第96話 見えない目的
「ただいまー!」
「はやっ! ほんと早いなっ!」
消えてから1分程度しか経っていない。
転移がどれだけ優秀か、まざまざと見せつけられる速度でフェリンは鞄を持って出現した。
「一応他にも何かないかな~って思って周りを見てみたけど、あったのは鞄だけだったよ」
そう言いながらテーブルの上に置かれたソレは、フェリンが言っていた通りのクリーム色をした女性用鞄。
そこまで汚れは目立っていないように感じる。
「遺骨はすぐ近く?」
「うん。といっても頭部と他に一部って感じだったけど……」
「そっか……」
なんとなく想像できてしまうな。
その女性はなんらかの理由によってその場所で亡くなった。
だが、身体の大半はゴブリンにでももっていかれた。
だから衣類が残っていなかったのかもしれない。
って、今はそんなことを考えてもしょうがないだろう。
頭部があった以上は確実に亡くなっているんだ。
なら遺品は有難く活用させていただく。
人によっては「おいおい」と言うだろうが、ここは異世界だ。
遺族にその品を返してあげることもできないのだから、そのまま放置されるくらいなら活用した方が良いに決まっている。
「それじゃまずは中身を一通り取り出してみよう」
言いながら、鞄の中身をテーブルの上に並べていくが――
(財布、スマホ、ポーチ、飴、制汗スプレー、ポーチ、手帳、何かの本、サングラス、ポーチ、ポーチ……ポ、ポーチ多いな……)
次々と出す物によって埋まっていくテーブル。
さすが女性だ。
プライベート用鞄だと思うが、男よりも荷物が圧倒的に多いように感じる。
「ほぇ~地球の人種ってこんなにいっぱい持ち歩いてるもんなんだね!」
「女性だからかなぁ。あ、あと前から気になっていたんだけど、地球は人間しかいないよ? だから
「そうなの!?」
「うんうん。女神様達はみんな人種人種って言うでしょ。まぁこの世界は色々な種族がいるからだと思うけど」
「へ~それなら皆に言っておくよ! 人間とか獣人って言った方が分かりやすいってことね!」
「そう! さすがフェリン! 話が分かるぅ~!」
「へへ~」
フェリンがホヤホヤしたところで早速調査開始だ。
まずは財布、だろうな。
派手なエメラルド色の長財布を手に取り、中身を確認していく。
すると目的の物をすぐに発見した。
「あった。免許証だ」
「なにそれ?」
「車という乗り物を乗るためのカードだね。この世界だとギルドカードに近い身分証に使われる物だよ」
「ふーん?」
よく分かってなさそうだが、車を知らないんじゃどうにもならないだろう。
ここからは一つ一つ説明していくのも大変なので、フェリンには地球産の物だから好きに眺めておいてと伝えておく。
(ふむ……
ハンターギルドにある遺留品は6年前。
そして古城さんは2年以内。
どの程度のペースか分からないが、まずこの間も、そして古城さんと俺の間にも飛ばされている人間はいるに違いない。
そして現在俺との共通点は日本人ということ。
その他の目ぼしい情報源は財布の中には無し、だな。
カード類を細かく見てみるも、俺がピンと来る物は特にない。
携帯は一応試すも当然のように起動せず、本は……自己啓発本の類か?
