第72話 妄想
ウボォー……
ウォンウォーーーーーーン……
「……ふおっ!! やべっ!! 今何時だっ!?」
咄嗟に土の枕元に置いていた時計を掴み取り、時間を確認する。
「なんだまだ6時過ぎか……ビックリした……」
ベザートの町にいる時は朝の6時頃に教会が鐘を鳴らすので、多くの住人にとってはそれが目覚まし代わりになる。
俺もその鐘の音で起きていたわけだが、当然ルルブの森で鐘を鳴らしてくれる人はいない。
というか、鐘自体あるわけが無い。
豪快な寝坊をすれば、意気揚々と森の中へ入ってくるアルバさん達を危険に追いやると思うと、お金と引き換えにとんでもない責任を負ってしまったなと少々後悔もしてしまう。
「うーん……この腕時計に目覚まし機能なんてないよな?」
淡い期待を込めつつ色々な角度から時計を眺めても、直ぐにそんな都合の良い機能が無いことを悟った俺は、早寝早起きしないと誰かの死に直結するぞと心の中で呟きながら朝食の準備を始める。
彼らが来るのはどんなに早くても9~10時頃だろう。
なので1時間くらい朝食を摂りながらゆっくりしたら狩りの開始だ。
昨日運び込んだ枝の残りを搔き集めたら、穴倉の入り口に作った焚き火跡へ放り込み指先マッチで点火。
昨夜火を通しておいたオーク肉(特上)に塩をかけて再度加熱する。
夏場ではあるが、一度火を通しているから半日くらい大丈夫でしょ? という……かなり適当な男料理である。
そして温めている間、狩りまでに魔力もある程度回復するだろうと、マイ穴倉改造計画を進めていく。
ちなみに昨日も寝る前に、多少の拡張は進めていた。
手狭に感じた穴倉のスペースを奥に1メートルほど広げ、凹凸のあった地面は平に均してある。
どうも【土魔法】を使った穴作りは、そこにあった土が消えるというより、あった土が圧縮されている可能性が高い。
その証拠に壁面を触ると、簡単には崩れなさそうなくらい土が硬くなっているので、穴を作れば周りも固まり一石二鳥というわけだ。
その分、寝る時は腰や尻が痛かったが。
そこは葉っぱを敷き詰めるなり、スモールウルフの皮を敷くなり、追々考えていけば良いだろう。
となると、あとやるべきことはなんだろうか?
現在の穴倉は高さ1メートル、奥行き3メートルほど。
これでも十分過ごせるが……
(ちょっと味気無いし、収納スペースでも作るか?)
そう思った俺はさらなる拡張を進めていく。
と言ってもこれ以上奥に掘り進めるのは危険だ。
俺はまだ川の反対側に踏み込んでいなかったので、この崖の裏側がどんな地形になっているのかさっぱり分かっていない。
穴を掘って突き抜けてしまうようでは意味が無いので、穴倉の形をT字型に。
奥を左右に拡張させるイメージで広げる。
これなら崖は川に沿って長く続いていたので問題無いだろう。
『穴を、形成。穴を、形成』
ボコボコッ……
ボコボコッ……
これで安全面もアップだろうな。
入口を見ながら横になることができるし、この穴倉内部は高さが無いので、図体のデカいオークはそう簡単に奥へ入ってくることができないはずだ。
もう片方の穴は、装備置き場にでもしておこうと思う。
(あとはついでにコイツも作っておくか……)
『小さめの、穴を、形成』
ボコッ……
壁面に出来上がったのは、幅も奥行きも30センチ程度の穴。
ここに塩や滋養強壮の丸薬、石鹸などの小物類を置いて棚替わりにする。
ちょっと楕円になっていて物を置きにくいが仕方無い。
これに『四角く』なんて注文を付けようものなら、【土魔法】レベル3の領域になるので、たかだが棚程度に朝からそんな魔力を使うわけにもいかない。
昨日のまな板で俺は失敗しているからな!
あとはー……
トイレが頭をチラつくも、元から狩場にトイレなんかあるわけ無し。
俺の異世界人生は今のところ大自然の中で用を足す方が多いので、目の前に川もあることだし継続して自然にリリースすることにしよう。
それがこの世界のためになるはずだ。
となると、後は風呂くらいだろうか?
今一番欲しく、そして難易度の高いであろう願望だ。
(うーん……)
辺りを見回すも、まずこの中に作るというのはどう考えても現実的ではないだろう。
そもそも高さ3メートルの場所に作ったこの穴倉まで、川の水をどうやって運ぶんだ? という話になる。
作るなら外、露天風呂しかない。
そう考えるとポンと出てくるのはやっぱりアレ、五右衛門風呂だよなぁ。
正確には違うかもしれないが、ドラム缶風呂とか、人がすっぽり収まって下から火を焚くあの類の風呂。
燃やせる物はそこら中にあるわけだし、要とも言えそうな鉄の生成さえできれば――
そう思ったら即実行。
「鉄を、生成!」
――――が、ダメ。
青紫の霧は発生せず、不発に終わったことを知る。
【土魔法】で石は生成できるのに、鉄が生成できない理由はいくつか思い当たるもはっきりとはしない。
鉄は鉄鉱石って言うし、土に含まれる含有量の問題?
それとも【土魔法】のレベルか?
そもそもとして【土魔法】で補える範疇を超えているという可能性もある。
理由が分からなければ、スキルポイントを振ってのゴリ押しもできやしない。
となると、他にどんな方法があるのだろうか……
いつもの癖で深く思考する。してしまう。
(問題は川の水をしっかり使えて、その水をちゃんと温められて、かつ魔物が入ってこられない環境を作れるか、だよな。
【水魔法】を取得してしまえば風呂作成のハードルも下がりそうだが、わざわざ水を確保している状況でポイント使ってまで取りたくないし、風呂に必要な水を出すのにどれだけ魔力が必要なのかも未知数なんだ。現状で【水魔法】を取得するという選択は無いだろう。
そうなると川辺に【土魔法】で魔物も入り込めないような石の壁を作るか? いや駄目か、作ったら最後、水を抜くことができないし、抜ける隙間を作れば水を温めることができなくなる。
何より毎回全裸で石柱使って出入りなんて非効率なことできるわけもない。最終的に囲った風呂場が出るための石柱で埋まるし……
なら川の水を、穴を開けた崖の内部に引き込めばどうなる? 拠点と風呂場を穴掘りで繋げ、川の入口を土で盛れば水の出入りは塞ぐことができるはずだ。
土なら退かすことも容易い。しかしそうなると風呂はまさに泥水……石で防げば一度きりになり兼ねないし、惜しい気はするがこの案も無しだろう。どうせ入るなら身体を綺麗にするために入りたい。
となると、開き直って外の草原地帯に作るというのは? それなら安全は確保できるし、誰もいない場所なのだからいちいち風呂場を覆う必要も無いよな? だが距離で言えば1km近くか……いくらなんでも風呂まで遠過ぎる気がする。おまけに道中ほぼ魔物に遭遇するとなると、結局風呂から出ても汗を掻くことになるわけだし、これはこれで微妙過ぎるか。
なら妥協して夏だし水風呂? いやいやバカ野郎、それなら今すぐ川に飛び込めばいいだけだろう。あっ、リグスパイダーの粘糸を使って――)
脳内が風呂に塗れた状況では気付けるものも気付けない。
そのせいで、焼いていたオーク肉が黒焦げになっていることに気付いたのは、それから30分後のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます