第43話 面倒事
いったいこれはどういう状況なのだろうか。
俺が用のあるいつもは空いているカウンター、通称アマンダカウンターの前にリーダーのアデントが肘をついて陣取り、その後方に名前は知らないが顔は知っている残り2人のパーティメンバーが立っている。
アマンダさんは……何考えているかよく分からないな。
シレーッとした顔して何か別の業務をやっているようだ。
はぁ……
よく分からないから一旦素通りするか。
「おう、早くアマンダさんに木板渡せよ」
なんか言っている横を無言で通り抜け、お食事処のおばちゃんの所へ。
「おばちゃん喉が渇きました。氷水ください!」
「はいよ! 毎日頑張っているみたいだねぇ」
「おいコラ!」
荷物を増やさないように水筒は1個しか持ち歩いていない。
それで剣を拭いたり飲み水用にしたりとしているので、午後になるとどうしても水分が足らなくなってくるのだ。
俺が人一倍走って余計に汗を掻いているのも原因と言える。
「ぶはぁ~! 生き返る!! もう1杯っ!! このままコップにお水入れてくれれば大丈夫です」
「はいよ!」
「こら! シカトしてんじゃねーぞ!」
後ろで何か騒いでいるやつがいるが、今はそんなことよりも水分補給だ。
あぁ……氷水うまっ……
しかしどうしたものか。
相談は後日にして今日はそのまま帰ってしまうべきか?
この疲労困憊の状況でアレを相手にするのは物凄く面倒くさい。
というか、元から口調も態度も悪かったが、その悪さに拍車がかかってきているような気がする。
なんでだろうか?
お人好し過ぎたからだろうか?
もしそうであれば、このまま相手をせず帰った場合、アデントは脳内で勝手に「勝った!」みたいなことになって、余計に面倒事を持ち込むような気もしてくる。
うーん……しょうがないか。
コップをおばちゃんに返し、アデントの方に向かって振り向く。
「で、なんですか?」
「なんですかじゃねーよ! 早く木板出せって言ってんだよ!」
「なぜあなたにそんな命令をされないといけないのか分かりませんね。あなた私のパーティリーダーでしたっけ?」
「そうだよ! だから出せって言ってんだよ!」
「…………は?」
この馬鹿は斜め上かもしれない。
冗談で言った言葉を肯定するとは思わなかった。
「パーティなんだからちゃんと報酬も等分しないとダメだろう?」
「そうそう。一人で報酬持ち逃げなんて、最悪ハンターギルド員から除名されるっすよ?」
追撃するかのように、残りのパーティ2名も謎の言葉をぶつけてくる。
「いやいや……意味が分からないんですが」
俺のそんな言葉を聞いたアマンダさんが、溜息交じりに言葉を発する。
「事実確認を取りますので、ちょっとあなた達は黙ってなさい……ロキ君」
「……はい、なんでしょう」
「アデント達3人が、今日ロッカー平原でロキ君とパーティを組むことになったと言っていたけど……それは事実?」
「まったくの嘘ですね。パーティの件は昨日ちゃんと断りましたし、今日は朝からずっとついてこられた上に報酬を横取りされそうになりました。対策したら居なくなりましたが」
「はぁ? 嘘吐くんじゃねーよ? おまえから
「そうだ! 籠を置いて、狩りに行ってきますから皆さんも頑張ってくださいね、なんて言われたらパーティを組んだってこっちは思うだろう!」
「横取りなんて変な言い掛かりは止めましょうや! 俺達お前の籠に指一本触れてないっすよ!」
……凄いな。
あの最後の一言をここまで捻じ曲げた解釈するのか。
馬鹿には嫌味すら言えない……次からは気を付けよう。
「……アマンダさん。こういう場合ってどう決着をつけるべきなんですか?」
「困ったわねぇ。普通に考えれば多数決で少数意見は弱いと見るのだけど、そもそもロキ君は1人でアデント達は3人のパーティだものね。多数決の意味が無くなってしまうわ」
「おいおいアマンダさんよ。俺達のことが信用できねーっつーの? こんなハンター成り立てのガキと何年もやっている俺ら。どっちが信用できるかなんてすぐ分かるでしょうよ」
「そうっすよ。ガキのお守りを買って出ただけで本当は褒められるもんでしょう?」
「そうだぜ? 今後もあっさり死なないように俺らがしっかり見ときますんで、とっとと認めてくださいよ」
あぁ……ヤバいなぁ……
このままじゃ抑えが効かなくなってしまう……
我慢我慢我慢……
「いくつか聞きたいのですが」
「あん? なんだよ?」
「まずあなた方のハンターランクは何ですか?」
「あ? 『F』だよ。 どうせおまえも一緒だろ?」
「なるほど。それで今日はあなた達3人、どれくらい稼がれたのですか?」
「……なんでだよ?」
「もし仮にパーティを組むなら、あなた達3人がどの程度稼がれているのか知りたいのは当然でしょう?」
「「「…………」」」
「彼らの今日の報酬は3人で42000ビーケほどだったわね」
「ちょっとアマンダさん! そういうのは言っちゃいけないもんでしょうよ!」
「守秘義務? ってやつを守る気あるんすか!? ギルドクビになるっすよ?」
「受付失格でしょー!」
「なぜ? あなた達からすればロキ君はパーティメンバーになるわけよね? さっき自分達で言ってたじゃない。報酬は等分しないとダメ、持ち逃げはギルド員除名だって」
「チッ……」
「……そうだったな。良かったな坊主。俺らの報酬もちゃんと分けてやる」
「いくらっすか? ガキには5000ビーケくらい渡せば大丈夫っすよね?」
「ホラ。こっちの報酬と分け前の話もしたし、とっとと木板渡してそっちの報酬も分け合おうぜ?」
「そうだな。坊主、明日も朝一でここに集合だ。おまえは籠を背負うのが好きなようだから、明日も道中たっぷり籠を背負わせてやるぞ」
「一応自分も籠は持っていくっすから、ガキの方が埋まったらこっちに入れるっすよ」
「……」
アマンダさんを含めたギルドの方で解決可能なら、このまま黙っておこうと思ってたけど……こりゃダメだな。
チラッとアマンダさんに視線を向けたけど、困ったという顔をしているだけで次の一手が無いように思える。
そりゃそうか……
ハンター同士のトラブルは当人同士で解決。
これが鉄則だ。
アマンダさんが悪いわけでもなく、できることは先ほどのような多少のフォローくらいなのだろう。
もう待っていても期待できる何かがありそうにない。
となると……しょうがないな。
俺は勇者じゃない。
善人でもない。
だから相手を気遣うようなスマートな解決なんてする必要も無い。
最悪はこの町から出ることになる――それだけだ。
「ねぇ。もうお腹空いたし、時間の無駄だから帰っていい?」
「あん? 分け前いらねーのか? ならいいぜ帰れ帰れ。ただ木板出してから帰れよ」
「分け前って42000ビーケのやつ? そんなはした金いらないよ。それに報酬は全部預けちゃってるから木板も無い。あんたらと違ってその日暮らしでもないんで」
「……んだと?」
「てめぇ舐めてんのか?」
「うん、舐め切ってる。何年もハンターやっていてFランクなんでしょ? 今日もただついてくるだけで死にそうになってたし。どこに舐めない要素があるの?」
「ぶっ殺すぞゴラァ!!!」
リーダーのアデントが近くにあった椅子を適当な方向へ投げるがどうでもいい。
そんな光景、営業時代に数字が悪くて癇癪を起こす支店長で散々見ている。
灰皿が直接飛んでこないだけマシだ。
「これが最後の忠告ね。組むメリットが欠片も無いから、あんたらとはパーティを組まない。どこの世界に一人で40万ビーケ稼げるのに、3人で12万ビーケしか稼げない人間とわざわざパーティを組む奴がいる? お世話になったとか特別理由があれば別だけど、あんたらには何も無いよね? むしろ散々イライラさせられて印象最悪だよ。だからあんたら3人とはどんな事情があったとしてもパーティを組むことは無い」
「ふ、ふざけ……」
「それでも。それでもまだ俺の回りをウロチョロして邪魔をするって言うならもう遠慮はしない。しても意味が無いなら、今からあんたら3人を完全に敵と判断する」
「あー? 敵ならどうするってんだ?」
「敵なら魔物と一緒でしょ? 話し合いもまともにできず、ただ迷惑と損害を与えようとするだけの存在。ならゴブリンと同じで邪魔だと思ったら消すよ。おまえらに味方する人間がいたなら纏めて全員」
「……は? 冗談だろ?」
「ちょ、ちょっとロキ君? ちっとも穏便じゃないわよ!?」
「だってしょうがないじゃないですか。折角我慢して穏便に済まそうと思っていたのにどんどん調子乗ってるし。普通は魔物を狩ったり魔法を使う姿を見て、ある程度は自分より強いか弱いかなんて判断できるものでしょう? でも馬鹿にはそれができないんですよ。だから自分達の方が強いと思って舐めてるだのぶっ殺すだの……随分と上からな言葉が出てくるわけです。だったらもう馬鹿には直接分からせるしかないじゃないですか」
「「「…………」」」
「言っていることは分かるけど! それでもそんなことしたらあなたが犯罪者になってしまうのよ!? ちょっと! 誰かギルマス呼んできて!!」
「望んでそんなことしたくはないですけど、他に解決策も無いんじゃしょうがないでしょう? この馬鹿3人に利用されるなんて御免ですし……もしそうなったらパルメラの奥にでも引き籠ります」
正直に言えばそんなことはしたくない。
俺はこの町しか知らないんだ。
他の町にだって行ってみたいし、色々な国だって見て回りたい。
おいしい食事だってもっと楽しみたいし……
正直に言えば、前世ではできなかった結婚だってしてみたい。
だから9割はハッタリだ。
そもそも個々の能力値だけで見れば俺の方がまず高そうだなとは思っているけど、3人同時に掛かってこられたらどうなるのかも分からない。
そんな金は持ってなさそうだが、仮に金で強いやつを雇ってきたら死ぬのは俺だろう。
だからこの状況まで作って別の解決方法をギルドから引っ張り出す。
俺は他のハンターから白い目で見られるかもしれないが……それならそれでしょうがない。
元からパーティを組む気が無いんだ。
最低限ベザートでは依頼を受けられて換金さえできればそれでいいだろう。
そしてここまで啖呵を切ってギルドもお手上げ。
馬鹿3人衆も引かないようなら……もうこれは魔王ルート一直線だな。
可能な限りパルメラの奥地にでも籠って別の楽しみ方を見出すしかない。
そんなことを考えていたら、事情を聴きつけたベザートの町のギルドマスター。
ヤーゴフさんが面倒そうな顔をして登場した。
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