第165話 アジト

【探査】を使用して、慎重に見張りの有無を確認する。


 リアが【広域探査】を使用していると分かっていても、自分で確かめられずにはいられなかった。


 木々の隙間から薄っすら見える、縦に細長い洞穴の入り口。


 その周囲に人影は見当たらず、なぜか馬の繋がっていない馬車が2台止まっていた。


 いや、草葉を上から覆っているので、という表現が適切だろう。


「見張りはいないよね?」


「うん」


 普通は入口に一人や二人の見張りを立てるのが相場ってもんじゃないのだろうか?


 そう思いながらも洞穴の入り口に近づき、ソッと隠された馬車の中を確認する。


「積み荷は一切無しか」


「馬がいない時点で馬車の役目を果たしていない」


「だよねぇ。なんだこれ?」


 いったいこの馬車は何のために?


 お互い首を傾げるも、答えは出ない。



 俺を先頭に、素早く内部へ突入して周囲の状況把握に努める。


 入ってすぐ、【気配察知】範囲内で多数の人の動きを捉えることができた。


 そしてその結果に思わず顔を顰める。


 人の反応が三つの固まりに分かれているので、内部は複数の部屋で区切られている可能性が高い。


 ならば、余計に慎重な行動なんてしている余裕はなくなった。


 相手に【探査】や【気配察知】持ちがいれば、【隠蔽】のないリアという侵入者の存在はすぐにバレてしまう。


 そうなると、この奥で何が行われているのかを確認する前に敵と相対する可能性が出てくる。


 それは俺が明確な敵と判断しにくいので避けたいところだ。



 僅かな光が射し込む洞穴内部の一本道を一気に20メートルほど走り抜け、それなりに高さのある一つの部屋と呼ぶべき空間へ到着。


 壁面には火の灯った松明が何本か備えられており、薄暗い中でも内部の状況を視認することができた。


(男ばかり……大半は寝ていたか。まぁまだ朝だしな)


「……ッ!?」


「な、なんだてめぇ!」


「んだよ、うるせぇな……」


 急に慌ただしくなる広間。


 そんな光景を横目に見ながら、三つに分かれた通路のうちの一つ。


 最も気配が多い部屋の状況を確認しに向かう。


 一つは人の気配がなかった。


 そしてもう一つは気配が3つしかなく、今まで寝ていたのか、この騒ぎでモゾモゾと動き始めている。


 ならばそちらはとりあえず放置でいい。


 問題は当初から動きのあったこの先の部屋だ。







 そして数秒後―――――







 俺は、言葉を失った。







 想像も、覚悟もしていたはずだ。


 20人近い女性が閉じ込められていると推察していたその空間。


 リアと共に踏み込み、視界に入る光景は想像よりも遥か斜め上をゆくものだった。


 見た目は10歳前後にしか見えない。


 衣類を一切纏わない少女達が、まるで一つの塊のように、その空間の隅で肩を寄せ合い中央の行為を見つめている。


 その中央には手枷を嵌められ、その両手を地面に打ち付けられた杭で固定されたまま組み敷かれる、まだかろうじて息のありそうな大人の女性が二人。


 その上に男が二人覆い被さっていた。


 夢中なのか、手前の部屋の喧騒は耳にも入っていないらしい。



 血の気が全身から引いていくのを感じた。


 なんだ、この状況は?


 どういう事情があるにせよ、この状況で男達の行為に正当性があるとは思えなかった。


 それでも――細く、そして深く息を吸い込み、強く握り込んでいた剣の柄を一度緩める。


 饐えた臭いでむせ返りそうだ。



 ―――まずは、この男の対応を優先しなければ。



「おいおい、てめぇ何者だよ。どうしてここが分かった?」



 その野太い声には敏感なのか、目の前で動いていた男達がピタリと止まり、焦ったようにこちらへ振り返る。


 声の主が俺を攻撃するような気配はない。


 だから、ゆっくり振り返りながら答えた。


「偶然です」


「……ふん。仮面なんて被りやがって。真っ先にこの部屋来たってことは、大方こん中の誰かを助けにきたんだろ? 女共の回収が入る前によく辿り着いたもんだぜ」


「この部屋にいる人達を、どうするつもりですか?」


「てめぇが知る必要はねぇよ。どうせここを見ちまった野郎は殺すしかねぇんだ。説明するだけ無駄ってもんだろ?」


「ボ、ボス……? 野郎はどうでもいいんですけど、こっちの女を殺すには惜し過ぎません?」


「あ、あぁ……こんな上玉見たことねぇ……たまんねぇよ」


「女神様に感謝だぜ。殺すにしても、せめてしこたま遊んでからにしましょうや」


「チッ、馬鹿野郎どもが……こんな上玉殺すわけねぇだろう? こいつをオークションに掛けりゃ、どんだけの引き合いがあるか分からねぇぞ? くくっ……朝っぱらから何事かと思ったが、わざわざこんな涎の止まらねぇ女連れてきてくれるなんて、今日は最高にツイてやがるな」


 まるで俺とリアの今後は決定されているかのように話が進んでいく。


 そんな会話をリアは無言で、俺は話半分に聞きながら気配を確認しつつ、目の前で能天気にしゃべる男達をずっと観察していた。


 果たしてこいつらは強いのか?


