第45話 法のその先

「「「「え?」」」」


 その場に居た者達から一斉に声が漏れ、視線が俺に集中する。


 そりゃそうだ。


 流れ的にハンターは除名、でも法の裁きを受けるところまでいかなくて良かったね。


 これにて一件落着、チャンチャン。


 これが目の前で口を開けて呆けている3人は別として、ヤーゴフさんが描いた決着の付け方だろうし、横で事の成り行きを見守っていたアマンダさんにしてもこれで終わりと思っていたことだろう。



 だが俺は違う。



 俺は勇者じゃない。善人じゃない。それこそ残りの1割であった魔王ルートも覚悟した男だ。



 ――この程度の温い対応で済ますわけが無い。



「彼らへの処分は分かりました。が法で裁かれないというのは些か不満ではありますが……その点はこの国の法でしょうし、納得するしかないと思っています」


「なら……それ以外に何があるというの?」


 アマンダさんが不思議そうな顔をして首をコテンと傾けるが……


 ごめんなさい年齢を少し考えていただきたい。


 心がザワついたものの、気を取り直して話を進める。


「ハンターギルドの除名というのはあくまで彼らの処分内容であって、僕にはまったく関係の無いことなんですよ。なので僕が求めるのはです」


「つまり……除名とは別で、こいつらから何か今回の件に対する対価、詫びを要求するということか?」


 賠償という言葉が伝わるか不安だったが、ヤーゴフさんの言葉で【異言語理解】が仕事をしてくれたことを理解した。


「その通りです。パーティ勧誘だけなら何も問題ありません。受けるにしろ断るにしろ、誘い誘われなんていうのは極々普通のことだと思います。しかしその後付き纏われて僕は非常にストレスを感じましたし、実際僕が狩りをしながら移動している最中、彼らは何もせずひたすらついてきていたので、『女神様への祈祷』の影響が働きもしない彼らに分散している可能性が非常に高いです。

 おまけに狩りが終わってからのこの時間。既に体感ですが2時間くらいは経過していると思います。つまり彼らのせいで僕は無駄に2時間拘束をさせられているわけです。宿で予約している晩御飯もお金だけ持っていかれて食いそびれですし……

 って意味分かります? 1時間当たりにどれだけ稼げるかって意味なんですけどね。ちなみに今日の僕の稼ぎが――……ザッと計算した感じですと44万ビーケくらいです。それを大体10時間くらいで稼ぐわけですから、僕の時給は44000ビーケということになります。

 ということは2時間拘束なら大体88000ビーケほど。それにプラスで精神的な苦痛、女神様への祈祷の影響なども考慮すると……んー彼らの全財産叩いても足りますかね?」


 言っていることは無茶苦茶だ。


 自分でも分かっている。


 民事と刑事が分かれている元の世界だから通じることであって、この世界じゃそんな分け方、個人への賠償なんて考えなんぞ、アマンダさんやヤーゴフさんの反応を見ても無いのが普通なのだろう。


 おまけに日本だって仕事外の時間なら請求できても精神的な苦痛くらいだろうが……


 それでも敵と判断したやつからは根こそぎ奪えるなら奪い、落ちるとこまで落ちてもらう。



「ま、待ってくれ! 仕事を失ってこれから金が余計にいるんだ!」


「そんな事情、僕には関係ありませんよ。そういったリスクも考えず、安易に僕から奪い取ろうとするからこんなことになっているんでしょう?」


「勘弁してください! 俺結婚する予定で……今仕事だけじゃなくお金まで失ったら結婚できなくなるっすよ!」


「その事情も僕には関係ありませんよね? 結婚を諦めたらいいじゃないですか」


「ちょ、ちょっと待ってくれ……二人は金を貯めていたかもしれないが、俺はそもそも金を余らしてないんだ。払う金なんて無い!」


「なら借金奴隷ですね。確かギルドの本を破損させたら借金奴隷って言っていたので――あるんですよね? 借金奴隷」


 そう言ってアマンダさんを見ると、ぎこちなく首を縦に振ってくれるので俺は笑顔になる。


 目の前の3人は顔が青を通り越して白くなってきているが、敵がどうなろうとどうでもいい話だ。


「ちょっと待てロキ……こういっちゃアレだが……あまり追い詰めると碌なことにならんぞ?」


「それなら逆に好都合ですよ。たしかギルドの講習内容だと、盗賊ならば返り討ちにしても問題無かったはずですよね?」


「あ、あぁ……」


「それは相手が犯罪者だから、という認識で合っていますか?」


「そうだな……」


「なら彼らが僕に危害を加えようと襲ってきたら、僕が返り討ちにしても罪には問われないってことでしょう?」


「……一応はそうなる」


「本当は殺したいほど憎いんですけど、法のせいで殺せなくて今耐えているんですよ。だからお金には困っていないけど、しょうがなくお金で解決をしようと努力しているんです。それを彼らが襲ってきてくれれば殺せるようになるんですよ? 最高じゃないですか!」


 そう言ってわざと満面の笑みを彼らに向けたら、結婚結婚言っていた荷物持ちは泡を拭いて気絶した。



 そしてそこからは早かった。


 彼らが今日手にした報酬の42000ビーケはもちろん、所持していた3人の現金合わせて約30万ビーケは全て押収。


 ついでにもうハンターは廃業したのだからと、装備していた武器や防具はもちろん、ポーション類などお金になりそうな所持品も片っ端から押収した。


 さすがに本気で捨て身の特攻をされても困るので、家にあるお金や家具などは勘弁しておいたが……


 ヤーゴフさんが先ほど脅してくれていたおかげで、彼らは俺に特別な何かがあると思っているらしく、終始怯え切った表情で従ってくれたので俺の溜飲もしっかり下がってくれた。


 結局金無しの酒好き野郎は、元仲間ということで残りの2人に借金という形を取るらしく、3人に懇願された手前もあって借金奴隷は無し。


 元からそこまでするつもりもなかったので、これで報復の可能性が減ったと思えば安いものである。



 放心状態でトボトボとギルドを後にする3人を眺めながら、なぜか怯えているアマンダさんと引き攣ったヤーゴフさんにお礼を言う。


「今回はお世話になりました。本当にありがとうございます。そしてご迷惑をお掛けして申し訳ありません」


 直角90度お礼をしつつ、先ほど押収したお金のうち10万ビーケずつを2人に渡す。


「僕と同じくお2人にも無駄な時間を使わせてしまいましたからね。これはそのお詫びです」


「……こういうやり方が、ロキの……常識になるのか?」


「んーどうでしょう。僕の故郷も人それぞれですけど……助けてもらったらちゃんとお礼を言う。敵になれば容赦はしないというのが僕の考えではありますね」


「ロキと敵対することだけは避けねばならんな……命がいくつあっても足りそうにない」


「ははは……そうは言っても僕はまだまだ弱いですからね。だからこその日々修行ですよ」


 アマンダさんは未だに固まったままだが、10万ビーケを握らせたら口角が上がったのでまず大丈夫だろう。


 この調子ならついでに頼めるかもしれない。


「それでポーションなんですけど、可能ならジンク君達が受付に来た時でいいので渡してあげることってできますか?」


「え? ロキ君が自分で使うんじゃないの?」


「まだ当分ロッカー平原だと思うので、今のところ使う予定もないんですよ。だからジンク君達にあげようかなと思いまして」


 通常のポーションを8個、ポイズンポーションを6個押収したものの、使う予定がないなら彼らにあげた方が有意義だろう。


 もしかしたらジンク君達もいずれロッカー平原に行くかもしれないし、行かないならどこかで売れば多少のお金にはなるはずだ。


「それくらいなら構わないけど……常に需要はあるからギルドでも買い取れるわよ?」


「今のところお金に困っていないですし、欲しい物があるわけでもないですからね。彼らには恩があるのでジンク君達に渡しちゃってください」


「ほんとロキ君って変わってるわねぇ……」


「そうだな。それにロッカー平原にいながらポーションを使わないというのも興味深い。これはEランクへの審査もそろそろ始めた方が良いかもしれんな」


「Eランクになってもまだルルブの森には行きませんけどね。死にたくないので!」


「その慎重さを持っている限りはそう簡単に死ぬこともないだろうよ。さ、今日はもう終わりだ。皆帰り支度をするぞ」


 そう言われ、一番ドアに近かったアマンダさんが商談部屋から出ていく中、ヤーゴフさんが俺に向かってポツリと呟いた。


「『出る杭は打たれる』か。今後も似たようなことが起こる可能性は高い。気を付けろよ?」


「ですね。まぁだからと言って自重するつもりはありませんけど、極力目立たないようにはするつもりです」


普通に、言葉を返したつもりだった。


が――、なぜかヤーゴフさんの足は止まり、ドアに手を掛けたまま、こちらに視線を向けて動かない。


ジッと、深く深く、俺の中を覗き込むような瞳で見つめていた。


「先ほどの言葉は、私が知る限り大人でも誤訳されて伝わることの多い"特殊な言葉"だ」


「え?」


「もちろん【異言語理解】のスキルレベルが高ければその限りではないが、少なくとも子供の段階であっさりと理解できるようなものではない」


「……」


「私が唯一知っているだよ。それをあちらの言語のまま喋ってみたが……ロキは随分とあっさり理解できてしまったようだな?」

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