パラパラ捲るも、元気があればなんでもできるみたいな、そんな雰囲気しか掴み取ることができなかった。
この時点で俺の読みは外れたっぽいなと感じつつ、それでも情報源になり得る手帳へと手を伸ばす。
すると表紙には2020年の文字が。
思わず中身を確認すると、2020年の5月までは日毎になにかしら書かれているが、5月27日を境にそこからは空欄が続いていた。
つまり飛ばされたのはこのタイミングが極めて高いということになる。
その前日の内容を見ても歯医者なんて予定が書いてあるくらいで、特別何かをした様子も無い。
まぁ俺だって仕事中に何の前触れもなく飛んでるしなぁ……
古城さんもきっと予兆なんてものはなく突然だったのだろう。
一応その前も遡って確認してみるが、3月あたりから前はやたらとハートマークが多かったから、このくらいまで彼氏でもいたんだろうくらいしか結局分からず。
俺がよくメモ帳代わりにしている白紙ページも彼氏とのやり取りと思われる内容が多く、ただただホゲ~と口の中に砂糖を詰め込まれたような気分になるだけだった。
「変な顔してどうしたの?」
「あぁ。他人の甘々な思い出を垣間見ちゃっただけだよ」
「もしかして恋愛ってやつ!?」
「そ、そうだね……食べ物並みに食いつき良かったね。今……」
「えぇ~見たい見たい!」
「フェリンさん? 最初この鞄見つけた時、あなた気落ちしてませんでしたっけ?」
それでも興味が止まらないようなので、まぁいいかと手帳を渡し、その他の物も確認していく。
(ポーチが4つとか、一般的な女性はこんなに持ち歩いてるものなのか? 大変過ぎだろ)
そんなことを思いながら近い物から順に開けていくと、一番大きいポーチには予想通りの化粧品が。
小型の物はコンタクト用、中型の物は生理用品ということが分かったが、最後のポーチを開けた瞬間、思わず「うぉ!」っと言葉が口から漏れてしまった。
(これ、モバイルバッテリーだよな……? それに充電ケーブル……マジか。 マジか!?)
咄嗟にどうするか考えたものの、まずはこのモバイルバッテリーが使用可能かどうか。
そして使用可能だった場合、できれば確認しておきたいことがある。
そう思った俺は、モバイルバッテリーにケーブルを繋ぎ、そのまま彼女の携帯に接続させた。
「……よーしッ!!」
「んん? なになにどうしたの!?」
「携帯の充電が開始されたんだよ」
スマホ画面には電池マークが表示されている。
モバイルバッテリーは使ったことが無いから分からないが、今は少しだけ動いてくれればそれでいい。
「携帯?」
「地球の最先端の機械、文明の利器だね」
「ほえぇ~」
今は申し訳ないけど、フェリンの相手をしている余裕が無い。
問題はここからだ……うんやっぱり、そりゃ出るよねパスワード。
だが4桁の数字入力でいけるタイプ、これならまだ可能性はある。
そう思った俺は免許証から誕生日、その数字の逆読みを試してみるもダメ。
あとはなんだ? と可能性を探すために手帳をフェリンから借り、それっぽい数字を探し出す。
(さすがに携帯のパスなんて手帳に残すわけないよな。有り得るとしたら彼氏好き好きだったっぽいから彼氏の誕生日? もしくは記念日?)
そんなことを考えるも、1月1日から既にハートマークが付いているため、付き合い始めた日付を見つけるのは厳しいことを悟る。
(となると……あった! 彼氏の誕生日!!)
2月12日に「ユウキ 誕生日」とハートマークいっぱいで書かれている。
となれば「2012」か「2102」か!? と素早くタップするも……ダメ。
パスワード突破のハードルが高く、思わず天井を見上げてしまう。
(アァーだめだー突破できねぇー。ここをクリアしないと中に入れているアプリが分からない。となると俺の予想の一つがあっているかどうかの確認も取れないじゃんよー。女性が設定するパスワードってなんだよ? 普通彼氏絡みじゃないのか? あーでもこの人別れてるのか……となるとあとはなんだ? 親の誕生日とか、好きなジャニーズの誕生日とか。そんなん設定されてたら分かりっこねーよ。たぶん間違え過ぎると変なロックかかるだろうし……ん? んんん?)
咄嗟にフェリンを見つめる。
キョトンとした顔をしているフェリンも猛烈に可愛い。
それは前から分かっているが、今はそうじゃない。
彼女は女神様。そうだ神様だ。
ならば。
「フェリン、このパスワードを魔法で解くことはできる?」
「へ?」
「フェリンは神様、凄い人。なら任意で所有者が指定する4つの数字を読み解けるかなって」
「えぇ……」
そう言いながらもフェリンは携帯を見つめる。
その眼差しはいつになく真剣だ。
頼むぞ!!
「うん、無理だね!」
「はっやーっ! 諦めるのはっやーっ!!」
「え~だってこれ機械ってやつでしょ? 生き物ならどうにかなるかもだけど、そうじゃないならどうにもならないよー!」
「うぅ……神様ぁ~」
「同じ神様でも、フェルザ様ならどうにかなるかもだけどさ。所詮私達は下級神だよ?」
「はぅ! そんな卑下しないで。可愛いだけで十分だから」
「い、意味分からないよ!」
うーん、女神様の力を以ってしてもダメ。
現代最先端の機器恐るべしである。
となるともう他に手はないか……
まぁ確認できなくても俺が死ぬわけじゃないんだ。
そう思いながら手帳をペラペラと捲り、とりあえず実家の電話番号でも書いてないかと確認してみると、アドレス部分は空白だったが最後のページになぜか勤務先と思われる電話番号とFAX番号だけ記載されていた。
そして、そういや俺の携帯パスワードも支店番号の下4桁だったなということを思い出し、なんとなく入力してみる。
「……」
「画面、変わったね?」
「うん……俺と同じ思考の人だった」
マジかよ。
変に女性だったらどうするの? なんてわけの分からないこと考えたのが仇になったとは。
まぁいい!
とりあえず解除できたんだからオールオッケーだ!
となれば確認しておきたかった部分の調査開始である。
俺と彼女、古城さんの共通項でありこの世界に飛ばされた理由。
それを俺は強さに拘るコアなゲーマー、もしくは異世界モノのファンタジー小説好きなのかなと思っている。
どんぐりは俺の仮説通りなら魔物を大量に倒してほしいはずだ。
いくらゲームに似通り過ぎたステータス画面を与えられたとはいえ、魔法、スキル、武器種や、前提となる世界観、魔物などはロールプレイングをやっていたかどうか、知っていたかどうかで受け止め方が大きく異なるはずだ。
もしその手の知識がまったく無いと言い切ってもいいうちの母親がこの世界に降り立ったら、ゴブリンが何なのかも分からないまま、あっさり森の中で撲殺されていただろうからな。
――しかし本は自己啓発本だった。
この時点でラノベ好きという線はやや薄くなるだろう。
そしてコアなゲーマーという線も、同様に移動中本を読んでいる時点で薄いはずだ。
俺がハマりこんでいた時はパソコンだったが、今は携帯のアプリが主流なことは知っている。
コアなゲーマーが移動中にゲームをできるなら、本を読まずにゲームをしている可能性が高いはずだが……
(うーんやっぱりか。ゲームアプリは入っているけど、パズル系のいかにも女の子がやりそうな、お手軽な雰囲気のやつがいくつかある程度。俺が知っているような有名タイトルのMMORPGはまったく無し……それに小説系のアプリもないっぽいか)
はぁ――……
これで俺の予想はハズレだろうなぁ。
共通項が分かればどんぐりの目的も読みやすくなると思っていた。
が、結局は同じ日本人だったというだけ。
6年前の遺留物の持ち主がどこの国の人かは、もしかしたらこのモバイルバッテリーを使って携帯の中身を見ることができれば判明するかもしれないが……
どこの国の人か分かったからなんだよって話にもなってしまう。
(クソッ……これでRPG好きとかでもあれば、どんぐりの「見つけた」という条件と、仮説立てた魔物を多く倒してほしいというのが繋がりそうなもんなんだがなぁ)
今回ので逆に、どんぐりの目的がなんなのか分からなくなったというのが正直なところだろう。
「何か分かった?」
「うん、俺を呼んだ目的が何なのか分からなくなったことが分かった……」
「へっ?」
「地球だとね、俺みたいに異世界に飛ばされて~っていう空想物語は結構あるんだ。そういうのが好きな人もいっぱいいる。で、そういう人は予備知識みたいなものがあったりするから、異世界に慣れた人をここに飛ばしているのかと思ってたんだよ。もしくは武器と魔法とスキルのファンタジーな世界が好きで慣れている人。そんなゲームも地球にはいっぱいあったりするからさ」
「んーロキ君はどちらにも当てはまるけど、この人はどちらにも当てはまらなかったってこと?」
「そういうこと。まぁ持ち物だけの判断だけどね。そんな物語が好きな人ならこの本はその手の内容だったと思うし、この携帯の中身にそれっぽいゲームは入っていなかった」
「そっか……ロキ君がなぜこの世界に呼ばれたかかぁ……」
「呼ばれた理由が分かれば、その目的も分かるかな~ってね」
「そうだね。目的と理由は繋がると思うし」
「今のところの仮説は、俺に大量の魔物を倒してほしいのかな? って思ってたけど……それもどうだか怪しいところだよ」
「……でもさ! ロキ君は私達の世界が好きで、おまけに慣れているんでしょ?」
「こうやって飛ばされたのは初めてだから慣れているのとは違うよ。でも好きだしすんなり順応するっていうか、状況を飲み込めるっていうのはあるね。普通は気が動転して意味も分からずにすぐ死んじゃうだろうから」
「そっかそっか! なら良かったじゃん!」
「ん?」
「ロキ君が好きな世界なら存分に楽しめば良いんだよ! 楽しんでいる間に私達が今後も地球の物を見つけてくるかもしれないから、そしたらまた何かが分かるかもしれないでしょ?」
さすが楽天家っぽいフェリンだなぁ。
でも何も成果が得られなかっただけに、今はそんな言葉が有難いよ。
「そうだね。ありがとうフェリン」
「う、ううん! 大丈夫だから! 全然問題無いから!!……それより目の前にあるコレ、どうするの?」
「あーどうしよっか……」
テーブルの上にはそのまま広げられた彼女の持ち物が広がっている。
本来ならヤーゴフさんやアマンダさんに見せて、この世界でも再現できそうな物を検証していくのがベストだろうけど……
そうすると、絶対どこで見つけたって話になるんだよなぁ。
正直にパルメラ内部の俺が飛ばされたところから近そうな場所だと言えば、本気になって遺留品探索部隊が組まれてしまう可能性があるし、そもそも昨日ヤーゴフさん達と会っているのにどうやってそんな短時間で行ったんだ? って話になってしまう。
そうなるとフェリンの話をしなければいけなくなるわけだから、さすがにこの選択は無しだな。女神様と動いているなんて幾らなんでも言えるわけが無い。
かと言ってパルメラの浅いところで見つけたっていうのもな……というか、ヤーゴフさんに嘘吐くと見抜かれそうで怖いんだよなぁ。
……なら、今回の件は言わない方が良いか。
中途半端に伝えれば今後女神様達の転移者探しがやりづらくなってしまうのだから、それは避けるようにしないといけない。
渡すにしても、もう少し時間を空けてからの方が良いだろう。
「うん、今ちょっと考えたけど、これはいつも相談している人にもまだ言わない方が良いね。フェリンの存在を明かさないと辻褄が合わなくなるから」
「そっか! でもそうすると、ずっとロキ君が持ち歩いてるの?」
「んー……たしか次はリステ様だよね?」
「うん、そう言ってたよ!」
「ならリステ様に見せてみるかな? 一番地球産の物に興味ありそうなのリステ様だと思うし」
「それ良いね! リステは商売の女神だから物に詳しいはずだし!」
「ならそうしようか。あっ、一応確認だけど、今フェリンは【空間魔法】を持ってきているわけじゃない? その魔法を使ってこれらを『
「うん、それはできるはずだよ?」
「それを神界に持ち帰ることは?」
「……それはどうだろう? 試したことないから分かんないや」
「分体と本体の繋がる亜空間が違う可能性もあるってこと?」
「そうそう。この場で亜空間に収納することはできるはずだけど、【分体】を消した時にその収納物が消えちゃうかも?」
「なるほどね……なら今後のために一応試してみよっか」
女神様を利用して無限ボックスゲットだぜ~なんてことをするつもりは無い。
ただ、さすがに女性物の現代品バッグを持ち歩くのは恥ずかしい。
ただでさえ自分の鞄とか持ち物も色々あるわけだし。
だからせめてこの鞄だけでも一時預かりを……
そんな思いで、女神様のスキルを利用した収納実験を行うことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます