第157話 昇格試験(遠距離戦)

「ララン!」


「ッ……わ、分かったわよ」


 再度中央にて一定の距離を空け、対峙する。


「次は打撃禁止で魔法のみだ。どの系統を使っても構わないが、殺傷能力の高い魔法や広範囲型は控えろ。打撃と同様で威力を抑えるのも当人の腕次第だからな。建物や外壁ぶっ壊したら費用を請求するから覚悟しておけ」


 あーやっぱりか。


 流れ的に次は魔法戦になるんじゃないかと思っていたんだ。


 こうなると俺は何もできない。


 こんなところで黒い魔力を見せたら大騒ぎになってしまう。


「オランドさん、すみませんが僕は一切魔法が使えません」


 なのでしょうがなく嘘を吐いた。


「……冗談だろ?」


「冗談……ではありません」


 疑いの目を向けてくるけど、こればっかりはどうしようもないんだ。


 絶対嘘と思っていそうなので、使えるけど手の内晒したくないんだよという思いも込めて見つめ返す。


「あはっ、あははは!! なら良いじゃない! どこまで私の攻撃魔法に耐えられるかっていう試験にしましょうよ! 魔法に対する防御だって重要でしょう?」


 急にやられる可能性が消えたからか?


 ラランさんが元気になり始めたので、その案に俺も乗っかっておく。


 知力は先日【雷魔法】で試しているし、俺の魔法防御力がどの程度かを計るなら、受け身でいられた方が都合も良い。


「それ良いですね。それでいきましょう」


「うーむ……ラランは確か【火魔法】と【土魔法】が得意だったな?」


「えぇそうよ? それが何か?」


「ならば土魔法だけにしろ。それならば許可する」


「【火魔法】の方がより楽しめるのに……まぁいいわ。坊や、準備はいいかしら?」


「構いませんよ」


「ならまずは簡単なものからいくわね」


 当初の立ち位置よりも少し後退し、ラランさんが詠唱を開始する。



『土よ我が命に応じて球体を作り我が敵を撃ち破れ! 飛べ、アースボール!』



(ん? んん? 詠唱が長くないか……? ちょ、どんな威力で土の玉を撃ってくるんだよ!?)



 最初は簡単なものとか言っていたくせに、ラランさん、いきなりの大嘘吐きである。


 避けては意味がないのだろうと、咄嗟に両腕で顔をガードしながら発生したその物体を隙間から見つめた。


 ―――大きさ20cm程度の、茶色い固まりを。



(なんだあれは。フーリーモールが放ってきた石よりは大きいが……あまり痛くなさそうな気がする。爆散でもするのか? それとも中に隠された硬い石でも――)



 警戒しながらも片手を前に出し、飛来する土の塊を掌で受け止める。


 ドスッ……


「……」


 感触はクッションを投げられたくらい。


 そうとしか言いようがない。


 痛いとかそんなレベルじゃなく、ヘタをすればちょっと気持ち良かったくらいだ。


(さっきの詠唱はいったいいくつの節で構成されていたんだ? 他人の詠唱だと切れ目がいまいち分からないから、どの程度の威力か予想もできないぞ?)


 今やっているのはあくまで試験。


 ならばもしかしたら答えてくれるかもと、ラランさんに思い切って問いかける。


「あ、あのー」


「へ~……手加減し過ぎたかしら? さすがにこの程度なら大した痛みも感じていないようね。Bランク試験を受けるだけあるわ」


「今の魔法って【土魔法】の何レベルだったんですか?」


「そんなことも分からないの? これだから魔法が使えない人間は……アースボールはレベル1に決まってるじゃない」


「へっ? そ、そうなんですか……ありがとうございます」



(どういうこと!?)



 頭の中が大混乱に陥る。


 レベル1ということは節は2つ。


 俺なら、


『土の玉 飛んでけ』


 これだけで済む。


【省略詠唱】を取得している今ならもっと短いかもしれない。


 というか、アースボールがレベル1っていうのは常識なのか?


「ち、ちなみに次撃つ予定の土魔法は何レベルのやつで……?」


「そうねぇ。アースボール程度じゃまったく問題無さそうだし、次はロックバレットにしましょうか。レベルは3。まだ耐えられるでしょう?」


 何やら妖艶な笑みを浮かべるラランさんだけど、そんなのはリステだけでお腹いっぱいだ。


 所詮はレベル3、知力がバカ高いわけでも無さそうだし、まず耐えきれないことはないだろう。


「分かりました。お願いします」


 手を下げたままその場に立ち尽くす。


 今回は防御も無し。


 詠唱、物体が出来上がるまでの経過も全て見させていただく。


「……それじゃあいくわよ」


『土よ我が命に応じて収束しろ 我が敵を穿つ硬玉となれ 放て! ロックバレットッ!!』


 ……まただ。


 詠唱の感覚が俺と違い過ぎてまったく掴めない。


 しかしラランさんの伸ばす両掌に詠唱途中から青紫の霧が纏わりつき、詠唱終了とほぼ同時に霧が凝縮、その中心に物体が形成され始める。


 1秒……2秒……3秒……きた。


 飛来する速度は……おぉう!? はやッ!!


