさい……」
泣き崩れるレイミーさんの謝罪は、亡き旦那さんに向けられているはずなのに、なぜか少しだけ、俺の心にも響く。
顛末を聞けば、俺が緊急依頼を確認した時にはもう亡くなっていたはずだ。
物理的にどうこうできる問題ではなかった。
ここまでが限界だった。
それでも――
「力になれず、すみませんでした」
そう誰に向けたものでもなくポツリと謝罪をし、残りの荷物を積んだ馬車を引きながらこの場を後にする。
ギルドマスターのオスタムさんが後ろで「報酬を~!」と叫んでいたけど、どうせ明日もまたギルドには顔を出すんだ。
今貰わなきゃいけない理由もないだろうし、今日はそんな気分じゃない。
「ロキさんっ! ちょっと待っ―――」
「なんとも割に合わない仕事だ」
背後から聞こえる女性の呼び声にわざと被せるよう、本音とは少し違う自分の気持ちが口から零れる。
(はぁ――……雨、降るかな?)
空を見上げれば、夕暮れ間近の空には厚ぼったい雲が覆っていた。
俺は決してお金で埋められるモノじゃないと知りながら、急ぎ馬車2号も含めた戦利品の現金化をおこなっていった。
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