第156話 昇格試験(近接戦)

(ふーむ……監査院の人はまだいないのかな?)


 ハンターギルドへ向かう途中。


 昨日の件があったのなら監視くらいされてもおかしくないだろうと、行動開始後すぐに俺は【探査】を発動させた。


 最初に確認したのは面長眼鏡のファンメラさん。


『ファンメラ』という言葉で周囲30メートルには反応が無いため、一応『眼鏡』というワードで【探査】を開始するが、こちらも反応はあったものの人違い。


 成功するか分からないまま『監査員』というワードで検索しても周囲に引っかかる者はいないので、気にし過ぎかな? と思いながらもハンターギルドの中へと入った。


「すみません。オランドさんに呼ばれてまして、ギルドマスターの部屋に直接向かえば良いですか?」


 話しかけたのはいつものよく喋るおばちゃんだ。


 朝のためか、いつもガラガラなおばちゃんカウンターでさえ人が並んでいてビックリした。


 それでもおばちゃんのところに並んでいるんだから俺も大概である。


「え? ギルマスから呼ばれたって……何か悪いことしちゃったの!?」


「違いますよ! 昇格試験についてです」


「なによもう、驚いたじゃない! って、もう昇格の話とかあなたやっぱり大物になりそうね。この時間は忙しいから直接ギルドマスターの部屋に行っちゃっていいわよ? 場所分かる?」


「えぇ昨日お邪魔したので大丈夫ですよ。ありがとうございます」


 そう告げてすぐに向かおうとするも


「そういえば私ターミアっていうの! 結婚相手に困ったら私のところにいらっしゃい! 良い子紹介するわよ!!」


 カウンターを離れた後も背後で何やら騒いでいて、本当に忙しいのかよと突っ込みたくなる。


 紹介という時点でターミアさんは世話焼きの良い人なんだろうけどさ。



 苦笑いしながら会釈しつつギルドの2階へ。


 昨日通されたギルドマスター室へ訪れれば、オランドさんは豪勢な革張りの椅子に座って1枚の木板を眺めていた。


 老眼なのかな? 目を細めて木版を近づけたり遠ざけたりしている。


「おはようございまーす」


「おう直接来たのか。下はこの時間大混雑だっただろう?」


「えぇ。いつもガラガラなターミアさんのところまで並んでいたので、許可頂いて直接足を運ばせてもらいましたよ」


「これからもっと忙しくなるからな! 今のうちにカウンターを増やしとかないとマズいかもしれん。がはははっ!」


 改めてギルドマスターの部屋を見渡せば、高級感のある調度品が壁際にいくつも存在しており、棚の中には高そうなお酒と綺麗に飾られたグラスが目に入る。


 絵画なんかも複数飾られているし、事務的な部屋の中で大量の木板に囲まれながら仕事をしていたヤーゴフさんとは大違いだ。


 まぁ人に仕事を振りながら円滑に事が進められるのもまた才能と分かっているので、あまり気にせず本題の昇格試験について触れていく。


「それで、模擬戦のお相手は決まりましたか?」


「あぁ見繕っておいたぞ。下の飯処に待機させているからすぐにでも始められるが、どうする?」


「ならすぐにやっちゃいましょう。その人をいつまでも待たせておくのは悪いですしね」


「そいつらには昇格試験の試験官という名目で、安くない日当を出すから気にする必要はないんだがな」


「ん? そいつら? 複数人ですか?」


「ロキの職業とか戦闘タイプが分からなかったのでな。近接職と遠距離職の二人を用意させてもらった。どうせ雇っちまったんだし、せっかくなら二人と戦ってみてくれ」


「は、はぁ……」


 よくよく考えれば、俺は近接職と遠距離職のどちらなんだろうか?


 普通はこれと決めたスキルを伸ばして自分のモノにしていくのだろうが、俺の場合は次から次へと新しいスキルが手に入るため、全部が中途半端になっている気がする。


 唯一まともに使っているのは剣くらいか。


 となると、俺は一応近接職になるのかな?


 ふとステータス画面から職業欄を見れば、相変わらず<営業マン>になったままだし……無職と表示されていないだけまだマシかもしれないけど、職が選べないとこういう時の返答に困ってしまう。



「……あの、オランドさん。普通『』というのは皆さん公表するものなんですか?」



 ふと、気になったことだ。


 公表することが当たり前の世界ならば、今後はいざ聞かれた時用に『』を考えておく必要がある。


 職業はなぜか営業マンです、なんてバカ正直に言えるわけがないしね。


「人によるとしか言えんが、所持スキルほど隠すものではないな。パーティ募集で求める職を絞ることもあれば、職を公表して入れるパーティを探す者もいる。ハンターじゃなけりゃ、手にしている仕事に関連する職に就いていることが大半だから、わざわざ確認するまでもないしな」


「あーなるほど」


「金銭的に職に就けないやつらもいるわけだから、公表することが義務でもなければ、聞かれたら必ず答えなきゃいけないものでもない。中級以上や天啓が絡む特殊職業のやつらなんかは聞かなくても自ずと職を言い出すことが多いし、逆に下級職なら必要最低限身内だけにってやつらが多いと思っておけばいい」


「ふむふむふむ……ありがとうございます。凄く勉強になります」


 結局は良い職に就いていると自慢してくるし、無職や下級職なんかは極力触れないでっていう、世知辛いリアルな構造そのままじゃないか。


 やっぱりゲームっぽくはあっても、しっかりリアルな世界である。


 目の前で職自慢なんかされたら、強制無職縛りを受けているのと変わらない俺は、思わず気合のグーパンチをしてしまうかもしれない。


 しかしこれで安心だな。


 何かあっても職業は『』で押し通せば問題無いということ。


 パーティを組む予定もないのだから、ゲームによくあった「ヒーラーとタンクだけ募集」とかのように、ゴミ職だから人権無しなんていう事態に晒されることもないだろう。




 オランドさんについていきギルドの1階へ。


 そこから酒場とは逆の方向へ歩いていくと、丁度テニスコートくらいはあるだろうか。


 石壁に囲われた屋根の無い空間へと案内された。


 地面は土のままになっており、壁際には様々な形状の武器が雑多に置かれていて、色合いから全て木でできていることが窺える。


 壁面には弓道で使われるような丸い的が掛けられていたりするので、弓矢の練習なんかはこんなところで行うのかもしれない。



「試験はここの修練場でやる。今その二人と残りの試験官を連れてくるから、ロキは好きな武器を一つ選んでおいてくれ」



 オランドさんはそう言いながら来た道を引き返していくので、少し眺めたのち、俺は消去法で短剣を手に取った。


 長剣は残念ながら短めの物がなかったので、俺には長過ぎてどうにも扱いづらい。


 そのまま剣道のように、何か決まった防具でもあるのかと装備の置かれた棚を物色していると、背後から数人の話し声が聞こえてきた。


「待たせたなロキ。一応紹介しておこう。今回の模擬戦相手、Bランクハンターのイーノとラランだ」


「おいおい、ガキじゃねーかよ」


「おい、名前くらい名乗れ」


「チッ……イーノだ」


「ラランよ。こんな可愛い受験者を相手にして報酬ももらえるなんて、今日は良い日ねぇ」


 どちらも20歳くらいだろうか。口は笑っているけど目だけは鋭く俺を見つめる茶髪の男性と、大きくうねった杖を所持した化粧の濃い赤髪女性。


 ラランさんはともかく、イーノさんはあまり良い雰囲気ではないような気がする。


「ロキと言います。宜しくお願いします」


「ねぇ、坊やは人間?」


「え?」


 ラランさんの言葉に首を捻る。


「ずいぶんと小さいし、この辺りにはいない肌色をしているから。実はエルフの血が混じっていたり、私達よりも年上の別種族ってこともあるでしょ?」


「あーそういうことですか。僕は人間ですよ」


「そぉ……なら良い声で泣きそうね」


 唇をペロリと舐め、嗜虐的な視線で俺を見つめるラランさん。


 いかん。


 これは二人共まともじゃないかもしれない。


 どういうこと?