 腹付近に向けてカッ飛んできたので、どうするか悩む間もなく飛来するその石の塊を掴み取ってしまった。


 掴んだ拳がそのままもっていかれるので威力もそれなり。


 単体向けの1点突破魔法としては優秀そうである。


 ただ発動から形成までの時間がかかるのは【土魔法】の特徴なのだろうか?


 先日実験で試していた【雷魔法】と比べれば、詠唱から発動までの間が長く、シビアな状況ではやや使い勝手が悪いようにも感じる。


 待ち伏せなどの先制攻撃に向いた魔法なんだろうな。


「う、うそでしょ……?」


「……」


「ラランッ! そのガキは普通じゃねぇぞ!! 全力でやれっ!」


 声のする外野へ視線を向ければ治療を受けたのか。


 壁に寄りかかって元気そうなイーノさんが、激励なのか罵声なのか分からない言葉を投げかけている。


「お、面白いじゃない。あはは……全力でやってやるわよ!!」


「ちょ、ちょっと待てララン! 場所を考え―――」


 焦って止めに入るオランドさんの言葉を遮るように、ラランさんは詠唱を開始した。



『硬質な大地よ 我が命に応じて集い来たれ 何よりも硬く 何をも貫く――』



 だから、俺も遮った。


 オランドさんが止めに入るということは、壁が壊れるとか、このまま高威力魔法を発動すると何かしらのトラブルが発生するのだろう。


 ならば止めても怒られることはないはずだ。



 ――【身体強化】――



 そして前傾姿勢になりながら足を一歩踏み出し――



 ――【突進】――



 急激に視界が加速する。


 黒い魔力が外に出ないタイプの身体強化系スキル合わせ技。


 本当に練習しておいて良かった……


 あまりに不慣れな加速についていけず、昨日試した時はそのまま豪快にすっ転んでしまったのだ。


 あんな姿を見られたら恥ずかしくて死んでしまう。



 『――貫く槍と……ヒエッ!!?』



 一拍にも満たない間。


 目の前に立つと驚きで飛び退いた後に尻もちをつき、さらにそのまま後退っていくラランさん。


 化粧同様、派手なパンツが丸見えですありがとうございます。


「ラランさん、オランドさんが止めに入ってましたよ」


「ぁ……え?……えぁ……」


「ふぅ……済まないな、ロキ」


「いえいえ、建物や壁が壊れたら大変でしょうし」


「いや、そういう意味で止めたんじゃないんだが……まぁいい。これでもう十分だろう。おまえらから見ても問題無いな?」


 オランドさんがそう言うと、審判役のお二人も高速で首を縦に振ってくれていた。


「ロキ、Bランクの昇格試験は合格だ。今日の昼以降であればいつでもいいから俺の部屋に来てくれ。カードを交換する」


「了解です。それじゃお昼ご飯食べたら取りに行きますよ」


「ふむ。それにしても、俺はロキを信じていたつもりだったが、実際にこんな動きを見せられると納得せざるを得ないな」


「……それでも、僕一人じゃ到底勝てませんけどね」


 二人にしか分からない会話。


 それを固唾を飲んで聞いているラランさんとイーノさんからは、先ほどのような蔑んだ、子供を見下ろすような視線は消えていた。


「おまえらも依頼書にサインしてやるから、後で受付行って報酬貰ってこい」


「あ、あぁ」


「……」


「これで少しは分かっただろう。才覚だけで上に登れるほど世の中は甘くない。人を見た目や種族なんかで判断していたら、そのうち足掬われておまえら死ぬぞ?」


「……オランドさんも人の事言えませんけど」


「そ、それを言っちゃ格好付かんだろう!……がはっ! がはははっ!」


「「……」」


 今回の模擬戦は非常に良い目安ができたな。


 Bランクの近接職は、本気で向かってこられると焦るくらいには速い。


 だが対処できないほどでないし、後衛魔法職は詠唱さえ潰せば楽ということが分かった。


 なんであんなに詠唱が長ったらしいのかは分からないけど。


 それにこの二人はあれほど俺を下に見ていたにも拘わらず、職について一切自慢もしないし触れてすらこなかった……つまりは二人とも下級職の可能性が高いだろうな。


 平均的なBランクはもう少し強い――そう思っておいた方が良さそうな気もする。

 


 さて、彼らも仕事で報酬を受け取るなら今回のことくらい許してくれるだろうが、変に逆恨みされても困るのできちんとお礼は言っておこう。



「お相手、ありがとうございました」






 ひょこひょこと、ガタいの良いオランドについていく底が見えない子供。


 その姿を、二人は視界から消えるまで眺め続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る