 気になるのはそこだけだ。


【探査】の結果、背後で組み敷かれていたのはアマリエさんとエステルテさんで間違いない。


 ということは、コイツらがDランクパーティを崩せるくらいの実力がある、ということ。


 ボスと呼ばれるやつの体躯は大きく見上げるほどで、厚い胸板や俺の太もも以上にありそうな二の腕を見れば、一見強そうな雰囲気はするが――



「大丈夫?」



 立ち尽くしている俺を心配してか、リアが声を掛けてくれる。


 ――俺は今、いったいどんな顔をしているのか。



 最初の部屋にいた男達は、俺とリアを逃すつもりはないようで、全員通路を塞ぐようにしてボスの周囲に群がっていた。


 誰も会ったことはないはずなのに、全員が全員見覚えのある顔つきをしている。


 背後を取った気になっているケツを晒していた二人も、きっと今同じ顔をしているんだろう。


 ニヤついた口元、下卑た視線。


 態度は余裕そのもので、どういうわけか、自分がやられる可能性というのを微塵も考えている様子がない。


 自分がこちら側に立つことはないと、心の底から思っている顔だ。


 数の優位、なんだろうなきっと。


 再度、臭いと思いながらも深く深呼吸をする。


 差し向けられる多くの視線から、昔のトラウマのような記憶がチラつき、胃が一気に萎縮するような感覚に襲われた。


 でも今は―――うん、大丈夫だ。


「問題無いよ」とリアに返答したのち、男達に向けて口を開く。



「一応あなた達に確認です。状況と会話内容を考えても誘拐犯なんでしょうけど、今から自首する気はありますか?」



 俺にとっては真面目な質問だった。


 救済のつもりで提案した。


 そのつもりだった。


 だが―――


「ブハッ、ブハハハハハッ!!」


「じ、自首っ……自首だってよ!! げはははっ!!」


「ひっ、ひっ……! この仮面野郎、たぶん本気で言ってるぜ!?」


「お前は俺達を笑わせにきたのかよ? どうせ領兵に捕まりゃ俺達は死罪なのに、わざわざ自ら捕まりに行くバカなんかいるわけねーだろうが!」


 それぞれがそれぞれに俺を嘲る。





「そうですか。なら……」



――【身体強化】――



「馬鹿も休み休みに言えっ―――」


「はっ? なん―――」


「て、てめぇ!……ッ!?」



 油断しないようにと、力を込め過ぎたかもしれない。


 話が長いし、昔を思い出して、ただただ気分が悪かった。


 そんな理由から最初に素手で殴りつけた男は、下顎がそのままスライドしたように、血しぶきをあげながら横に吹き飛んでいく。


 まぁそれでも死にはしないだろう。


 その後も力加減を確かめるように、一々何かしゃべろうとする男達の急所を外しながらそれなりに強く殴りつける。


 知識も型もない、ただのステータス任せだ。


 全員が死なない程度の深いダメージを負い、そのまま寝転がっていてくれればそれでいい。



「それなりに警戒していたんだけどな」



 男が全員地面に寝転がって呻いているのを見て、思わず本音が零れた。


 ハンターで言えばよくてEランク、大半はFランク程度だろう。


 これでなぜを向けられるのか、心底理解ができない。



「このまま生かすの?」


「……法律のことは分からないし、一応町に連れていこうかなって」


「そう」



 手間はかかるけどしょうがない。


 今はそんなことよりも彼女達だ。


 まず身を寄せ合っている少女達へ視線を向ける。


 ……大丈夫だ。


 怯えてはいるが全員生きている。


「捕まっていたんなら、もう出られるから安心してね」


 まだ状況が整理できていないのだろう。


 俺が声を掛けた直後は誰も動こうとしなかった。


 だが、コレのせい? と思って咄嗟に仮面を外せば、数名の少女がヨロヨロと力無く俺達の下へ歩み寄ってくる。


「……ほんと?」


「うん。もう悪いやつらは倒したからね」


「……ほんとにほんと?」


「大丈夫だよ。だからちょっと待っててね。こっちのお姉さん達もなんとかしないといけないから」


 少女達の表情はまだ暗い。


 目も虚ろで、こんな歳であのような光景見せられたら、精神的なダメージを負っている可能性だって大いにある。


 だがそんな少女達を救う手立てが今の俺にはない。


 町に送り届けるくらいしかできることはないので、とりあえず意識が朦朧としているこの人達が町に帰還できる状況なのか、目の前のハンター二人に声をかけた。


「大丈夫ではないと思いますけど……とりあえず立てますか?」


「ごめん……なさい……」


「本当に……ご…めん……」


 なんだか日本人みたいな人達だなと、そう思った。


 そんな謝罪や礼なんてのはこの環境を脱した後でいいんだ。


 衣類も無い20人ほどの少女達や女性を引き連れてリプサムの町には戻れないし、俺が町の衛兵さんにでも応援を呼びにいけば、ここが手薄になってリアにまた頼ることになる。



(う~ん……悪いのを張り倒すまでは簡単だったけど、ここからが意外と大変な気が―――)




「――刺しなさい」




「え?」



 どこからか男の声が聞こえた瞬間、背中と腿にチクリとした僅かな痛みが走る。


 何事かと咄嗟に振り向けど、そこにいたのは先ほど歩み寄ってきた子供達だけ。


 状況を理解できぬまま急激に鼓動が速くなり、全身に鈍く広がる痛みと共に視界が歪み始める。


 まるでそこに救いがあるかのように、俺の身体は地面へと吸い寄せられ――


 横たわった直後から、喉の奥で噴火を待つように競り上がってくる何かを吐いた。



(な、なにが……)



 定まらない視界の中で、俺はリアを探す。


 しかし目的の人は見つからず――


 代わりに映るのは、少女達の固まりの奥から立ち上がる細い男の姿だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る