 ハンターって強くなるほどおかしくなるの!?


 目で訴えかけるようにオランドさんを見つめるも、そのオランドさんは華麗にスルー。


 何事も無かったように進行していく。


「よーし、俺も暇じゃないから早速試験を開始するぞ。とりあえずロキも短剣を持っていることだし――って、ロキは防具無いのか?」


「先日壊しちゃったんで今は無いんですよね。しょうがないのでこのままやります」


「くははっ! 痛ぇ~って小便チビッても知らねーぞ? こいつは試験なんだからなぁ」


「はぁ……最高」


「……そうか。ではイーノから頼む」


「おうよおうよ。ガキ、俺も短剣使いだ。手本を見せてやるから痛みで覚えるんだな」


 オランドさんが連れてきたギルド職員の二人に促され、修練場の中央に幾分かの距離を空けて対峙する。


 そしてその二人は場外へ。


 オランドさん含め、この三人が模擬戦の内容から、Bランク基準を満たしているのか判定するのだろう。


「一応ルールを説明しておく。お互い認めるのは所持したその短剣での攻撃のみ。顔面や急所への攻撃は禁止だ。そして魔法やスキルの使用も一切禁止とする。相手に大きな怪我をさせないことも技量の一つだ。必ず寸止めをしろとは言わないが、相手の身体には十分に気遣ってくれ。それと勝敗が合格に左右されるわけじゃないが―――ロキ、分かっているな?」


 チラリと俺を見るオランドさん。


 言いたいことは分かっていますよ。


 キングアントを倒すくらいなら圧勝しろ。


 そいうことなんでしょう?


 どっこいな勝負をしていたら、本当にキングアントを倒したのか? と怪しくなってきてしまうからな。


 しかし、どうしたものか……


 今回は色々と試したいことがあるんだ。


 舐めてかからず、その中で引き出せるだけの情報を引き出しておきたい。



「では、始めッ!!」



 オランドさんの号令と同時にニヤニヤしながら構えるイーノさん。


 そのまま腰を落とした直後に地面を蹴り上げ、低い姿勢のまま俺へと突っ込んでくる。


 受験者の技量を引き出し、その内容を確認するための模擬戦だと思うが、そんなものはお構いなしの攻め。


 だからか――俺も気遣う必要がなくてやりやすく感じていた。



(こんなもんか)



 模擬戦開始前、自分のステータスは確認済みだ。


 急激に各種能力値が上がった中で、現在ステータスボーナスの恩恵が強いのは筋力、魔法防御に技術。


 逆に伸びていないのが防御力と敏捷、そして幸運だった。


 だからこそ期待していたんだ。


 俺の特性であり強みは大量のスキルを取得できること。


 逆に弱みは職業選択ができず、その恩恵を得られないこと。


 現役のBランクハンター相手に、強みをあまり活かせていない防御力や敏捷でどの程度張り合えるものなのか。


 張り合えなければ職業選択の恩恵がかなり強いということになるし、いけるなと思えば職業選択の恩恵はそこまで強烈ではないと予想できる。


 まぁレベルが56の時点で、たぶんBランクにしてはかなり高レベルのはずだ。


 そこは差し引いて考えないといけないわけだが――



 結論を言えば、イーノさんの動きはだった。



 実際は速いのかもしれないけど、俺から見える動きは可もなく不可もなく。


 レベル10台の頃に対峙した、ルルブのスモールウルフよりは少しだけ遅く感じる程度の体感速度。


 瞬間移動かと勘違いしてしまうほどの速度で詰め寄ってきた、リルとの戦闘経験も糧になっているのかもしれない。


 あの速さを経験していると、この程度ならばどう対処するか。


 何手か考えるほどの余裕も生まれる。



 ――だが、俺は敢えて何もしなかった。



 イーノさんが手に持つ短剣を目で追いながら、どこに当ててもらうかを考える。



(想像以上のダメージが入った時に一番支障がなさそうなのは、やっぱり利き腕じゃない方の腕かな?)



 ならばこのままでいいか。


 腕に当たるよう多少の微調整を加えて―――



「ッー……」



 ―――現役Bランクハンターの『火力』がどの程度なのか、身をもって体験する。


(イーノさんも本気じゃないだろうけど、衝撃くらいでそこまで強烈な痛みは無し……少し痣ができる程度ってところだな)


 これなら刃があっても、いきなり致命傷にはならないんじゃないか?


 そんな安心感を得られて思わずホッとする。


 Bランク相手でこれなら、この先トラブルに巻き込まれても死ぬ可能性はだいぶ減ってきたと言えそうだ。


 あとはその可能性が0%になるまで己を強くすればいい。


「おい、痛くねーのかよ?」


「え? えぇ、まぁ大丈夫ですよ」


「……」


「それでは、攻めてみますね」


「ッ……」


 急に後方へ飛び跳ね、イーノさんは大きく距離を取る。


 先ほどとは打って変わって表情は真剣そのもの。


(警戒されてたか……?)


 そう感じるも、このままでは埒が明かないので、歩きながら距離を詰める。



 ジャリ……ジャリッ……ジャリ……



 短剣にしては遠い、約3メートルほどの間合い。


 そこまで近づいた時――


 痺れを切らしたのか、腰を落としたままのイーノさんが再び踏み込んでくる。



「――シッ!!」



 明らかに先ほどよりも速い動き。


 逆手に持った短剣が俺の肩口付近に迫ってくる。


 これは……今から手を出しても間に合わない。


 だから咄嗟に身体を捻りつつ短剣を合わせた。


 長剣と違いつばの無い短剣なら、角度によってはそのまま滑らすことができる。


 狙いは短剣を握っているイーノさんの小指。


 そこに狙いを定めて―――



「ッてぇえ!!!」



 ―――少し捻りつつ、僅かに力を込めて振り抜いた。


 狙ったところにもっていけるのは、技術のボーナス値が高いからだろうか?


 まだまだ分からないことばかりだが……


 振り返ればイーノさんは手から短剣を零し、拳を抱えながら蹲っていた。


「大丈夫ですか?」


 あまり力は込めないようにしたつもりだ。


 それでも相手が利き腕だったため、今後のハンター活動に支障が出るのでは? と心配になってしまう。


「ラモック! 見てやれ!!」


「はいっ!」


 審判役だった一人の男性がイーノさんに近寄り、寄り添いながら修練場の脇へと連れていく。


「気を付けたつもりだったんですけど大丈夫ですかね? ポーションくらいなら……あ、しまった。宿屋に忘れた!」


「ロキが心配する必要はない。腕がもげたわけでもあるまいし、あの程度ならハンターにとっては日常茶飯事だろう? 逆に――あの程度で済ませてくれて感謝する。奴にとっても良い切っ掛けになったはずだ」


 ――まさか。


 オランドさんはガラが悪いというか、質のあまり宜しくないBランクハンターの教育も兼ねて今回の人選をしたんだろうか?


 疑いの目を向けるも素知らぬ顔をしているので、なんだか一杯食わされたような気持ちになってくる。


 だが、その程度のモヤモヤした気持ちならまだマシか。


 問題は――



「次、ララン準備しろ」



 この人だろうな。


 先ほどの雰囲気はどこへやら。


 石壁にへばり付いたまま動く様子すらないラランさんを、俺は黙って見つめた。

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