第166話 これが、この世界

 目は大きく窪み、痩せこけた上半身裸の男が、首を捻りながら部屋を一瞥。


 疑問の言葉を口にする。


「隠れておいて正解だったわけですねぇ。しかし――この少年はいったい何者ですか? カズラ血毒まで使ったというのに、まだ息があるようですし」


「……」


「七番八番、ちゃんと刺したのですか?」


「……はい」


「刺しています」


「ということは、自身の耐性だけで耐えているわけですか? まさかまさか……それとも特殊な魔道具や装飾でも所持しているのでしょうか?」



 状況についていけず、しばらく私は放心していたと思う。


 男はなぜか子供達の中、一番奥の隅から現れた。


【広域探査】は入口に見張りがいるか確認した時から使っていない。


 油断した?


 いや、仮に使っていたとしても、あんな数の中に紛れ込まれていたら、気付くことはできなかった。


 ロキは―――……凄く苦しそう。


 地面に爪を立て、血混じりの嘔吐を繰り返しながら必死に何かを耐えている。


 私にも何かしようとしたみたいだけど、人間が私に何かを刺すなんてできるわけがない。


 仮にできたとしても、【分体】を出し直せばそれで済む。


「これで少年が戦力外になったのは間違いなさそうですし、とりあえずは良しとしましょうか。えーと『アマリエ君』と『エステルテ君』、まずは寝ている彼らを回復してくれませんか? 呑気に寝られたままでは私も困りますので」


「……はい」


「……すぐに」


 次から次に理解のできない事態が続いていく。


 なぜ?


 さっき散々な目にあっていたのに、なぜこの二人は助けようとするの?


 人間とはそういうもの?


 助けに入ったはずのロキだって凄く苦しんでる。


 ロキは縋るように、男達へ向かう二人を見つめているけど……


 視線を向けることもなく、ロキの横を素通りしていく二人の女を見て―――





 ―――奥歯がギリッと擦れる音がした。





 思わずハッとする。


 この不快感は……怒り? そうだ、怒りだ。



 ロキは裏切られた。


 オークの時にも助けたはずの人間に裏切られて、殴られ吹き飛ばされていた。


 そして今回も、助けたはずの人間に裏切られ、苦しめられている。



 なぜ……?


 なぜロキの善意は踏み躙られる?



 なぜ……なぜ……なぜ―――……






「―――ロキに、何をしたッ!?」






 思わず叫んだその声はひどく暴力的で、まるで自分のものとは思えなかった。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 どうしてこんなことに……


 状況は理解できているはずだ。


 なぜか分からないけど、俺は助けたはずの子供達に何かで刺され、毒を盛られた。


【毒耐性】レベル7に【状態異常耐性増加】レベル7を持っていてもこの症状って、どう考えても相当な毒薬。


 まさか俺が毒で苦しむとは思いもしなかった。


 カズラ血毒ってなんだよ、クソッ……


 だいぶ遠慮したというのに、あの男達を殴り倒したのが余計な警戒心を生ませてしまったのか。


 それとも中途半端にしたことが逆によくなかったのか。



 あぁ―――……



 身体中が、燃えるように熱い。



 全身の血が俺の細胞を壊していくような、血と内臓が煮え滾って沸騰しているような錯覚を覚えるこの熱さにただただ耐える。


 大丈夫だ。


 嘔吐は止まり、吐き気も収まってきた。


 視点も徐々に定まるようになってきているし、手足にも僅かながら力が入るようになってきている。


 大丈夫……大丈夫だ……きっとこの症状は落ち着く……


 そうしたらすぐにでも―――



「これで少年が戦力外になったのは間違いなさそうですし、とりあえずは良しとしましょうか。えーと『アマリエ君』と『エステルテ君』、まずは寝ている彼らを回復してくれませんか? 呑気に寝られたままでは私も困りますので」



「……はい」


「……すぐに」



(……は?)



 どういうことだ……?


 なぜ、枷まで付けて監禁していたようなやつらを二人は助けにいく……?


 二人のハンターは共に杖職のヒーラー系統、そう受付嬢のレイミーさんからは聞いていた。


 なら意識が混濁して聞き間違えただけで、俺のこの状態を回復してくれるために―――



「……」



 そんな期待も空しく、俺に一瞥もくれることなく殴り倒した男達の下へ向かっていく二人。


 先ほど簡単な会話をしたにも拘わらず、俺は道端の小石の如く、二人からカケラも意識されている様子がなかった。


 少女達といいハンターの女性達といい、行動原理がまるで掴めない……元から男達の仲間だった……?


 いや、そんなわけがないだろう。


 ……どちらも初動のきっかけは、子供達の中に隠れ潜んでいた


 ならば可能性は―――




「――ロキに、何をしたッ!?」




 思考を遮るには十分過ぎるほどの言葉だった。


 驚きながらも声の主を探し、僅かに首を動かしながら視線は右へ左へと彷徨う。


 怒気を強く含んだその声は、たしかに聞いたことがあるはずなのに、さも別人のような印象で―――それはかつて何を仕出かすか分からないと、強く警戒していたリアの姿そのものだった。


 馴染むことによってその印象が薄らいでいたはずなのに、射殺しそうなほどの鋭い視線を、刺した張本人であるに向けている。


 どうみても攻撃に入る一歩手前の様相……このままじゃ―――


 咄嗟に、焼けるような喉の痛みも気にせず、俺はあらん限りの声を張り上げていた。



「リア゛ァ゛ア゛ア゛ッ……!!」



「ッ!?」



 想像以上に、苦しい……


 後先考えずに叫んでしまったからか。


 喉の肉が断裂していくような鋭い痛みを感じ、止まらなくった血を吐き散らしながらもリアを見つける。


(よかった……)


 リアはすぐに俺から視線を外すと下唇を噛み、耐えるかのように両手拳を握り込みながら動きを止めてくれていた。


「まだしゃべることができるとは……それになぜ、麻痺で動けないはずのお嬢さんも喋れるんです……? 一番ッ! 四番ッ!」


「ご、ごめんなさい。針が通りませんでした」


「……同じです」


「……そ、そんなわけないでしょう? ダマスカス製の特注魔道具ですよ!?」


 痩せこけた男は、努めて冷静に振る舞ってはいるものの、理解できない現象が続いているせいか、声色に動転の色が見え隠れしていた。


 そして何もしなかったからこそ緩かったであろう、リアへの警戒心もこれで上がってしまったらしい。


 男は少女達を盾にするようナイフを構え、あろうことか、そのナイフを一人の少女の首元に突きつける。


「パルムッ! いつまで寝ているんですか!!」


 呼ばれた男の方へ視線だけ向ければ、ハンター二人の治癒系魔法のおかげか、損傷の酷かった数名を残して続々と男達は立ち上がっていた。


 そしてパルムと呼ばれた――俺がボスと判断していた大男も、髭面をさすりながら口を開く。


「ぐっ、すまねぇ油断した……まさかこのクソガキがここまでやるたぁ……」


「少年の方は死にかけですから、早くそのお嬢さんを拘束しなさい! 少し成長し過ぎてではありませんし、しっかり仕事をこなしたならそのお嬢さんをあなた方専属の奴隷にしてあげても構いません!」


「マ、マジかよ……ッ!?」


「お嬢さん。あなた達が何者かは後程聞き出すとして、とりあえずヘタに動いたら順次目の前の可愛い子供達を殺していきます。私は愛でるために集めたわけですし、本当なら殺したくないんですよ? お嬢さんが言うことを聞かなければ殺されていくことになるんです――つまり、ということです」



「   」



 ふざけるな。


 喉が潰れたのか、言いたかった言葉は声にならない。


 心は奮い立つも、身体が思うように動いてくれず、未だに膝を突くことすら叶わなかった。


 男の会話から出た言葉―――"奴隷"。


 口ぶりからすればこの痩せこけた男が奴隷絡みのスキル所持者で、そしてここでの実質的なボスなのだろう。


 少女達とハンター二人が命令に逆らえないとなれば、この洞穴内での一連の流れも全て説明が付く。



「くくっ、せっかく助けに来たってのに、まさかおまえの勝手な行動でガキ共を殺すわけにゃいかねーよなぁ?」



パキッ。



 パルムと呼ばれた大男は、投げ出されたままの仮面をわざと踏み、まるで品定めするかのように視線を上下させながらリアの下へと近づいていく。


 リアが先ほど強烈な殺気とも呼べる圧を放った時、この男はまだ寝ていたのだろう。


 だからか、リアが俺なんかとは比較にならないほど――それこそ、この世界で一番『』であることを理解していない。



 あぁ……



「大人しくしてりゃ~悪いようにはしねぇよ」



 やめてくれ……



「本当に……いい女だぜ……」



 リアに人殺しをさせちゃだめなんだ……



「まぁとりあえず―――――……素っ裸になれや?」


 


 


 


 リアは、先ほどとは打って変わり、悲しそうな顔をして俺を見つめていた。






 そして―――







「これが、この世界だよ」




 



 ―――パンッ!







 洞穴内の部屋に、乾いた破裂音が鳴り響いた。

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