第109話 マルタの狩場情報

(あぁ……眠い……)


 鞄の中身を見せてからもう5時間ほど。


 時刻は既に夜中の2時を回っている。


 目の前で金色の瞳を輝かせながら化粧品を弄るリステを眺めつつ、今日見せたのは失敗だったかなと、ちょっとどころではない後悔をしていた。


 普段なら十分過ぎるほどの睡眠は取れている。


 だから1日くらい夜中の2時3時になろうが大した問題ではない。


 が、今日は午前中に馬車の中で無理やり仮眠をとっただけ。


 その時も馬車の振動が凄くて何度も起こされていたので、強烈な睡魔が波状攻撃の如く俺に押し寄せてくる。


 内心、こんな時こそ「【読心】で俺の心を読んでくれー!」と叫びたくなるが、目の前の様子を見るにスキルを使っている場合ではないのだろう。


「これは何かの粉末でしょうか? 色分けされてますけど、どこかに塗るんですか?」


 チラッと見ると、ケースには数種類に色分けされた四角い何か。


 男の俺にはそれがなんなのか、いまいちよく分からない。


 リステはどうも化粧品に大層な興味があるようで、先ほどから大量の質問を飛ばしてくるわけだけど、満足に答えられずなんとも歯がゆい気持ちになってしまう。


「うーん、青っぽいのが混ざっているとなるとチークじゃないと思うし、たぶん目元に塗るやつじゃないかなぁ……」


「目? 瞳の色をこれで変えるのですか?」


「違う違う。塗るのはココ……」


 そう言って目を瞑り、瞼を指す。


 ふが~思わずこのまま寝てしまいそうだ。


「白い粉を顔に塗るのは知っていましたが、地球の人間はこのような鮮やかな色も塗るのですか」


「この世界でも似たようなものはあるんじゃないかなぁ。ベザートの町では化粧している人をほとんど見かけなかったけど、マルタは結構派手な化粧をしていた人もいたし……」


「なるほど。商人からばかり情報を得ていてはなかなか分からないことですね」


「これで目元の印象が大きく変わるからね~たぶんリステは元が美人過ぎるからガラッと変わるんじゃないかなぁ……」


「そ、そうですか……?」


「うん……物凄く似合うと思うよ~良いか悪いかは別として、他の女神様達にはない妖艶な雰囲気が出るんじゃないかなぁ……」


「妖艶……」


「そうそう……妖艶……」


「?……ロキ君?」


(妖艶なリステとか、ヤバすぎるなぁ……)


「ロ、ロキ君……?」


「ふぁっ! ご、ごめん! ちょっと意識飛んでたかも!」


「……はっ! すっ、すみません! ついつい夢中になってしまい時間を忘れてしまいました……」


「ううん。リステが一番興味ありそうと思って見せたんだからそこは気にしないで。どうせ夜は宿で合流するんだし、気になるなら明日以降も分かる範囲の説明はできるからさ」


「ありがとうございます。このような地球産の素晴らしい品を直接見せていただけるなら、私はいつでも構いませんので」


「あっ、ただもしかしたら宿は変えるかもだから――どうしようかな?」


「何かこの宿に不満が?」


「できればお風呂のある宿が良かったんだけどさ。今日は満室だったから、空きがあれば宿をそっちに変えるかもしれないんだよね」


「そうでしたか。ちなみに明日は魔物討伐に出られるのですか?」


「ううん。明日は――というか、もう今日か。今日は町の中で調べものとか、やるべきことをやっちゃう予定だよ。今日中にそこら辺を終わらすのが目標、みたいな?」


「ならば、明日は私と一緒に行動しませんか? もちろん一人じゃないと不都合がある場合は外しますので」


「うん? うん。それでも構わないよ?」


「ありがとうございます。では明日のお昼くらいにこの部屋へ降りますから靴だけお願いしますね。今日は夜分遅くまで申し訳ありませんでした」


 そう言って謝罪しながら消えていくリステを見送ったら、ベッドに転がりながら明日の予定を考える。


(明日はまずハンターギルドで狩場の魔物情報を確認して、ついでに靴を買ったらリステと合流後に商業ギルドで依頼の結果を確認。あとはこの町ならありそうなアクセサリー屋だな。早いとこ付与付きのアクセサリーを2種揃えておきたいところだけど、問題は手持ちのお金で足りるかどうか。高レベル付与師が上手くこの町にいたとしても、【付与】まで依頼すれば絶対お金足りないよなぁ……そうなったらこの近辺の狩場でどこまで稼げるか――)


 予定の確認と言ってもほんの1~2分。


 既に限界まで来ていた眠気に誘われ、答えを出し切る前に俺は眠りについた。




 そして、朝。


 一度鐘の音で起こされた俺は宿で朝食を摂り、二度寝をかました後のスッキリした頭で冷静に考える。



(実は今日って、午後からリステとデートじゃね?)



 眠気で頭が回らなかったため、昨夜はなんとなしに一緒に行動することを了承した。


 が、よくよく考えれば一緒に行動とは、つまりデートと言っても過言ではないことに今さら気付く。


 思わずジュラルミンケースを開け、ガサゴソと鏡を取り出し自分を映すが――


(歳のせいでまだ髭が生えてこないのは幸いだが、髪はもう伸びっぱなしのボサボサだよなぁ……服も血の染みが大量に付いたボロ布だし、こんな格好であんな高貴な雰囲気を纏うお方と一緒に行動していいんだろうか?)


 フェリンの時はあまり気にならなかった。


 ベザートでは似たような服装の人間がいっぱいいたということもあるし、何よりフェリンの放つ空気感が、自然と"楽しければそれでいいや"という雰囲気にさせてくれた。


 だがリステは違う。


 どこぞの王族かと思わせるようなオーラを放っているので、このままでは従者のような存在だとしても、リステの横を歩くのはマズいんじゃないかと思ってしまう。


(金に困っているわけじゃないし、スキルのせいで成長が遅い可能性もあるんだから、少しまともな服でも買うか? あとは床屋や美容室でもあれば一番いいけど、無ければハサミもか)


 そう思いながら時計を見れば、時刻は既に9時半を回っている。


 そろそろ行くかと、硬貨やギルドカードが入った革袋だけを腰にぶら下げ、俺はハンターギルドへと向かった。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





(狭さも本の数もベザートと変わらんなぁ)


 ギルドの受付カウンターに声を掛け、マルタ支部の資料室に来た俺は、2畳程度のスペースにある鎖に繋がれた2冊の本のうち1冊を手に取る。


 もちろん掴んだのは薄い方だ。


 内心、昨日からこの本を見るのが楽しみでしょうがなかった。


 魔物が分かればどんなスキルを所持していそうなのか想像が膨らむし、そのスキルを獲得できるかもと思えば、その後どんなことができるのかと妄想も膨らむ。


 それにマルタにはBランク狩場が近くに存在しているんだ。


 今の自分で倒せるのかどうか。


 絶対に無理をしないと心に誓ってはいるものの、強い魔物が現れる狩場情報となれば、ゲームで先々の攻略情報まで見てしまう俺のようなタイプなら、どうしても興味が湧いてしまうのもしょうがないことだろう。



(さてさて、どんな興味深い情報が載っているかな?)



 本を開ければまず飛び込んでくるのが、Fランク狩場 《パル草原》というところの情報だ。


 相変わらず挿絵付きで出現する魔物情報が載っている。


 それを見ると、ホーンラビット、ゴブリンという既知の魔物の他に、新種でファンビーという魔物の存在が確認できる。


 挿絵を見る限り『蜂』、だな。


 となると素材はお尻の針にもなっているし、やっぱり毒絡みのスキルだろうか?


 まぁFランク狩場のここはおまけ程度だ。


 新種のスキルがあればレベル3くらいまで取得して、すぐ次のEランク狩場へ移るべきだろう。



 お次は、と。


 ページを捲り、思わずニヤリとしてしまった。



 Eランク狩場 《ボイス湖畔》


 出現する魔物はホールプラント、アンバーフラッグ、マッドクラブという名で全て新種、そして念願の水場だ。


 ベザートと作成した人が違うのか、あまり詳しいことは書かれていないが――


 上手くいけば【水魔法】が取得できるかもしれないと思うと、今からワクワクが止まらなくなってくる。


 ここも楽に倒せる場所であることは間違いないだろうし、できればスキルレベルの高い魔物がいてくれと願うばかりだな。


 おまけに物凄く興味深い情報も書かれていた。



(稀にアンバーフラッグが出没することもある、か)



 これはまさかのレア魔物というやつだろうか?


 そんな物まで出現するなんてなったら、俺のワクワクが突き抜けてしまうんだが?


 この手の魔物はレアなスキル持ちって相場が決まっているし……


 ん~ぜひ一度はお目にかかりたいっ!!



 ……いけない一人で興奮してしまった。


 まずは情報を一通り確認しなくては。


 さらにページを捲れば、もう一つのEランク狩場 《コラド森林》の情報が載っている。


 が、ここは――残念ながらルルブの森とほとんど魔物構成が同じだ。


 スモールウルフにリグスパイダーと、散々狩り倒した魔物の中にスネークバイトという新種が混ざっている。


 となるとここも、このスネークバイトという魔物の所持スキル次第。


 持っていないスキルがあればレベル3くらいまで上げて、とっととおさらばということになるだろう。



 ふーむ。


 今までの情報からしても、新しい狩場に行けば全てが新種というわけではない。


 なので今後狩場を潰していくことによって、どんどん新種との遭遇率は低くなるということ。


 これを喜ぶべきかどうかは悩むところだが、そうなると新しい町に行っても、付近の狩場次第ではすぐに旅立つパターンも出てくるということになる。


 まさに新種の魔物探し、新種のスキル探しの旅というわけだ。



(ふふっ……ふふふふっ……すっごく楽しいなぁ……)



 こうやって自分が強くなるための計画を練り、妄想するというのは本当に楽しい。


 これで新しい狩場に行き、予想外のレア的な何かがあればさらに最高である。



 ――ただそれも生き延びてこその話だ。



 ふぅ。


 それじゃあ、問題のBランク狩場を見てみようか。



 Bランク狩場デボアの大穴


『マルタ北西の緑地帯に存在する巨大な巣穴。常に複数体で行動する体長1メートルほどのソルジャーアント、隠れ潜み襲ってくるキラーアントのほか、上位個体でもあり浮遊するレヴィアントが2種を統率することで知られている。

 魔物自体はBランク下位だが、常に複数戦、連戦を強いられる上、内部は光の届かない広大な迷路にもなっているため、通常のBランク狩場よりは遥かに難易度が高い。

 また最奥にはクィーンアントが存在しており、単体でAランク上位の魔物と認定されている。もしクィーンアントが誰かの手によって倒されていれば、半年ほどは内部の魔物出現割合が大幅に減るため難易度も下がるだろう』



(なっ、なるほろ)



 1メートルの蟻がウジャウジャいる蟻の巣かぁ……おまけにクィーンアントかぁ……


 ゲームでは何度も蟻と戦う場面があった。


 それこそワラワラと群がる蟻をまとめて釣っては薙倒したりしていたもんだが、それをリアルでやるのか、やれるのかとなれば、かなり厳しい気がしないでもない。



(よーし! とりあえず蟻の巣の存在は忘れよっかなー!)



 まずは他3つの狩場を攻める。


 その結果得たスキルやステータス値を見て、もう一度考えることにしよう。



 その後、ベザート同様に併設されていた解体場に行き、目についた人へ声を掛ける。


 すると忙しいのか、作業をしながらぶっきら棒に「なんだ?」と返答があったので、明日からここのお世話になること。


 そのついでに高値買取のコツなんかを聞いてみようとした。


 が――


「あぁ? そんなのハンター共にでも聞いてこい! こっちゃ忙しいんだ! 見て分かんねーのか!?」


 ――このように、大層な勢いで怒鳴られてしまった。


 たしかに作業台の上にはデカいカエルや蟹が山のようになっており、その後ろにも作業台の数倍はあろうかという量の素材が解体待ちをしている。


(ただでさえ人が多いこの町で狩場が4つ。ハンターも多いんだろうし、ベザートよりもずっと忙しいってことか?)


 その分解体作業をしている人も多いので、ロディさんが暇だったとは思わないが……


 ベザートのように、なんでも教えてくれるわけじゃないということはこれでよく分かった。


(どこもかしこも親切丁寧というわけじゃないだろうしな。それなら自分でやりながら覚えるしかないか)


 マルタに知り合いなんていないソロハンターの俺にはそれしか手がない。


 先ほど資料室で学んだ素材情報を復唱しながら、次の目的地である靴屋探しを開始した。

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